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冬将軍日記

2021年「第42回 子どもたちに聞かせたい創作童話」特選受賞作


   十二月二十一日(晴れ)

 今日からぼくは、日記をつけることにした。
「日記」といっても、毎日は書けないと思う。計算ドリルの宿題が多い日は、夜遅くまでかかりっきりになってしまうし、すもうクラブの練習がきつい日は、つかれて早く寝てしまうから。
 それに「毎日書かなきゃ」というプレッシャーがあると、ぼくは長続きしないんだ。「書けるときに書く」とか「変わったことがあった日に書く」くらいにしておかないと、三日坊主で終わってしまう。
 日記帳は今日近所の文房具屋さんで買ってきた。小学校の友だちの中には「日記はブログに書いている」という人も多い。そういうのが流行ってるんだ。でも、ぼくは日記を人に見られるのは恥ずかしい。それに、人に読まれると思うと、かっこつけたりして、正直なことが書けなくなる気がする。ぼくはなるべく起こったことや思ったことを正直に書きたい。人にナイショにしていることも書きたい。だから紙の日記に書く。しかもこの日記には鍵がついているので、勝手にだれかに読まれる心配がない。
 こういうのって新しい年になってから始めるのがふつうだと思うんだけど、ちょうど冬休みに入ったので、今日から始めることにする。
 とりあえず今日のところはこのへんで。


   十二月二十五日(こはるびより)

 今日は朝からぽかぽかしていた。冬なのに春みたいにあたたかい日を「こはるびより」と言うらしい。これは前におばあちゃんが教えてくれた。それで、日付の下にそう書いてみた。
 朝から天気が良かったので、ぼくはまず洗濯物を干すために庭に出た。ぼくはおばあちゃんと二人で暮らしているんだけど、洗濯物を干すのはぼくの役目なんだ。おばあちゃんは、腰をのばして仕事をするのがつらかったりするので。
 洗濯物を干し終えたら、庭が落ち葉だらけだったのに気づいた。よし、ついでに落ち葉も掃いておこうと思い、ほうきがしまってある納屋を開けた。
 すると、ほうきの横にうずくまっている人影のようなものが見えた。
 ぼくは、ビックリして納屋を飛び出した。でも、ほんとうに人がいたら困るので、もう一度おそるおそるのぞいてみた。
 そこにいたのはやっぱり人だった。体育座りをして、なんだか申し訳なさそうにうつむいている。
「あのう・・・・・・、どちら様?」
とたずねると、
「あ、あの・・・・・・フユショウグンです」
と答える。
「フユショウグン?」
「はい、冬の将軍で、冬将軍です」
「冬将軍・・・・・・」
 冬将軍と言えば、冬のきびしい寒さを人にたとえた表現だったはずだ。前に授業で教わったことがある。寒波がおとずれると、天気予報などで「今年も冬将軍が到来しました」なんて言い方をすると。
 ところが、目の前にいる冬将軍はちゃんと人の姿をしていた。しかもヨロイを着て、カブトをかぶり、まさに将軍様のかっこうをしていたのだ。カブトの正面には大きな「冬」という字の飾りがついている。
「こんなところで何してんの?」
「まだ出番がこないので待機しているんです」
「出番って?」
「ほんかくてきに寒くなったら、わたしの出番なんですが・・・・・・」
「うーん。たしかに今日は冬にしてはぽかぽか陽気だけど」
「ですよね? もっと寒くなれば堂々と『冬将軍参上!』と出て行けるのですが」
 ぼくは、なんだかあべこべのような気がしてたずねた。
「冬将軍が寒くしてくれるんじゃないの?」
「いいえ、そんな力はわたしにありません。寒くなってはじめて街に出て行けるのです。そうすれば、雪を降らすことくらいはできるのですが」
「雪を降らすことはできるんだ?」
「はい。でも、このあたたかさじゃ、とてもホワイトクリスマスなんて無理ですよ。そんなプレッシャーかけられたって・・・・・・」
 そう言って冬将軍はまた下を向いてしまった。
そういえば今日はクリスマスだった。たしかに雪のクリスマスになればロマンチックだろうし、街のみんなもそう望んでいるかもしれない。でも、ぼくもプレッシャーには弱いので、期待をかけられて辛い冬将軍の気持ちがなんだか分かる気がした。
「もう少し寒くなるまでここにいさせてもらえませんか?」
と何度も冬将軍が頼むので、ぼくは気の毒になって、
「うちに上がれば?」
とすすめてみた。しかし、冬将軍は
「いいえ、なるべく人に見られたくないので」
と言う。ぼくは、
「うーん、別にかまわないけど」
と言って、そっと納屋の戸を閉めてやった。
 そんなわけで、ぼくの家の納屋には今、冬将軍がいる。おばあちゃんに話した方がいいかどうかまだ迷っている。


