時代劇レヴュー㉞:翔ぶが如く(1990年)

タイトル:翔ぶが如く

放送時期:1990年1月~12月(二部構成、全四十八回)

放送局など:NHK

主演(役名):西田敏行(西郷隆盛)、鹿賀丈史(大久保利通)

原作:司馬遼太郎

脚本:小山内美江子


NHKの所謂「大河ドラマ」の第二十八作目で、司馬遼太郎の同名小説を原作に、幕末から維新にかけての薩摩藩の群像を西郷隆盛と大久保利通を中心に描いた作品である。

大河ドラマにしては珍しい明確な複数部構成を取っており(二部構成で作られた大河ドラマは本作が初で、ナレーションも一部と二部では異なり、OP映像も変えている)、第一部が幕末編で全二十九話、第二部が明治編で全十九話である。

原作の『翔ぶが如く』が明治六年の政変前夜から始まるのに対し、ドラマの方は半分以上が幕末編なので、だいぶ原作とは異なった展開になっており、事実『翔ぶが如く』以外の司馬遼太郎の幕末を扱った歴史小説が原作としてクレジットされている(『酔って候』『竜馬がゆく』『歳月』『最後の将軍』など)。

歴史ドラマとしては非常によく出来ており、主人公である西郷・大久保の描き方もシンプルで無理のないものになっており、どちらかと言えば幕末が苦手な私もすんなり楽しむことが出来た。

もっとも、原作でメインとなる明治編についてはやや駆け足で、西南戦争やそれにまつわるエピソードはかなり簡略化されてしまっており、原作で狂言回し的なポジションにいる川路利良(演・塩野谷正幸)も、メインキャストの一人ではあるが扱いが原作とは違ってしまっていた。

幕末から明治を舞台にした西郷と大久保のドラマと言うと、日本テレビが1987年に放送した「田原坂」(「時代劇レヴュー⑦」参照)が連想されるが、そちらがタイトルの通り西南戦争がメインで、くどいくらい戦闘描写が入るのに対して本作はその点は妙にあっさりである。

とは言え、前半後半を比較すると、(前半も面白いことは面白いのであるが)明治編の方が個人的にはより見応えがあった。

脚本の台詞も結構しっかりしており、難解な薩摩弁をそのまま使ったり、身分のある大名などは諱を避けて官職名で呼び合ったりと、そのあたりも好感が持てる。

反面、幕末編でも明治編でも、割合重要人物を端折っている割に、あまり意味のない架空の人物を登場させる所はいささか気になった。

例えば、幕末編で登場する渡辺典子演じる芸者(小松帯刀の愛人)は、西郷従道の初恋の人と言うくらいの存在意義しかなく、よくわからないうちにフェードアウトしてしまっている(全くの個人的好みであるが、妙な架空の人物を出すのだったら、渡辺典子を西郷従道夫人の清子にキャスティングした方が良かったのでは、とも思う)。

同じように、明治編では矢崎八郎太(演・堤真一)なる宮崎八郎(こちらは実在状の人物)をモデルにしたと思しき人物が出てきて西郷と絡むのであるが、何故敢えて宮崎八郎として登場させなかったのか、今ひとつ不可解である(原作では宮崎八郎は重要人物として登場)。

作中では、司馬遼が創作した蘆名千絵(演・有森也実)と言う旧旗本の娘とのラヴロマンスが描かれるのであるが、史実での宮崎の恋人はお浪と言う別人なので、原作に出てくるオリジナルキャラを使いたかったためなのであろうか。

とは言え、これらは些末なことで、過去の大河ドラマの中でもトップクラスに出来の良い作品である。

この「出来が良い」と感じる主たる理由は、おそらく非常に「素直」な作品なためであろう。

メインの西郷・大久保を始めとして人物の描き方がオーソドックスで、ストーリーも史実との兼ね合いが無理なく進んでいるのである。

不自然な設定もないし、現実離れしたぶっ飛んだキャラクタもいなく、西郷も大久保も、我々がイメージする通りのキャラクタに仕上がっている。

情の人で求道者的面を強く持つ西郷と、冷徹な政治家なれど家族や親友の前では優しい顔も見せる大久保、そしてキャスティングも絶妙で、西田敏行の西郷も、鹿賀丈史の大久保も、よく面差しを肖像画と似せているし、特に明治編の大久保は実によく写真の面差しに似せていた。

他にも、老獪で時にとぼけた岩倉具視を好演した小林稔侍や、秀才肌だけれども融通が利かない木戸孝允を演じる田中健、若い頃の軽薄な伊藤博文を絶妙に演じる小倉久寛、髭を蓄えた明治編では大久保同様非常に写真の面差しによく似せていた村田新八役の益岡徹など、配役もうまいことはまっている。

憎々しさが出ていた井伊直弼役の神山繁も良かったし、無駄に偉そうな加山雄三の島津斉彬(笑)も、若き日の西郷に影響与えると言う役回りからすると適役であろう。

個人的に特に印象に残っているのは徳川慶喜役の三田村邦彦で、生まれながらの貴族で自尊心が強く、薩摩何する者ぞと言う人物像を見事に表現していた。

まだ無名時代の内藤剛志が有馬新七役で出演しているが、攘夷思想にかぶれて狂喜じみた演技は見ごたえがあり、この頃から名優振りが出ていた。

その他にも、キャスティングの妙技で唸らされること多々あったが、唯一と言って良いミスキャストは、天璋院役の富司純子で、確かに美人女優であるが年齢的に少し無理があったような気がする(笑)。

もちろん、細かい部分を見れば少しくらい変な解釈などがあるのかも知れないが、(幕末に詳しくない私が知っている範囲ではあるが)明らかにおかしい設定などはなかったので、ドラマと言うことを考慮すればクオリティは高いと思う。

後、これはかなり個人的な趣味であるが、私は西郷と大久保の友情話が昔から好きで、そのあたりもこのドラマの高評につながったのかも知れない。

お互いをよく知りきっているにもかかわらず、心ならずも最後は敵同士になってしまう、その切なさゆえに見ている者の胸を打つと言うか、ラストで大久保が暗殺された時に、懐から西郷からもらった手紙が出てくるあたり(一応、暗殺の時に馬車の中で西郷からの手紙を読んでいたのは史実のようではあるが)は良い演出だと思う。

少しほめ過ぎな感もあってあまり良いレヴューにはなっていないかも知れないし、こう言う言い方は懐古趣味みたいであまり好きではないが、それでもこの作品は「古き良き大河」と呼ぶに相応しい作品で、個人的にはこの作品に続く1991年の「太平記」(「時代劇レヴュー⑨」参照)、1992年の「信長」(「時代劇レヴュー⑰」参照)と並んで、大河ドラマ黄金期の作品と思う。

ちなみに、この作品は完全版DVDが発売されているので、視聴する際は同じくソフト化されている総集編ではなく、完全版を見ることを是非勧めたい。

総集編は確かにお手軽に見ることが出来るかも知れないが、この作品に関しては総集編の出来が悪くてオリジナルの良さを存分に伝え切れておらず、本編とは全く印象が異なるためである。


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