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映画にならない人生を描いた映画が好き

 二日間、東京でアルバイトがあった。全然気乗りしないけれど、生活のためにつづけている仕事。

 東京へでる時の電車時間はもっぱら読書をする。今回は佐藤正午さんの小説でつい最近映画化もされた「月の満ち欠け」。本屋さんで見つけたときはもうちょっと文学っぽい感じなのかなあって思ったけれど、けっこうエンタメ。ストーリーの展開が早くて、ゆっくりじっくり味わいながら読みすすめるというよりは、美味しいものの早食いみたいな感じで次々ページをめくっていき、気付いたら読み終わってしまった。

 二日間の仕事で疲れ切って帰宅し、ものすごく大きな雷が近くに落ちた音で目覚めた今日、Netflixで配信されたばかりの「First Love 初恋」を一日かけて最終話まで観た。満島ひかりさんという、観るたびにそのむきだしの表現から勇気をもらう素敵な俳優さんが出ているので楽しみにしていた。

 思っていたより面白かった。というのは、現実ではまずありえない設定の王道中の王道フィクションであり、「まっさか」となんども笑って突っ込む場面があったからだ。じーんとするシーンもあってよかったし、ありえないことが起こるのはフィクションの醍醐味ではあるけど、人物の着ている服とか食べているご飯とか、住んでいる部屋とかがあまりに映画映えを意識したような美しく統一されたものばかりで、それだけは偽物らしい偽物でがっかりした。

 そういえば「月の満ち欠け」も「First Love 初恋」も、運命の人とか前世とか、代わりのきかない恋という要素が息苦しいほどぎゅうぎゅうにつまっている作品だ。そういう、この世ならざるパワーみたいなものがふんだんに散りばめられて、これでもかというほどきらきらしている。私たちがふだん無意識に信じないようにしていることとか、ないことにしているものを、ちゃんとあるんだとふと思い出させてくれるような、素敵な力がある。

 でも、やっぱりフィクションはフィクションなんだなあという感じ。読み終わったり観終わったりしたあとに、その世界観が私たちの目の前にある現実へ自然になだれこんできて、良い余韻を残していってくれたり寄り添ってくれたりするものではなかった。
 こちらはこちらの世界でたのしくやってます、そちらはそちらの現実を、どうかがんばって生きてくださいね、と、ちょっと突き放された感じさえした。私がもともとひねくれているからかもしれないが・・・。

 私は、映画になる人生とならない人生があるのなら、映画にならない人生を描いている映画が好きだ。

 前世で愛した人の生まれ変わりに出会って、これはその人なんだとぴんとくるとか、どんなに運命が引き裂こうとも必ず巡り会う人と添い遂げる一生とか、そういうモチーフは劇的で作品として美しくて、だから私もふくめ多くの人が惹かれるのだろうけれど、この星に生きるたいていの人の人生でそんなことは起こらない。

 運命にはだいたい逆らえないものだし、ほとんどの人は逆らう気すらないし、目の前の小さな世界で現実的な選択をして生きている人生のほうがずっと多い。
 それはほんとうに地味で平凡で、ひょっとしたらどこかのだれかのとそっと取り替えられてもなんの支障もなく進んでいくかもしれないように思える時さえあって、何一つこの人生である意味も特別なできごとも、見つけることができなかったりする。それでもこれはじぶんにしか生きられない人生だからと腹をくくったり、あるいはあきらめたり、それぞれのやりかたで受け入れながら死ぬまで生きていく。

 わざわざ奇跡を描くんじゃなくて、なんでもない人生に隠れている宝ものに気づかせてくれるような映画に救われる。好きでもないけれどこれしかないからとりあえず着ている服のポケットをひっくり返してみたら意外といいものが入っていた、みたいなものに。

+ + +

そんなわたしのマイベスト映画はマイク・リー監督の「Happy Go Lucky」。サリー・ホーキンス演じる主人公が彼女のまわりの世界をどんなふうにみていて、どんなふうに愛しているのかがこの映画の地味だけれどすごく面白いポイントで、映画になんかならないような人生がこんなにイベントフルでチャーミングで素敵な時間にあふれていることをおしえてくれる素晴らしい映画。


とはいえ、奇跡のデパートみたいに思える類のフィクションも、わたしたちが生きているこの世界ではひょっとするとこういうことだって起こりうるんだとか、じぶんひとりの想像する力ではあり得ないとしか思えないことがもしかするとあり得てしまう日が人生のうち一日くらいはあるのもしれないとか、今みえている世界だけがすべてじゃないと教えてくれることもある。人生そのものが夢みたいなものなのに、夢からまったく切り離されて生きているひとがきっと沢山いるから、そういう「あり得ないこと」の存在に触れられる作品の存在も同じ様に大切なのかなと思う。



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