続・時代劇レヴュー㊼:運命峠(1993年)他

タイトル:運命峠

放送時期:1993年1月6日

放送局など:フジテレビ

主演(役名):松平健(秋月六郎太)

原作:柴田錬三郎

脚本:古田求


1993年の正月にフジテレビで放送された三時間にわたる長編時代劇で、柴田錬三郎の同名小説を原作にした伝奇ロマンである。

江戸初期、三代将軍徳川家光の治世(作中では元和八年から九年にかけての出来事となっており、その設定に従えば家光が将軍になった直後となる)を舞台に、孤高の剣客・秋月六郎太が偶然知り合った豊臣秀頼の遺児・秀也(作中では「ひでなり」と呼ばれているが、後述する1974年版のテレビドラマでは「ひでや」と発音している。私は原作を未読なので、柴錬が創作した本来の読みがどちらかのかはわからないが、諱であることを踏まえれば、本作の「ひでなり」読みの方が自然であろう)、およびその生母・桂宮蓮子(皇族である桂宮家の娘と言う設定で、従者達から「ひめみや」と呼ばれている。なお、作中では「れんこ」と呼ばれているが、当時の名前の命名法からすると不自然なので、柴錬はキャラクタの命名にはそこまで深い意図を持っておらず、上述の「秀也」も案外「ひでや」が正しいのかも知れない)を狙う幕府や柳生の刺客、豊臣家の残党との争いに巻き込まれていき、その中で宮本武蔵、柳生十兵衛、柳生宗矩、服部半蔵、家光など様々な人物と関わっていくと言うストーリーである。

主人公の秋月六郎太は、実は徳川家康の六子・松平忠輝の双子の弟であり、その出生を忌んだ家康によって殺されようとした所を、密かに秋月某と言う武士に助けられて生き延びていたと言う設定である(なお、本作では六郎太の兄・忠輝は、服部半蔵によって密かに配所の伊勢朝熊で暗殺されたと言う設定になっている)。

物語は肥前平戸に隠れ住んでいた秀也・蓮子母子が、幕府の追っ手に発見されて逃亡を図る所から始まり、その逃避行の中で偶然蓮子の侍女・千早を助けた六郎太が、成り行きで秀也たちに関わっていく。

本作は三時間ほどの物語にまとめるために、長大な原作をかなり端折ったり改変したりしている部分はあるが、秀也を守る伊賀の忍者・運天、豊臣家の元家臣・加藤宗十郎、豊臣の残党であるものの自らの野望のために秀也を利用しようとする甲賀忍者の七兵衛、徳川家安泰のために秀也を亡き者にしようとする服部半蔵、六郎太を見守る天下道人(実は沢庵宗彭)、剣士としての六郎太の並々ならぬ力量を見抜いてこれと対決しようと望む宮本武蔵など、物語の進行とともに個性豊かな様々なキャラクタが登場する、いかにも柴錬の時代小説らしいテイストに仕上がっている。

また主人公の六郎太を演じる松平健以下、三浦友和(宮本武蔵)、大滝秀治(天下道人)、阿部寛(柳生十兵衛)、夏八木勲(加藤宗十郎)、林与一(服部半蔵)、風間杜夫(徳川家光)、中村梅之助(天海)、露口茂(柳生宗矩)など、正月の出し物に相応しい豪華な顔ぶれを揃えている所も見応えがある(括弧内は役名)。

ただ、登場人物の多さやキャストの豪華さに比して、放送時間が三時間と言うこの手の時代劇としては比較的短めであるため、全体的にあっさりとしていて物足りない感は否めない。

加えて、中盤では物語の展開にあまり関係ない冗長なシーンがある割には、加藤宗十郎など明確な存在意義を与えられないまま退場してしまう人物もおり、キャラクタの多さを今ひとつ生かし切れていない所もある。

脚本を担当しているのはヴェテランの古田求なので、決して面白くないわけではないのであるが、やや無難にまとめ過ぎており、全体的にぼんやりとした印象のまま終わってしまう点は少し残念であった(後、作品のクオリティとは直接関係ないかも知れないが、天下道人の正体が沢庵であることが全く説明されないまま話が進むのは、いささか見る側に対して不親切と思われる)。

