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東京ネロ戦記⑩ベルリン会議-2-

    アンドリューは、この3日間、考えることだけにフォーカスしてきた。それこそ彼が純粋にアプリケーションソフト開発に没頭していたあの頃みたいに。

考えて、考えて、トライアンドエラーを繰り返しここまでやってきた。

振り返ってみると、ここまで決して勝ちばかりではなかった。むしろエラーが当たり前の人生だった。それでも、そのエラーを積み上げて行き、最適解へとたどり着く。まるで泥濘の中を進むワニの様にゆっくり進んで来た。


  だからこれは間違いなく神からのご褒美だ。アンドリューはそう確信した。

「並行世界だって?素晴らしい。ものすごい価値だぞ。人類の歴史がひっくり返る!

向こうが1998年なら、我々は少し先の未来にいる。テクノロジー、エネルギー、インターネット技術、向こうの世界に何でも与え、その代わりに莫大な富を得ることも出来る。

いや、そうだな。ビジネスモデルは無限だ。例えば戦争をシュミレーションすることも出来る。こっちは未来を知っているんだ。色々手を加える実験場としても利用できる。大きな箱庭だぞ、まるで。」

ミアはアンドリューが最後に言ったひと言を実は自分も昨夜から感じていて、その箱庭をただの企業の経営判断で運用することに不安を覚えていた。

それを見透かしたようにアンドリューは続ける。
「もちろんステイツには然るべきタイミングで公表する。だが、こっちで固めた後だ、そうだろ。みんな。」

くたびれた顔の重役達が、イエスを様々に答える。


「初めに取り掛かることは何だ?まずは情報管理だな。結果的に彼女のPCが、並行世界へ行くゲートになっていて、それが彼女の遺伝子情報に基づいて複製はできない。という事だな。

信じられないことだが、この2018年製の台湾メーカーのノートPCだけが、私たちのデロリアンだ。」

アンドリューは、円卓の上、PCをミアの方へ滑らせる。

「東京から一昨日届いた。今もちゃんと動いている。

安全性が確認でき次第、我々も行くつもりだ。ミアもどうだい??」

アンドリューはある一つの可能性を捨てきれなかった。だからPCが届いてもすぐに向こうへ行くことが出来なかった。

「ええ、確かに興味深いわ。でもひとつ事前に伝えるべきことがあるわ。あのPCがゲートになっていることは間違いない。ただし、簡単に行き来できるわけではないみたい。」

やはりだ。その答えは誰も欲しくなかったが、どこかでそうだろうと思ってもいた。

「どういうことだ。一方通行ってことか?」

「そう。向こうの世界はこっち側からモニターできるの。全オブジェクトがその対象。つまりすべてはデータとして認識できるの。だから向こうのオブジェクトはこっちの世界に持ってこれない。

レコードの音源をデジタル化することはできても、データからレコードを物理的に再現することが不可能なことと同じね。」

「なるほど、だとしたらこっちの世界から向こうに行ってデータ化された後は、こっちに帰ってこれなくなるってことか?」

アンドリューは眉間にしわを寄せてミアに訊いた。

「恐らくは。
ただし、さっきの話を持ち出すと、
実際レコードの音源データがあれば、こちらで保存媒体さえ用意すれば、それなりのものを再現できるように、
向こうのデータは設計図として使用できるわ。

タンカーをこっちへ持ってくることはできないけど、設計図さえあれば、同じものをこっちで作れるってことと同じね。

だけど、人間は無理。設計図があっても、人体をこっちで用意して、生き返らせるなんて今のテクノロジーじゃ不可能。」

アンドリューの眉間のしわがさらに深くなった。アンドリューは目を瞑った。

彼は知っていた。全てが思いのままに行く訳ではないことを。だから自身がコントロール出来ない部分に無駄なリソースを割くような愚行は行わなかった。
怒りは諦めに直結し、諦めは自分を弱くすることを理解していた。

そんなときは、目を瞑り、深く深呼吸をしてただ受け入れるのだ。そして期を待つのだ。

「ふむ、じゃあ我々が向こうにいくのは今は止めておこう。

だが、今リツコ・クロセが向こうに居る。
ミア、それは並行世界やこっちに影響するのか?」

「ゴメンなさい、分からないわ。ただ彼女はある意味で未来人ね。少なくとも仮想現実世界の住人と接触すれば、並行世界内に何かしらの影響は及ぼすでしょう。」

アンドリューは律子の処遇について考えなければならなかった。

彼女は並行世界の作者だ。
律子については色々調べたい。生かして捕まえる。これが上策。
だが作者が死んでも作品は遺る。
最悪生死は問わない。これが次策。

「それは、こちらで手を打ってあります。
先ほど、リツコ・クロセの自宅に向かわせた3人のうち1名が独断で、向こうへアクセスしました。当然リツコ・クロセを殺すためでした。」

軍部顧問のアーロンが言葉を繋いだ。

「だが我々が彼女のPCについて知ったその時、私は彼女の生殺与奪権は持っていなかった。私は決断を保留し、残りの2名に説明し、リツコ・クロセを一旦確保し、生かしておくよう指示しました。

ですが、その残りの2名は消息を絶ち、リツコ・クロセともう一人の暗殺者も、沖の鳥島から消えました。

現在両名を外部モニターで捜索中です。」

アンドリューは軍部顧問のアーロン・コープランドのその報告を聞いて、その眉間を打ち抜きたい衝動にかられた。

「なあ、アーロン。その選択は賢いとは言えない。今すぐ選りすぐりの兵を向こうへ送るんだ。兵たちの遺族には贅沢させろ。今すぐリツコ・クロセを現地で確保か処理して欲しい。

あと、二人が沖ノ鳥島から消えたってことは、誰かがプログラムを弄ったってことだ。その協力者も割り出すんだ。」   

ミアは自分の仕事がひと段落ついたことを、アンドリューのその言葉で知り、
一目散に早くこの部屋を出て、シャワーを浴びたいと願った。




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