パン屋再襲撃

さて短篇集『パン屋再襲撃』。これを読むのは3回目だと思う。
(連続投稿になるけれど、読み終えて感想文が追いついていなかったため)

1986年だから『ノルウェイの森』の1年前となる。まだ初期といえそうだ。

ここにきて、やれ春が来た、やれ筍だ、と言わんばかりに「渡辺昇(ないしは、ワタナベ・ノボル)」がほぼすべての話に登場してくる。同一人物か?というとそうではない。
これは、故安西水丸氏の本名として知られている。まぁ春樹さんこういうの好きですね。僕も好きです。

「動物愛」みたいなのが顕著で、「象の消滅」については「象の人柄」という表現が出てきたり(著者はマーク・ストランドの短篇“Dog Life”を「犬の人生」と訳したり ※最初は「犬の生活」と訳していたのだが)「双子と沈んだ大陸」では笠原メイが、たぶんこの女の子は『ねじまき鳥クロニクル』の最後あたりで「アヒルさんの人たち」と連呼していた記憶があるんだけど、それこそ猫の名前が「ワタナベ・ノボル」だし、人と動物の境界をなくす、いや、動物を人と見立てる描写が多い。動物好きなのでしょうね。

「象の消滅」は、前ほど感動はしなかったけれどやっぱり好きな話で、主人公は非常に象を愛しているのだけど、象が消えたという突拍子もない話を出会って間もない女性にしてしまって後悔する。(みなさんにもそんな経験はありませんか)

この短篇集の主人公たちは往々にして、社会に対する嫌気と自分の無気力に対して執拗なほどのジョーク(冗談)で対抗しているように見える。例えば「パン屋再襲撃」では、乏しい冷蔵庫の中の具材でできる料理の提案として「フレンチドレッシングの脱臭剤炒め」を妻に提案し黙殺されているし、「ファミリー・アフェア」は、数えきれないほどのジョークで妹に対抗するんだけど、最後には電池が切れたように自分の疲弊に気づく。

「ねじまき鳥と火曜日の女たち」からはようやく「小さな女の子から諭される」という村上春樹小説の定型パターンみたいなのがスタートしていて、これに伴い主人公の男(だいたい30代で無職とかが多い)は「言われっぱなし」である。今までみたいにはすに構える感じじゃない。言われっぱなしなんだけど、自分の痛みに気づいて、勇気を出して一歩一歩進んでいく。もちろんこれは『ねじまき鳥クロニクル』につながっていくお話。

少しずつ、少しずつ著者自身が何かから回復していっていたのかなぁ。
特に『回転木馬のデッド・ヒート』と連続で読んだためか。
著者にとっての短篇小説というのは実験的スケッチなんだろうなぁ、とも。

「ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界」は、ちょっと不思議な習慣を持つ男の話。僕もけっこう独特の習慣を有する人間なので、これはなかなか興味深く読んだ。ちなみに月刊カドカワに寄稿したものらしい。

「ファミリー・アフェア」の感想について、手書きの日記には以下のように書いてある。

主人公はマジメなタイプや世間体とかがキライなんだろうな。とはいえ、何をするでもなく、束の間の快楽に身を委ねて消耗していく。悪い人間ではないが、つまりは何にも熱くなれない、そんな人。そして僕もまた疲れすぎている。人間性を回復せねば。僕は、そうだ、疲れすぎている。この主人公と同様に…。

*****

「ファミリー・アフェア」をちょっと読み返してみると、主人公の男はほんと、ずっとジョークを言っているなぁ。でも母親から電話で、妹の婚約者の大学はどこの出なのとか聞かれて、うるさい!と怒鳴っているシーンもある。また、この男はブルース・スプリングスティーンが好きなようで、ハミガキしながら「ボーン・イン・ザ・U・S・A」を聴いている。

僕もハミガキしながらボーン・イン・ザ・U・S・A聴こうかなぁ。

【好きな短篇ベスト3】
1. ファミリー・アフェア
2. 象の消滅
3. ねじまき鳥と火曜日の女たち

※ちなみに「パン屋」とは夜中のマクドナルドのことです。

(書影は https://books.bunshun.jp より拝借いたしました)

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