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<日本灯台紀行 旅日誌>2022年度版

<日本灯台紀行 旅日誌>

第13次灯台旅 清水編

2022年9月24.25日

#5 二日目 2022-9-25(日)

清水港三保防波堤北灯台撮影4

午前四時半に起き上がった。念のために目覚ましをセットしていたが、その必要はなかった。すでに、夜中の三時半頃には、半ば目覚めていたのだ。とはいえ、ほとんど寝ていない、というわけでもない。一時間おきのおしっこタイムで、否応なしに起こされてはいたが、これは、自宅でも同じだ。初体験の公共駐車場での車中泊だったが、午前零時過ぎに、矢でも鉄砲でも持ってこい、と開き直ってからは、不安がすこし解消されて、多少は寝られのだ。寝不足感はなかった。

いちおう、車内で朝の洗面を済ませた、のかな?はっきり覚えていないが、シェーバーで髭剃り、歯磨き、すすぎ水はビニール袋(スーパーで無料でゲットできる薄いのを二重にしたもの)に吐き出し、ゴミ袋へ入れた。ちなみに、この方法は、テレビで見たのだ。訳あって、アイドルの女の子が車中泊生活をしている時のひとコマだ。そのあと、ウェットティッシュで、顔をふいたかもしれない。あ、それから着替えだな。そんなこんなで、三十分経過したのだろうか?五時すぎには外に出た。

まだ真っ暗だった。だが、波打ち際には、釣り人がかなりいる。活気がある。ヘッドライトをつけて、動き回っている奴もいる。駐車場を見回すと、いつの間にか、車も増えていた。元気な奴らだ、と思いながらスナップした。いっぽう、本題の富士山と灯台だが、こちらは、ただただ黒ずんでいるだけで、写真にならない。雲が多すぎるのだ。

そのうち、右端の水平線の辺りが、うっすらオレンジ色に染まり始めた。なるほどな、朝日が富士山と離れすぎている。この布置関係では、朝日に染まる富士山は幻想だ。見ることも、撮ることもできないだろう。それに、くどいようだが、雲が多すぎる。

富士山と灯台の写真はあきらめたものの、早朝の海景は撮るつもりでいた。朝日が、水平線からすこしずつ上がってくる光景は、いつ、どこで見ても、神々しいものだ。富士や灯台に、やや背を向けた感じで、その時を待っていた。幸いにも、水平線と黒雲に覆われた空との境界には、多少の隙間がある。そのあたりだけが、濃いオレンジ色に染め上げられている。

目を細めて、日の出の方向を確認しようとした。すると、朝日は、右手から張り出している岬の上に、出てくるような感じだ。ま、水平線がベストだけど、シルエットになっている岬の上からでもいい。朝日を拝めるだけでも僥倖なのだから、ぜいたくを言ってはいかん。と、なんということだ、車の中にサングラスを忘れてきた。出てきた時は真っ暗だったから、それに、寝起きで頭がまだ働いていなかったのだ。今更後悔しても遅い。今まさに、岬の上に、朝日の頭が?がちょこんと見え始めた。なるべく、朝日を直視しないようにして、目に悪いからね、ここぞとばかり、シャッターを切り始めた。

いったん、顔を出し始めたら、そのあとは早い。朝日は、あっという間に真ん丸になり、垂れこめている巨大な黒雲の中に吸い込まれていった。とはいえ、何枚かは、朝日をちゃんと画面に収められた。濃いオレンジ色の中に、やや黄色味を帯びた、まん丸い、ふくよかなお餅のような朝日だった。

そのあとは、黒雲の下から、海に向かって、浅黄色の光芒が幾筋も現れた。むろんこれも写真におさめた。おりしも、漁船が一艘、左手から現れて、まだ暗い朝の海を横切って行った。なんというか、これには抒情を感じてしまった。

ところで、富士山と灯台は、どうなっていたのだろう。結局、朝日との距離がありすぎるので、一つ画面に収められないばかりか、朝日が反射して、オレンジ色に染まるということもなかったようだ。正確に言うと、富士山は、黒い雲に覆われて見えなかったし、灯台は、その右側面が、ほんのわずか紫色っぽくなっただけで、全体的には黒くて、魅力がなかった。空の大部分が分厚い雲に覆われているのだから、これは、致し方ないことだろう。

なんとなく、あたりが白んできた。釣り人達の姿も、対岸のコンテナ基地も、はっきり見えてきた。あ~あ、完全な曇り空だ。日差しがないのだから、写真は、もう無理だ。すごすごと車に引き返した。カメラを車の中に置き、カセットコンロなどをひとまとめにしてある、黄緑色のトートバックを取り出した。あとは、折り畳み出来る木製の小さなテーブルと、ちっちゃな腰掛椅子だ。外で、お湯を沸かして、カップラーメンを作って食べようというわけだ。ついでにインスタントのコーヒーも作ろう。

