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東京ネロ戦記⑥アンドリュー

 アンドリュー・O・コリンは、実際20代で全てを手に入れた。

彼が他の人と違ったところをひとつ挙げるとすれば、
彼は自分から欲を出して、意思決定したことはないという点だ。自らの能力を過信してもいなかった。

つまり、23歳でバイアウトしたユニコーン企業のCEOという立場は、
ある確率の元、世界の誰かにその役割が与えられるということをはじめから理解し、
それがたまたま自分に巡り合っただけであり、結局のところ、人生は数学的確率という運に左右されることを認識していた。

だから、新たにメロ社を起ち上げるときに、
色んなトラブルがあったし、今も世界中で300を越える裁判を抱えているが、
結局のところ、想定できる範囲を越えない事案については、何とかなると思っていたし、実際そうなっていった。

メロ社はソーシャルメディアプラットフォームの運営を皮切りに、仮想現実技術の開発行う世界を代表するビックテックになっていた。

たいした資産も持たない小金持ですら、いわゆる資本主義的な成功を収めた後、物質的な欲望を全て満たし、その後、燃え尽き症候群へと陥る図式を援用するならば、アンドリューのそれは尋常ではなく、30歳を過ぎ、いつからか自分が他企業や政府筋の人間との調整弁というピエロに成り下がっていることも認め、諦めに近い感情で仕事に携わっていた。

欲しいものは全て一級品でそろえ、最高の弁護士団、私兵を雇い、合法・非合法なやり方で、自分に必要なものは全て手に入れた。


装備品は、アンフェタミンとLSDとコカインと紙幣。その紙幣はコカインを吸うためだけに持ち歩いた。

首を縦に振ることで人の命が消えていった。

そうなると、もはや人の命さえ、ポテトについてくるケチャップのくらいの価値でしかなくなった。


だから、その報告を聞いたとき、アンドリューは、自分の股間が激しく隆起したことに驚きを隠せなかった。

アンドリューの夫人であるカリーナは、アンドリューがある日を境に全ての会議をキャンセルし、下僕たちをどこかに集めて、数日間家を空けたことを後に証言している。

アンドリューはその4年後に出る自身の回顧録の中で、対話者にこう述べている。

「あのプロジェクトは最初全くの私的なものだった。だがご存知の通り今はウチのメインプロダクトになった。

何でも立上げの瞬間に立ち会えたのは幸運だと思うよ。
この世の成り立ちや法則を理解するのに非常によい勉強材料となった。」

普段の少し尊大に見えるアンドリューの表情が消え、困惑した顔をのぞかせたことを対話者は見逃さなかった。

「もうすでにリツコ・クロセの名前は世界的に有名だ。

あなたは何を知っていて、何を知らないのか。」

「私が知っていることはあなたたちと変わらない。
彼女のアイコンが、1998年の地球とつながっているということ以外。」

                                       *

 そのことに気づいたのは、メロ社の大規模サーバー移管のときだった。

 立ち上げ以来未だに現場にこだわり、メロ社の重鎮となった盟友ジェファーソンから、興奮した様子で電話がかかってきた。

「おい、アンドリュー。たまげる話がある。
これはお前向きだ。」

「ジェフ、お前ぶっ飛んでるのか。
どうした、電話してくるなんて珍しいな。」

「アンドリュー。この回線は安全か?」

「ああ、もちろんだ。」

「いいか、ある事実だけ伝える。
お前は、インターネットトラフィックやビックデータ、クラウドデータ、そうだな。他には、天文学、気象学研究によって生成されるデータ。
観測データ、シミュレーション結果、遺伝子情報、今こうして息を吸って立っている地球の全ての情報をデータにしたらどのくらいになると思う?」

「ああ、ジェフ。やっぱりお前ハイになっているな。」

「64.2ゼタバイトだ。」

「なあ、それを言いにわざわざ電話した訳じゃないよな。」

「それが、ウチの顧客のアカウントデータに隠されていた。

どこに隠されてたと思う?
アイコンの裏だ。

つまり、こういうことだ。
セクション18のサーバー移管で、容量エラーが出た。有り得ないだろ、普通。
調べてみると、日本人の個人アカウントのアイコンデータが、64.2ゼタバイトあった。

今は分散ストレージシステムで物理的に保存している。大変だったんだぞ。かかった金額も天文学的だ。まあ、そんなことはどうだっていいよな。

いいか、ここからが面白いところだ。

このデータの中身知りたいだろ。
勿論俺もそう思う。安心しろ。既に解析済みだ。

結論から言うと、恐らくこのデータ量から推察するに、このアイコンがほかの地球サイズの何かと繋がっているということだ。」

「それで?中身は見たのか?」

「慌てるな。アンドリュー。
そこにアクセスするにはパスが2ついるんだ。

一つ目のパスは簡単だった。
そのアイコンを少しずらすこと。
そうすれば扉が開く。

だが、扉が空いたあと、そこでもう1つのセキュリティが発動する。

そのセキュリティは誰がかけたのか分からない。だがメロ社の全てのリソースを駆使してもそれはどうやっても突破出来なかった。

ウチのAIがある仮説を述べていた。

これは特定のmacアドレスからしかアクセス出来ないように設定されている可能性があると。

つまりこのリツコ・クロセのPCからしかアクセス出来ないってことだ。

どうだ、お前向きだろアンドリュー。」

アンドリューは、ジェフに、
直ぐに人を集めてそれについて昔みたいに徹底的に議論すること、何がなんでもその扉を開けて、自分自身がそこに足を踏み入れること、お金は際限なく使っていい事を告げて、カリーナにキスするのも忘れ、自宅を出て、自分でカイエンを最高速度で走らせた。



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