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【短編小説】東京ネロ戦記① 律子
あらすじ
律子はある日、自分のSNSのアカウントのプロフィール画像に異変を見つける。それはアイコンの画像が微妙にズレているという些細な事実だった。たかだか数ミリのそのズレは、実はメロ社のエンジニアである倫太郎の気まぐれの産物だったのだが、その安易な行動が意図せずブラックボックスを開いてしまう。
アイコンの裏に隠された膨大なデータ。
誰にも突破できないセキュリティ。
メロ社が隠してきた謎。殺された同僚。
鍵は沖ノ鳥島。
決して出会うはずのなかった二人が、ネットワークを介して出会った時、もうひとつの世界への入口が開かれた。
1998年6月。太平洋フィリピン海沖。
数週間前に港を出た台湾船籍の遠洋漁船、漁神号は見渡す限りの海と空の中を進んでいた。
昨夜の嵐をなんとかやり過ごし、船はつかの間の安息を得て、船員も各々甲板で煙草をふかしたり船室に戻り雑魚寝をしている。
そんな朝もやの中、船長の黃家豪はひとり悩んでいた。
この界隈を漁場に定めて2日間。全くと言っていいほど釣果が上がらない。
もう少し東側に移れば、クロマグロの魚群がいるはずだ。長年の勘がそう告げていた。
だが、200カイリ問題もあり、船をそれ以上東に進めることができず、黄はただむやみに時間を浪費していた。
その光景は突然訪れた。
黄は目を疑った。
ろくに見もせず今日2本目の煙草の火を消した。
後に黄は、台湾新報の取材にこう答えている。
「私は長い間、漁夫をやってきたが、あんな光景をみたのは初めてだった。
海の上に何十人という人間が、立っていたんだ。小さな黒い影が霧の切れ間にはっきりと見えたんだ。船との距離は100メートルもなかった。
その人影は船に乗ることも無く、海の上に立っていた。
あの海域は普段台風も多く、波も激しい。非常に厳しい世界だ。ありえない。私は一体何を見たんだ。」
*
見上げると空に輝いて見えるすべての星に既に名前があるように、きっと私の人生には未踏の地なんてないんだろうと半ば諦めていた。
私の行きたいところも誰かが行ってるし、思いついたと思ったら先に本の中で書いているし、検索しようとすると予測までしてくれる。
そう、つまりどこにも私のフロンティアはない。そう思っていた。
とんだ勘違いだった。
それは2024年6月の金曜日。
太平洋高気圧が列島のすぐ下まで大きくせり上がり前線は不安定となり、東京は朝からずっと雨だった。
私は予定通りテレワークで自宅で仕事をする。今夜、最終の新幹線で母が田舎から来てくれる。指折り水曜日から数えていた。
そんな訳で、一向に仕事に身が入らず、Googleマップの辺境の旅に飽き、今日の献立をAIに考えて貰って、ロキソニンを齧る。
一瞬電気が、ふっと消えて、また点いた。
Wifiが途絶えたのか、イヤホンの中のサム・スミスが消えて、また歌い出した。
カーテンが揺れて風が頬を通るのを感じた。
イヤな感じだ。頭痛が止まない。
突然メールのメンションが届いた。
見慣れないアドレスからのものだ。
アドレスは数字とアルファベットの組み合わせで、個人や法人を特定できるものはなかった。
ウイルスかもしれない、空けずに削除しようとした刹那、タイトルが嫌でも目に入る。
題名:そこからすぐ逃げて
私は別に国家機密を握るプレイヤーじゃない、ただの普通の総務のお姉さんだ。マット・デイモンならその5秒後には行動に移していただろうが、私はせいぜいコーヒーをすするくらいだった。
最近の迷惑メールは手が込んできている、という認識もあり、ポチ、削除。
題名:早く逃げろって!
削除した次の瞬間、また画面の右下にメンション音とともに新規メール。手が込んでる、感心する。ポチ。また削除。
題名:俺はあなたの未来の息子だ。
え!?待って!少し焦って、マウスの手が止まる。
ターミネーターが頭をよぎる。
題名:うそ、1回言ってみたかっただけ
こいつ!こいつ!削除!削除!
題名:だけど、危険は本当だ
私は意を決して乗っかってみることにした。
ついにメーラーを起ち上げてキーボードで会話を試みる。
「どういうことですか。あなた誰ですか?」
と打って、返信を待つ。
すると、メンション音の代わりにマンションのインターホンが鳴る。体がビクってなる。
おい!タイミング!
と虚空を罵りながら、すかさず椅子から立ち上がり、時計を見る。
母が来るにはまだ早い。インターホンの画面をのぞく。
そこには作業員の服をきた男性が数人立っていた。
ちなみにサングラスはしていないようだ。
何?この展開。マトリクスじゃん。私ネロじゃん。うそでしょ。
すると、また、メールのメンション音。
題名:出てはダメだ。すぐにマンションの裏口から逃げて
おお、そんでマンションの図面が私の網膜の裏にダウンロードされ・・・ない。
私は目をつむった間抜けな姿でしばらく居留守を使っていたのだが、再度インターホンが鳴動する。
だとしたら、私はインターホンの通話ボタンを押すしかないだろう。
「はい、どちら様?」
「すいません、お忙しいところ。マンションの管理会社の者です。本日消防点検で参りました。順番にお伺いしております、ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。」
「あ、今日でしたっけ。わかりました。では後ほど」
てめーこの野郎!
という吹き出しつきで、私はダッシュでPCの前に戻り、メールを確かめた。
「多分、君の家に今、何人かの男が訪ねてきているだろう。マンションの管理会社や宅配業者を偽り、君の在宅を確かめる気だ。絶対に応えてはいけない。彼らは僕と同じ会社の人間で、君を殺しに来ている。」
続
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