前回の灯台旅で、カセットコンロを使って、野外で湯を沸かすのは経験済みだった。さほどめんどうなことはない。アルミ箔の風除けを、コンロの周りに立てかけ、なおかつ、炎が風で飛ばないように、車の陰に隠れるようにして湯を沸かした。と、右隣から男女の話し声が聞こえてきた。<なにわ>ナンバーの白いSUVが、少し離れた右側に止まっていたのを、先ほど戻って来た時に確認している。

結婚前のカップルで、時々は車中泊もしながら、旅行をしているのだろう。男が、なにか、女のしでかしたことを、やんわり、とがめている。男女ともに、大きな声の関西弁なので、そういうふうに聞こえたのかもしれない。車から荷物を外に出して、二人で整理しているようだ。そのあとも、男女の大きな話し声は続いていたが、こちらは、カップ麺を作っているのだし、そのあとは、朝食だ。ほとんど意に介さなかった。

ラーメンを食べ終え、車に寄りかかりながら、マグカップでコーヒーを飲んだ。ちらっと見ると、男女が車体に腰かけながら、歯磨きをしていた。白いTシャツの女は、こちらのことが気になるらしく、ちらちら見ていたような感じだった。豊満な体つきで、東南アジア系だったかもしれない。いや、ちゃんとした?関西弁を話していたから、日本人だろう。

そのうち、男が、段々の下の茂みに行って、ペットボトルの水で、口をすすいでいた。女もそのあとに従い、すすいだ水を、茂みに吐き出していた。いい車に乗っているのだし、二人とも、身なりも、それなりにちゃんとしていたので、その行為に、やや違和感を覚えた。むろん、昨晩、夜陰に紛れ、茂みで<野糞>を垂れた爺に、とやかく言う資格はない。反省すべきは、まずもって、自分であろう。

食後の始末をして、コンロなどを車の中に戻した。さてと、曇り空であることだし、少し昼寝でもして、そのあと、ゆっくり帰ることにしよう。車中泊スペースに滑り込んだ。バックドアに、日除けシェードをくっつけたが、吸盤がへたっているのか、窓ガラスが多少歪曲しているのか、すぐに落ちてきてしまう。さほど眩しくもないので、まあいいや、そのままにして、目をつぶった。外界の音が、その中には例の男女の関西弁や、すぐ左隣に駐車してきた、爺婆の話し声などもあったが、しだいしだいに遠のいていった。

多少寝たのだろうか、外は陽が差していて、いい天気になっていた。あれ~と思いながら、カメラを二台手にして、急いで外に出た。まず気になったのは、富士山だ。惜しいかな、昨日より悪い!九合目近くまで雲がかかっている。日差しが十分あるだけに、残念だった。一方、灯台の方は、近くに停泊していたコンテナ船が移動して、スッキリした。それだけに、なお一層、富士山にかかる雲が恨めしかった。

それでも、気合を入れて、何枚も撮った。<灯台のある風景>あるいは<海景>としては、すがすがしくて、十分写真になると思ったからだ。いちおう撮り終えて、その場に立ち尽くした。このあと、富士山にかかる雲が、風に流されることはないのかと、向かって左手、西の方角を凝視した。太い雲の帯が、わずかに右方向へ動いてはいる。とはいえ、それは途方もなく長く切れ目がない。ここ数時間の間に、目の前の光景が変化するとは到底思えなかった。

今一度、雲の上に突き出ている、富士山の頂上付近を眺めた。二十年ほど前に、あそこまで登ったことがある。七合目辺りで、高山病にかかり、比喩でなく、それこそ、死ぬ思いをした。だが、九合目あたりから、気分がよくなって、頂上に着いた時には完全に治っていた。あれは、夢だったのか、奇跡だったのか、今もって、謎だ。とはいうものの、自分の生涯で、ひとに、衒いなく、自慢できることがあるとすれば、あの時の富士登山以外には考えられない。

<あたまを雲の上に出し 四方の山を見下ろして かみなりさまを下に聞く 富士は日本一の山>。この短い旅の間、何回となく、耳の奥で、いや頭の中で、この歌の、はじめとおわりの歌詞が聞こえていた。いい場所を見つけたものだ。また来よう、とこれは本気で思ったことだし、おそらく近いうちに、また来るだろう。踵を返した。いつの間にか、白いSUVの<なにわ>ナンバーは、いなくなっていた。

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