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デジタル教科書を少人数授業で使うための工夫:北村真琴先生(東京経済大学)

少人数授業でデジタル教科書を採用した東京経済大学の北村先生が心がけたのは、学生が「腑に落ちる」理解を獲得すること。3種類の独自クイズを活用した授業運営が参考になります。また実際に使った立場から見えてきたデジタル教科書の課題についても語って頂きました。

 私は2020年度後期から、デジタル教科書の利用を始めました。初心者につき、少人数授業でしか利用していません。以下では、この1年半の利用方法と所感などをまとめたいと思います。利用アプリは大学生協のVarsityWaveです。

デジタル教科書を少人数授業(主にゼミ)で導入

 まずは少人数授業、特にゼミから導入するのがよいという助言を受け、2020年度後期に学部ゼミで「1からのマーケティング分析」で初導入しました。続いて2021年度は、学部ゼミで前期は「1からの消費者行動」、後期は「1からのマーケティング分析」を、また後期の大学院授業で「1からの消費者行動」を利用しました(院生に「1から」シリーズはやさしすぎるのですが、学部で日本語専攻だった留学生が含まれていたので、学期冒頭に利用)。
 学部ゼミは2年生から4年生まで、例年20名強がいます。同じ教科書でも、前年度以前に学習済みの先輩ゼミ生と、当年度に初めて学習する後輩ゼミ生が混在しうる状況です。よって「1からのマーケティング分析」に関しては、同じ教科書ですが20年度と21年度で利用しました。このデジタル教科書を精読していた回は、だいたい対面授業でした。

独自の事前課題を活用した授業運営

 履修者には、教科書の内容を予習した上で、それを活用するような課題を、大問で3つほど(大問ごとに小問もあり)出していました。
 「1から」シリーズの教科書では、章末に「考えてみよう」という設問が3問あるのですが、「1から」というだけあってその章の内容確認程度の場合もあります。よって、この「考えてみよう」の問題は利用するとしても1問で、残りは独自に出題しました。課題は、理論や概念の箇所にコメント機能ないし付箋機能で書き込みました。ただし、履修者は少人数とはいえ、付箋で回答を共有してもらうとごちゃごちゃするので、学習支援システム(LMS)に出題し、そちらで回答してもらうという具合にしました。
 課題は基本的に、その章で出てきた内容を「腑に落ちる」形で理解しているかを問うものです。そのため、(1)私が指定した事例について、その章で出てきた理論や概念を使って説明させる、または、(2)その章で出てきた理論や概念がよく当てはまる事例を探して紹介させる、というタイプの質問をよく出しました。時には応用問題として、(3)正解はなく、自分の考えを述べさせる、というのも出しました。「1からの消費者行動」の場合、以下が課題の実例です。

(1)「ライザップのCM動画集から数本視聴した上で、観察学習をマーケティングに活かす際の4つの注意点について、このCMにはどのような工夫が見られるかを指摘しなさい。」
筆者注:「観察学習」とは「人の振り見て我が振り直せ」。これをマーケティングに活かすには「観察学習の対象が魅力的」など4条件あり(教科書 pp.45-47)。
(2)「恐怖喚起により、消費者に現状と理想に隔たりがあるという問題を認識させ、製品の購買を検討させようとしているマーケティングの事例を探して説明しなさい。」
筆者注:「恐怖喚起」とは「消費者が行動を変えないと発生しうる否定的な側面のアピール」(教科書 p.120)。
(3)「ノスタルジアを活用したマーケティングが効果を発揮するための特徴や条件を考えなさい。」
筆者注:「ノスタルジア」とは「過去を懐かしく思う感情」(教科書 p.59)。

