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八重子おばあちゃんとの一日


2024.8.3(土)

「五時に虫崎で」
ねむい目をこすり、待ちあわせの船着場へ。海は凪。
朝日が、満天の星みたいに降りそそいでいる。八重子さんはテラスにたたずんでいた。
漁師のたけちゃんが紹介してくれた。今日は八重子さんを撮る。

レースの白いブラウスに、もんぺみたいなずぼん。
毎朝ここで、コーヒーを飲んで一服してから、畑へいくんだ、と八重子さんが言った。畑のかっこうに着替えてきた八重子さんの、ほっかむりのてっぺんに大きなとんぼの人形がくくりつけてある。
銀色の、つやのある軽トラでぶんぶん飛ばす八重子さんのあとをついて、丘の上の畑へ。

海と山と畑しか、視界のなかにない。あとのここにはないものはみんなここに見えずにあると、思わせる。
朝焼けに光るなす、ミニトマト、ピーマン、ニラなどを収穫。つづけて八重子さんは、冬にむけて種を植える畝の雑草刈りをもくもくとやる。

まだ六時なのに、さえぎるものの一切ない斜面の畑はぎらぎら熱い。
そばの小さな水路に足をつっこみながら、海のような汗をぬぐい、ぬぐい、作業をする八重子さんをいっぱい撮る。
八重子さんは荷台に座り、水をちょっとだけ飲んだ。休憩のあと、おおきく四方に伸びたグラジオラスをふた束切って、持ち帰る。

綿のワンピースに着替えてさっぱりした八重子さんは、朝ごはんを作る。
浴衣地でつくった白と紺のエプロンが涼しげで素敵。あたまには、水いろの手ぬぐい。
採ってきたニラはバターと卵でとじる。
ミニトマトはざざっと洗い、鍋にありったけ入れてコンソメスープに。
ピーマンは千切りにして、粉をはたいた二種類の豚肉といっしょにごま油とマスタード炒め。
保存してあったじゃがいも、にんじん、たまねぎは肉じゃが。八重子さんは台所と一心同体で、あんまり目をかけないでもひとりでにぐつぐつ、料理ができあがる。冷凍グリーンピースをいれてすこし火を通せば、完成。
これ作っておいたやつ、とシンプルな小麦粉のケーキも盛りつけてくれた。

テラスへ出て、いただいた。



テラスの目の前の海に潜った。
入ってすぐ、深くなる。たくさん穴のあいたテトラポットのお尻たちが、不気味にそびえている。そのあたりを魚がゆうゆうと泳ぐ。
魚は二つ亀の海水浴場より、ずっといっぱい見えた。一日みていても、飽きない。

お昼は、歩いてすぐのメレパレカイコへいく。
八重子さんは深い緑と青が四角くつぎはぎになったようなデザインのワンピースに着替えて、皮の白いポシェットをさげて、白い靴下を履いた。
とてもおしゃれなんだ。
みんなで冷や汁セットを頼んだ。

八重子さん宅の二階の畳部屋で、一時間ほど昼寝をさせてもらってから、両津まで出る。
トキセンターで、トキの親子を見た。
親鳥は顔が真っ赤っかで、和紙で作った伝統芸能のお面みたい。腰のまがったおじいさんみたいに、のっそり歩いた。
六月うまれの子どもは、まだ顔もオレンジ色。羽も灰色がかっている。
お父さんトキがいちどだけ、羽をばっさり広げた。内側は赤ちゃんみたいなうすピンク色をしている。

おみやげにとち餅、おはぎ、笹の葉でくるんだ白もちを直売所で買う。



帰ると、朝の肉じゃがをリメイクしたカレーが出来上がっていた。
仕事あがりの、息子さんのまさるさん、たけちゃんもいっしょに、またテラスでいただいた。つけあわせにしてくれた、生玉ねぎと細切りきゅうりのサラダも美味しかった。
まさるさんは、数えきれないほどビール缶をあけた。Yも、車の運転がないので飲んだ。Yは飲むと、比較的ちゃんとしゃべる。そうでないときは、とくに初対面の人の前ではどうしていいかわからない子みたいにしている。

空には、星がいっぱい。
鎌倉からもってきた、線香花火を堤防に座って、みんなでやった。
星と波と闇と私らのほかにだれもいない。
五年前くらいに浅草橋の花火専門店で買ったもので、湿気ていると思ったがちゃんと火がついた。
ちゃんと、散っていった。












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