   一月一日(はつひので)

 今日は元旦なので、朝から親せきがたくさん来ていた。にぎやかなお正月だった。
 夕方、みんなが帰ったところで、ぼくは庭に出てそっと納屋の引き戸を開けた。さっき差し入れしたおせち料理の残りは、すっかり平らげられていた。ぼくは、あれから毎日ご飯やおかずの残りを差し入れしていたんだ。
 冬将軍は言った。
「ごちそうさまでした。今日のはまたかくべつに美味しかったです」
「そりゃ、そうさ。おばあちゃんが作ったおせちだもん」
「おせち?」
「お正月のとくべつ料理さ。今日から新しい年だから、そのお祝いで」
「ああ、それで。ということは、もう年が明けてしまったのですね?」
「うん」
「それなのに、わたしの出番はまだ来ないみたいです」
「出番とかいいからさ、もういいかげんにこんなところから出てきて、うちに上がりなよ」
 ぼくはこの一週間、ずっとそう言いつづけてきたんだけど、冬将軍はえんりょして家に上がろうとはしない。
「だって、わたし仕事してないし」
と、いじけながら爪をいじっている。
「しょうがないじゃん。学校の先生が言ってたけど、二酸化炭素だとかフロンガスだとかの影響で、地球は冬でもあまり寒くならなくなっちゃったんだって。よく分からないけど、とにかくきみのせいじゃないよ」
 ぼくは、そう言って強引に冬将軍を納屋から引きずり出した。冬将軍は申し訳なさそうにしながらも、ようやく縁側から居間にあがってきてくれた。
 こうなるともう隠しつづけているわけにはいかない。いよいよ、おばあちゃんに説明しなくちゃならない。
 すると、台所の方からおばあちゃんが顔を出して、
「おや? どちらさんだい?」
と聞く。
「えっとー、その、つまり、この人は・・・・・・ぼくの友だちというか・・・・・・」
と、説明に迷っていると、おばあちゃんは
「なあんだ、お友だちかい? じゃあ、早くあがんなさいな」
と言って、冬将軍を招き入れた。そして、
「ほら、うちに上がるときはそんなコートや帽子は脱ぎなさい」
と言って、冬将軍のヨロイとカブトを脱がした。ヨロイの下は真っ白な着物で、カブトの下はちょんまげ頭だった。
 夜になると、おばあちゃんは冬将軍をお雑煮でもてなしてくれた。まったく怪しんだり疑ったりしなかった。しかも、
「いくらでも泊まっていきなさい」
と居間に布団まで敷いてくれた。
 おばあちゃんは、やっぱりすごいや。


   一月七日(しぐれ)