 私の準備としては、課題を出すほか、授業中に見せるPowerPointも作りました。「1から」シリーズはティーチングガイド(TG)が用意されているので、当該理論・概念の説明をTGから抜粋し、その後に課題文を貼り付けて、あとは課題締切後に回答を貼り付けるだけ、という状態にしておきました。少人数ゆえ、課題の締切は授業の少し前でも間に合いました。締切後、私がLMSで回答をチェックし、履修者の大半が理解不足だった質問/同じ質問なのに意見が分かれた回答/履修者が探した興味深い事例や意外な説明の仕方、などを貼り付けました。授業中は取り上げた回答について全員で議論し、理解を深めました。

授業中に見せるスライドの例:上述の課題(3)。実際のスライドはゼミ生の名字入り。

デジタル教科書導入における問題点


 既に他の先生方が指摘したものも含まれますが、以下のような問題点を発見しました。

決済

 生協の場合、学生が窓口で代金を支払うと、シリアルコードが記されたクーポンが発行されてデジタル教科書を利用できるという仕組みです。対面授業時はこれでよいとしても、緊急事態宣言中や自宅療養中の学生は窓口に出向けません。また、日本に入国できていない留学生も同様です。今回導入した授業は少人数で、私も学生同士も顔見知りで信頼関係もあるため、ゼミでは友人が立て替えたり、生協側が先にクーポンを発行してデジタル教科書を早く利用できるようにし代金は後払いでよいと柔軟に対応してくれたりもしました。また生協は口座振込にも対応してくれました。しかし大規模授業ではこうはいかないでしょう。

アプリの仕様の問題

 今回は、同じ「1からのマーケティング分析」を20年度と21年度で導入した学部ゼミの場合、なぜか20年度の書き込みの一部のみが21年度用グループでも見えてしまいました(原因不明)。また、21年度後期は、「1からの消費者行動」をゼミと院授業で同時に導入したのですが、授業ごとにグループ管理したいところ、簡単にはできませんでした。私がアカウントを2つ作り、授業ごとに別アカウントでログインすると対応できると聞き、そうしたところ、今度はアカウント切り替えの度に過去にダウンロード済のデジタル教科書であっても最初からダウンロードし直すという仕様になっていることが分かりました。毎回ダウンロードするのはばからしく、端末を替えた方が早いということで、結局はゼミ用と院授業用で別のPCを利用しました。
 理想としては、大学のLMS(学習管理システム)のように、年度・授業ごとに履修者グループが管理でき、年度をまたいで履修者に重複者がいてもよく(継続ゼミ生や、前年度に単位取得できず翌年度に再履修した学生など)、さらに教員の書き込みも必要なら前年度分を引き継いで翌年度に修正だけすればよい、という仕様だとよいです。

課題のレベルと教員の負担

 上述の実例のとおり、課題はそれなりに時間を要する内容にしましたが、これは対象が学部ゼミ生と院生のためです。学習意欲が高い履修者であり、彼らは授業中に発言や議論をすることに慣れていますし、互いに顔なじみなので他の履修者の意見が聞けるのを楽しみにしているふしもあります。これが学部の大規模授業なら、課題の数を減らす/成績評価における配点を増やす/課題提出ではなくデジタル教科書の読み書きというアクション(ログデータで把握できるはずです)を成績評価に加える、といったことが必要かもしれません。
 授業中も、本学だと例えばマーケティング論は100~250名ほどの履修者がいますが、その全員を巻き込んで(飽きさせず)授業をするには、他の先生方が書かれているように、ラジオのDJや大喜利の司会者のように「場を盛り上げる/回答や発言をさばく」行為や、デジタル教科書の書き込みの紹介と丁寧なフィードバックなど、教員の負担は重くなりそうです。学期末のテストやレポートには、また別種の採点の大変さがあるものの、事前課題とその回答のチェックおよびフィードバックを毎回行うよりも、期末課題の方が負担感は小さいと考える教員もいる気がします。

中~大規模授業でのデジタル教科書の導入に向けて

 以上のような課題はあるものの、まずは教員が少人数授業で経験を積み、履修者同士が顔なじみでない中~大規模授業でもデジタル教科書を導入できれば、学生(特に、比較的おとなしめの学生)にとっては横からの学びが劇的に増えるツールだと考えます。


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