時代劇レヴュー⑰:信長 KING OF ZIPANGU(1992年)

タイトル:信長 KING OF ZIPANGU

放送時期:1992年(全四十九話)

放送局など:NHK

主演(役名):緒形直人(織田信長)

原作・脚本:田向正健


1992年にNHKで放送された所謂大河ドラマで、珍しくタイトルに横文字が入っている作品。

タイトルの通り、織田信長の生涯を題材にした作品で、幼少時から本能寺の変までの信長の全生涯を、かなり細かい部分まで含めて描いている。

この「信長」は大河ドラマの三十作目の作品であるが、織田信長を単独主人公とする作品は同シリーズの中では意外にも初めてである(1973年の大河ドラマ「国盗り物語」は斎藤道三とのダブル主人公)。

この作品の特徴を一言で言えば、おそらく現行の信長を扱ったドラマの中で最も「史実」に近い信長ではないだろうか。

脚本を担当した田向正健は、この作品を含めて全部で三作品の大河ドラマの脚本を担当しているが、この作品が最も出来が良く、色々な面で面白くて意欲的な作品と言える。

ルイス・フロイスが語り手を担当し、彼の視点から描いた信長と言う点でも斬新であり、またそのためにイエズス会士の日本での布教の話(信長と直接関係ない話も含めて)にかなり時間が割かれていた。

田向正健の脚本は独特のカラーとテンポがあって、いささか難解な部分も多いのであるが、この作品は同じ田向が手がけた「武田信玄」(1988年放送の大河ドラマ)に比べると随分内容がわかりやすくなっていて、彼の脚本担当作品では個人的には一番好きな作品である。

この作品、先に最も「史実」に近いと書いたが、色々な部分で従来の信長を扱った作品とは一線を画している。

まず、この作品の信長は天才でもなければ革命児でも、またワンマン当主でもない。

序盤では神仏も信じているし、足利将軍の権威をありがたがる描写もあり、また軍議に際してはちゃんと重臣に意見を図っている。

キャラクタ的に潔癖で気難しさがあるくらいで、当初はそこまで個性的ではなかった信長が、一つ一つの危機を克服していく中で段々自信と権威を身に着けていくと言う描き方は、それまでの「生まれながらの天才」像とは違う所であった。

従来信長を演じてきた俳優からすると、全然イメージが違う緒形直人が演じている所も良かった。

有名な長興寺所蔵の信長の肖像画にはよく雰囲気が似ているので、そう言う所も彼の演じる信長は結構良かったと思う。

また明智光秀(演・マイケル富岡)の描き方も良い。

これまた従来のように信長と光秀を対照的に描くのではなく、光秀はあくまで仕事が出来る部下の一人で、終盤までは必要以上に目立った見せ場がない。

この作品では、馬が合わないことから信長が一方的に光秀を虐めるような描写は全くなく、信長からの過度な期待が光秀のキャパシティを超えてしまい、精神的に壊れた所にチャンスが転がり込んできたので本能寺の変を起こすと言う解釈は、この手のドラマでは珍しいが怨恨説や黒幕説よりははるかに説得的であった。

信長と光秀と言うと、やはり司馬遼太郎の『国盗り物語』での「天才・信長」と「古典的教養人・光秀」と言う対比が有名で、後世の作品に与えた影響も大きいと思うが、前述のようにこの作品以前に信長を主人公に据えた大河ドラマがその「国盗り物語」なので、信長を主人公にした二作目であるこのドラマが、明確に「国盗り」と差別化をはかるような人物設定になっているあたりは見事であった。

後、桶狭間の戦いの描写は、軍記ではなく歴史学の研究の成果をかなり参考にしたと思しきもので、これほどうまく作っている桶狭間は他のテレビドラマでは見当たらない。

信長が主人公であるにもかかわらず、お決まりの勇ましい発言、例えば「狙うは義元の首ただ一つ」のような台詞は一切なく、信長の目的は今川軍に打撃を与え、とりあえず尾張領内の外に追い払うことにあって(信長が敵兵を「疲れている兵」と言う台詞もあり、最初から標的は義元ではなかったことを明確に示す描写になっている)、その後で偶然義元の本隊を見つけてそのチャンスをうまくものにしたに過ぎないと言う解釈にしているのは、2019年末現在、この作品がほとんど唯一ではないだろうか。

人物描写に関してもう一つオリジナリティのあるものを挙げれば、濃姫(演・菊池桃子)の「処理」の仕方も面白かったように思う。

濃姫は事跡や没年がはっきりしない人物であるが、信長の死後にも「安土殿」と言う信長の正室と思しき女性が史料に登場することから、本能寺の変後も生存説もあり、この作品ではそれをベースに、事跡が不明な期間は堺に滞在していて、本能寺の変の直前に信長のもとに戻ると言う設定になっており、なかなかうまい作り方かと思った。

信長と濃姫が、終盤まではあまり仲が良くないと言う設定なのも珍しいし面白い。

変に史実と違う描写もちらほらあったが(例えば、前田利家が出奔せずに桶狭間の戦いの際にも信長の馬廻りとして参加している)、全体の雰囲気を損なう程ではなく、足利義昭(演・青山裕一=現・三代目花柳寿楽)、今川義元(演・柴田侊彦)、浅井久政(演・寺田農)、朝倉義景(演・北村総一朗)など、従来の作品では暗愚な風に描かれる人物も、常識的な人物として描かれていたあたりも好印象である。

内藤勝介(演・塚本信夫)や佐久間盛重(演・本郷功次郎)、森可成(演・三上真一郎)など、比較的マイナーな初期の信長の家臣が重要な役どころとして登場する所や、林秀貞(作中では「通勝」、演・宇津井健)や佐久間信盛(演・田中健)を単なる無能な人物として描かない所も個人的には良かったと思う。

信長の幼少時から仕える易占いで、信長にとって克服すべき対象として描かれる加納随天も、架空の人物ながら故・平幹二朗の怪演のせいもあって一際インパクトを放っているし、随天は所謂「軍配者」なのであろうから、従来戦国時代を扱った作品でスポットが当たらなかったような職を取り上げつつ、うまく物語を盛り上げる装置として消化していた。

他にも色々と言及すべき特徴もあるが、ともあれよく出来た作品であり、この作品の前年に放送された「太平記」とともに、個人的には大河ドラマの黄金期に位置する作品と思う。

なお、本作品はDVD完全版がリリースされており、視聴は容易である。


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