 始業式が終わって急いで家に帰ると、冬将軍は使われなくなった火鉢を背もたれにして、ぼくのポータブルゲームをいじっていた。
「これ難しいですね」
と冬将軍は顔をしかめているし、外は雨が降っているので、ぼくらは居間で花札をやることにした。ぼくは冬将軍に「こいこい」のルールを説明した。札に描かれた季節の絵を合わせて、得点を競う遊びなんだよと。
 ところが、冬将軍は得点に関係なく、「桜」や「菖蒲」の札はすぐに捨ててしまい、「桐」や「松」の札ばかり集めている。(それは冬の札だ) しかも、カスの札ばかりを集めてしまう。
「すっきりしてる絵が好きなんですよね」
とか言って。
 これでは、ぼくばかりが勝ってしまって面白くない。そこで、花札はやめて将棋をさすことにした。
 すると、ちょっとルールを説明しただけなのに、今度は冬将軍ばかりが勝つのだ。
「ショウグン、すごいじゃないか! 将棋は得意なんだね?」
と聞くと、
「うーん。なんかこれ、いくさの戦略に似てるんですよね」
と恥ずかしそうに答えた。さすがに将軍だけあって、いくさの戦略には慣れているみたいだ。布陣の組み立て方が抜群に上手かった。「歩」も「金」も「銀」も見事に使い、ぼくの駒をけっして「王将」に近づけなかった。
「ちぇっ。降参だよ、ショウグン」
 今度は、冬将軍ばかりが勝って面白くなかった。
 そんな風にあれこれ試しているうち、トランプなら対等に戦えることを発見した。それで、ぼくらは「ババ抜き」に夢中になった。これならルールは簡単だし、ぼくが勝ったり、冬将軍が勝ったりでちょうど良かった。冬将軍は、
「このゲームを考え出した人、天才ですね」
と言った。熱中しているうちにすっかり夜になってしまった。
 おばあちゃんが、七草粥を作ってくれたので三人で食べた。


   一月二十日(うららか)

 庭には小さな陽だまりができていて、はやばやとフキノトウの芽が出ていた。
 こんなうららかな陽気ではまだ出番が来ないようで、冬将軍は居間のテレビで古いビデオばかり観ていた。雪に埋もれる北国のようすをえがいたドラマだった。
 ぼくはふと、大晦日にやり損ねた仕事を思い出した。障子紙の貼りかえだ。去年の大晦日は、家の大掃除をしたり、冬将軍に差し入れをしたりで忙しく、すっかり忘れていたのだ。
 そこで、ぼくは冬将軍に障子紙の貼りかえを手伝わせることにした。
 冬将軍は、手ぎわよく糊をぬり、シワにならないようにていねいに障子紙を貼った。
「ショウグン、上手じゃないか! 意外と手先が器用なんだね」
と言うと、冬将軍は照れながら
「そうでしょうか。きれいにできるといいんですけど」
と嬉しそうに言う。
 冬将軍が貼った和紙をとおして、あたたかなか陽射しが居間にそそいだ。今日が、一年を通していちばん寒い日であるはずの「大寒」であることは、言わないでおくことにした。
 冬将軍は、障子の最後の段を貼り終えると、ふーっと一息ついて、
「ところで、純クンはどうなるんですかね?」
と言った。純クンというのは、北国のドラマの主人公だ。冬将軍は物語のつづきが気になって仕方がないらしい。
 夜にはおばあちゃんが、だんご汁を作ってくれたので、三人で食べた。お味噌仕立てで、フキノトウも入っていて美味しかった。


   二月三日(花曇り)