連年年末年始に多くの作品が時代劇が放送された1990年代前半らしい、良くも悪くも「緩い」(ストーリーに深みはないが、正月のだらけた空気の中で見るにはちょうど良い)作品であるが、今となっては年一くらいでこう言う「緩い」時代劇が見たいようにも思う。


配役の印象としては、正月長編時代劇にはありがちであるが、豪華キャストありきで作られているためか、配役の合う・合わないの差が明確に分かれてしまったような感があった。

主演の松平健は、この手のどこか気品のある謎めいた剣豪を演じさせると見事にはまっており、六郎太の現実離れした設定も、マツケンの持っているキャラクタのお陰で不思議と違和感なく見られたように思う。

六郎太と恋仲になる千早役の有森也実も、薄幸のヒロインがよく合っていたし(1900年代に多く時代劇に出演し、様々な役を演じた有森であるが、個人的には彼女は本作のような病弱で薄幸の女性役が抜群にはまるように思う)、運天役の火野正平も流石の安定感であった。

一方で、本作の柳生宗矩は度量が大きいような腹黒いような、どっちつかずのキャラクタに描かれており、また露口茂を配役している割には今ひとつこれと言った見せ場もなく、露口の無駄遣いのような印象があった(後は単純に、本作の宗矩のキャラクタが彼に合っていない感も)。

後、ミスキャストと言うわけではないが、六郎太と家光の年齢差を考えると、家光役が風間杜夫と言うのはちょっと違和感がある。

もっとも、風間が家光で柳生十兵衛役が阿部寛なので、期せずしてこの手のチャンバラ時代劇では珍しく家光と十兵衛の年齢設定が史実通りになっている(実際には十兵衛は家光よりも年下なのであるが、どう言うわけか創作作品では十兵衛の方が年上に描かれることが多い)。

十兵衛演じる阿部寛は現在では大御所俳優として確固たる地位を築いているが、本作ではまだ四番手、五番手の位置にいるのも今見ると面白い(阿部が大河ドラマ「八代将軍吉宗」を始め、NHKの時代劇に立て続けに出演し、時代劇でのキャリアを重ねていくのはもう少し後のこと)。

最後に余談であるが、本作は放送中に皇室関係の報道(現天皇が皇太子時代に、皇太子妃が内定したと言うもの)が入ったために、長時間にわたって番組が中断されることになったと言うちょっと不幸な一面を持っていて、そのために同じ年の三月に再放送されている(現在はDVDがリリースされているため、視聴が容易な作品である)。


柴田錬三郎の『運命峠』は、本作以外にも1974年から1975年にかけて同じフジテレビでドラマ化されており、そちらは全二十一回の連続ドラマである。

秋月六郎太は田村正和が演じ、こちらの方が原作の展開には近いと思われるが、六郎太が忠輝ではなく家光と双子の兄弟と言う設定になっている(家光は田村正和の二役)など原作と異なる点もある(物語は家康が重篤になった元和元年から始まるにもかかわらず、六郎太が二十歳前後と言う印象で描かれる点にはやや違和感があるが)。

また、本作と同じ松平健が主演を務め、似たような設定の作品としては、1987年に日本テレビで放送された時代劇「野風の笛 鬼の剣 松平忠輝 天下を斬る!」がある。

この作品の主人公は松平忠輝で、後に隆慶一郎となる池田一朗が脚本を担当しており、後年彼はこの作品をベースにして『捨て童子・松平忠輝』と言う長編歴史小説を書いている。

時代劇のヒットメーカであった池田一朗が手がけただけあって、物語としては非常に面白く、徳川秀忠が悪辣な人物と言う点は後年の隆慶一郎作品(『影武者徳川家康』など)での秀忠の描き方と共通している。

颯爽した忠輝を演じる松平健を始め、小心者で悪辣な秀忠役の大出俊、父・秀忠と異なり忠輝に尊敬の念を抱く純粋な青年・家光を演じた堤大二郎、出番こそ少ないが、離れ離れになっても夫・忠輝を慕ういじらしいヒロイン・五郎八姫(伊達政宗の娘)を好演した岡田奈々など、全体的にキャストもはまっていた。

この作品は2023年3月現在、DVDなどのソフト化はされていないが、近年だとBS日テレの「木曜は!特選時代劇」で放送されるなど、再放送の機会もそれなりにある。


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