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私がデジタル教科書を採用していない理由:坂田隆文先生(中京大学)

これまでのエッセイでは、デジタル教科書を使うメリットやコツについてのお話が中心でした。中京大学の坂田先生は、学生の立場に寄り添い、デジタル教科書のデメリットについて問題提起をされています。大学教育のDX化を進める上で、欠かすことのできない検討ポイントを分かりやすく整理してくれました。

はじめに

 碩学舎デジタル教育研究会の一員としてこのようなタイトルのnoteを書くのには、実は勇気がいりました。そこで、「おいっ坂田、何を書いとんねん」(研究会メンバーは私と違って紳士淑女の集いなのでもっと丁寧なお言葉かとは思いますが)というツッコミもあることを覚悟のうえでこのタイトルを付けた理由から説明したいと思います。
 碩学舎デジタル教育研究会とは、デジタル教材を用いた授業運営の工夫やコツを共有あるいは発展させるための知の集合体です。実際、過去の研究会では研究会の目的を「デジタル教科書やウェブ会議アプリケーションなどデジタル技術を活用した講義で有用な技法を研究すること」と紹介されました。つまり、デジタル教科書を代表としたデジタル教材を採用・活用することに前提があります。
 本研究会の末席を汚す者として数回の研究会に参加して感じたことは、この前提そのものに対する議論をすることに多少なりとも意味があるのではないかということです。つまり、デジタル教材を採用・活用すること自体の是非を検討することも大事ではないかと思ったわけです。「いや、そんな必要はないよ」と言われてしまえば、本noteは抹消されるのでしょうが…。

デジタル教材の採用・活用を問う視点

 碩学舎デジタル教育研究会は大学教員及び出版関係者(及びウェブ関係の専門家)から成り立ちます。そのため、ややもすると、デジタル教材を用いた授業運営の工夫やコツといった時に提供側の視点で物事が語られることが多いのは否めません。授業する教員、デジタル教材を出版する出版社やウェブ関係者が集まっているためこのこと自体を否定するつもりは毛頭もありませんが、一方で、大学講義の主役である学生の視点を無視して研究会を進めるわけにはいかないというのもまた事実でしょう。
 では、学生の視点といった時にどのような語られ方がなされるのかというと、その多くは「講義アンケートの声」によるものだと思います。(デジタル教材を用いた)講義を履修した学生がその講義に対してどのような感想をもったかが我々研究会メンバーにとっては一番の「お客さんの声」になるわけです。しかし、ここで問題があります。それは第一に、そこでの「声」はデジタル教材を用いる前提での講義に参加した学生の声であるという点です。「デジタル教材は嫌だからこの講義は履修しないでおこう」という学生の声は拾い上げることができません。第二に、そのような「声」は往々にして建前のものになってしまうことが多いという点です。匿名性のある講義アンケートという性質上、どこまでが本音でどこからが建前なのかを明らかにすることは難しいでしょう。
 では、ゼミ生などリアルな学生の声を拾えば良いのかというと、どうもそういうわけにはいかないような気がします。それは第一に、学生の能力やリテラシーの多様性に寄り添いきれないという点です。さすがに電子機器を触ったこともない学生などいないでしょうが、デジタルというのは紙媒体に比べるとリテラシーに多様性が伴います。私なんぞは未だに7年前のスマホを使い続けていて学生から旧石器時代の原始人扱いされていますが、教員よりデジタル機器に詳しい学生もいれば真逆の学生もいるというのが実状でしょう。
 第二に、上記の学生の多様性とも関係するのですが、学生が所属する大学・学部の特性も考えておく必要があるという点が挙げられます。たとえばWi-Fi環境もそうでしょうし、学内のLMS(学習管理システム:Learning Management System)環境も異なるでしょう。研究会で、沖縄の大学で教えている先生が「離島物流と経済状況(低所得層)のため,教科書のデジタル化を希望する」と、また別の先生が「日本に入国できない留学生のためにデジタル教科書を急遽導入した」とおっしゃっていた時には(私とは逆に立場ではありますが)目から鱗が落ちる思いでした。
 さて、これらの点を踏まえて本研究会がこだわるべき点はどこにあるでしょう。それは、提供側にメリットがあるからといって学生のデメリットを無視してはならないという点に尽きるかと思います。もちろん研究会メンバーにそのような意図は微塵もないでしょう。しかし、相手は学生です。「実は…」と後からデメリットの存在を明かされる可能性も否定しきれません。そのため、私の経験をもとに、想定しうるデメリットについて考えてみたいと思います。

デジタル教材にデメリットはあるか

 私が所属する中京大学総合政策学部は、「総合」という名の通り、複数の学問領域にまたがった専門科目を提供しています。具体的には経済学、法学、政治学、経営学という4つの柱をもとに学生たちは年次を経るごとに専門性を高めていくのですが、私はこの中で総合政策入門(他教員とのオムニバス形式・選択科目)、総合政策概論(他教員とのオムニバス形式・必修科目)、経営学概論(必修)、マーケティング論(選択必修)、流通論(選択)、商品企画論(選択)、事例研究(選択)とゼミ(2年次から・選択)を担当しています。そのため、1からシリーズでは『経営学』『マーケティング』『商品企画』『流通論』そして『リテール・マネジメント』『マーケティング・デザイン』を教科書・参考書として使っています。講義形式としては以下の表のAとC(2022年度からはAのみ)で行っています。

研究会資料(After/With Corona時代の4つの授業のタイプ)

 これだけでも十分に電子版を使うに値するようにも思うのですが、学生にデジタル教材を採用することについて聞いてみると、「総合政策学部にいると先生(=坂田)しか電子版を使わなさそうで、そのためにわざわざデバイスをもってくるのは面倒だ」という声や「先生の科目だけだとデジタル教材に慣れる前に終わってしまう」という声、さらには「教室のWi-Fi環境が整ってからにしてほしい」、「持ち込み可の試験でデバイスの持ち込みができないという矛盾をどう解消するのか」、といった声を聞くことになりました。
 ここで、(あくまで現状での)学生側からみたデジタル教材のデメリットを列挙するなら、

  • 学生が慣れるまで不便

  • 学内のWi-Fi環境(さらには充電環境)の整備が整っていない

  • LMSとの連動がないと手間がかかることが増える

  • 特定の教員だけがデジタル教材を使ったなら、(対面を想定すると)そのためだけにデバイスを持ってくるのが面倒

  • 試験で持ち込みが認められない前提になるのは嫌だ

  • 本に比べて目が疲れる

  • 目が悪くなりそうで抵抗がある

といったものがありそうです。
 碩学舎デジタル教育研究会としては、講義の提供側のメリット/デメリットを考える前に、受講側のメリット/デメリットを十分に議論する必要もあるのでしょう。その際、デジタル教材を用いた講義やオンライン講義で集められたアンケートだけでなく、紙媒体を用いた講義や対面講義におけるアンケートで「デジタル教材を用いることにどう思うか」という設問を設けるのも一手かもしれません。
 何よりも強調したいのは、提供側にメリットがあるから受講側はデメリットに目をつぶれというわけにはいかないということです。コロナ禍で我々大学関係者は否応なくオンライン講義の導入が迫られました。アフターコロナ・ウィズコロナ時代にあっては、オンライン講義と対面講義それぞれのメリット/デメリットが語られるべきだというのと同様に、デジタル教材のデメリットから目をそらすことなく、それが解消されていくようになれば私の「デジタル教科書を採用していない理由」もなくなることでしょう。


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