 明け方、縁側から庭を見ていたら、梅の木につぼみがほころんでいた。枝にとまったメジロが楽しそうに歌っている。まもなく春がやってくる。
 居間の片隅で、なにやらガシャガシャとさわがしい音がしたので振り返ると、冬将軍がヨロイを着てカブトをかぶっていた。
「あれ? どうしたの?」
と聞くと、冬将軍は、
「そろそろ行かなければならないのです」
と答えた。
「え? どうして?」
「はい、もう帰る合図がありましたので」
「帰る合図?」
そう聞くと、冬将軍はこくりとうなずいて、庭の方を指さした。
「メジロさんが歌い出したら、わたしの役目は終わりという合図なのです。と言っても、今年は何のお役にも立てませんでしたが」
「そ、そんな・・・・・・」
冬将軍は姿勢を正して、ゆっくりと頭を下げ、
「たいへんお世話になりました」
と言った。ぼくの頬につうっとひとすじの涙がこぼれた。
「そんなのイヤだよ! 帰っちゃったら、もうおばあちゃんの料理食べられなくなっちゃうんだよ? それでもいいの?」
「決まりですから仕方ありません。春に冬将軍がうろうろしてたら、色々とややこしいことになりますので」
「うろうろって・・・・・・。じゃあ、家から出なきゃいいじゃないか。ここで一緒にババ抜きをしてようよ」
「残念ながら、そういうわけにはいかないのです」
「ドラマだって見終わってないんでしょ? このあとの純クンを見届けなくてもいいの?」
「つづきは今度見せてください。それでは」
 そう言って冬将軍は、縁側から庭に降り立った。ぼくは慌てて冬将軍の手をつかんだ。
「ちょっと待ってよ! それならせめて・・・・・・え? つづきは今度?」
「はい、今度」
「今度って・・・・・・またここに来てくれるの?」
「きっと」
「いつ?」
「たぶん、冬至の日に」
 重そうなヨロイを引きずりながら去っていく冬将軍の背中に向かって、ぼくは何か別れの言葉を言うべきだった。でも、どうしても「さようなら」も「ありがとう」も言うことができなかった。どうしてここぞというかんじんなときにそんな簡単な言葉が言えないんだろう。他にうまい言葉も見つからない。それでも、何か言わなければと思い、
「ショウグン!」
とぼくは叫んだ。そしてゆっくりと振り返った冬将軍に向かってこう言った。
「ふくはうち!」
 冬将軍は、首をかしげて聞き返した。
「それって、なんですか?」
「しあわせのおまじないだよ」
「しあわせのおまじない?」
「そうさ。節分の日にはみんなしあわせを願って、そう言うんだ」
 すると、冬将軍は初めてにこっと笑って、
「ふくはうち」
と言った。そして次の瞬間、庭の垣根を飛び越えて去って行った。

 台所からおばあちゃんが出てきて、庭にいるぼくに向かって
「さあ、ご飯ですよ」
と声をかけた。おばあちゃんの持っているお盆には恵方巻が山積みになっていた。ぼくは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている顔を袖で拭いながら
「おばあちゃん、そんなに作ったって、もうショウグンは・・・・・・」
と言った。すると、おばあちゃんは、
「これなあ、今朝はやくからぜんぶ、あんたのお友だちが作ってくれたんよ」
と言った。
「なんだか知らないけど、深々と頭を下げてねえ。『お二人で食べてください』って」
「ショウグン・・・・・・」
 ぼくはまた涙があふれ出した。
「それと、こうも言ってたわ」
 おばあちゃんは、冬将軍のしゃべり方を真似して言った。
「『ずっとずっと、あたたかかったです』って」


   五月五日(さつき晴れ)

 あのあとは、変わりばえのしない日々だった。ぼくは毎朝起きると、天気の様子を見ながら洗濯物を干し、学校に通い、すもうクラブで運動をして、帰ってくると計算ドリルの宿題に頭を悩ませ、おばあちゃんと二人でご飯を食べた。その繰り返しだったので、日記を書くのは久しぶりだ。
 今日は、朝からあちこちでこいのぼりが空を泳いでいた。近くの池のそばには菖蒲の花が咲いていた。おばあちゃんは、お昼にちまきを作ってくれた。
 ぼくは、庭に出て納屋から鍬を取り出し、庭の日当たりのいいところを耕した。そして、何粒もかぼちゃの種をまいた。
 もしも、冬将軍が今年の冬至に戻って来るなら、今からその準備をしておかなきゃと思い立ったのだ。
 おばあちゃんから聞いたところによると、冬至にはかぼちゃを食べるのがならわしらしい。
その日、もしも冬将軍が戻って来たならば、恵方巻のお礼として、今度はぼくがかぼちゃの料理でもてなしてあげるんだ。


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