【連載小説】-2021年5月20日-日本/表参道-『世界時々フィクション』
戸田との会議は夜遅くまであった。翌日は二日酔いだった。重たい身体を起こしながら、顔を洗い、家を出た。
日課の英字新聞チェックを行う。ニューヨークの街も営業再開に向けて動き出していた。コロナの収束と日常生活が元通りになること。これは同時に満たされなければならないことなのだ。
ニューヨーカーが行くべきか、引くべきか、慎重にいくか、それとも欲望に任せるか?迷っているようだ。423日間のシャットダウンが解除されようとしている。当然、コロナウイルスの後の話だ。またコロナウイルスが流行する前の街に戻るのか、どうか。それが問題だ。
「落ち着いたら飲みに行きたいですね。いい店見つけたんですよ」
午前中、会議に来ていた尊敬する先輩社員に会い、そう言ったが、どことなく言っておいて気が引ける。東京も神奈川も外食するのはどこか窮屈だ。
といっても、昨日も表参道で戸田からの集合があった。そのアジトはタグホイヤーやカルティエのショップが並ぶ通りから、少し離れたところにある。表参道で食事を済ませてから、いつものように事件の説明があった。社員の賞罰が決まるのは、一週間後らしい。その時には、私の出番になる。
「決まったら連絡する。準備しておけ」
戸田は高級スーツをひらめかせてから、去って行った。彼は、その日、バーでブラッディメアリーばかり飲んでいた。その影響もあってか、私は昼、喫茶店でトマトジュースを飲みながら、ニューヨークタイムズの記事に目を通していた。
アメリカは個人の自由を最重要視してきた国だ。政府が外出を禁止する。マスクの着用を義務づけるなんて、個人の自由を求めて革命を起こしたフランスに援助してもらって独立した国にとっては、許せないことかもしれない。英語を話すフランス人、それがアメリカ人だ。日本人とは、決定的に、この辺りの感性が違う。さぁ、政府の規制が弱まる。だからといって、何もかもが解放されるわけではない。
EUはワクチンを打っているか、あるいはコロナウイルスの影響が少ないと考えられている国からの旅行者であれば、夏季旅行を許可する方向らしい。みんな旅行好きだ。コロナで死ぬか、旅行を楽しむか、そんな二択はこれまであったのだろうか。
“We don’t know who’s vaccinated and who’s not,”
記事内にこんなセリフを見つけた。誰が保菌者なのかわからない。でも付き合わないといけない。疑心暗鬼はホラーのテーマだ。隣のあの人がコロナウイルスかもしれない、いや、嫌いなあの人が、好きなあの人が、大切な人が、その時、人間の本性や本心が出てくる。煎じ詰めればこの時代はホラーだ。一体、いつ終わるのだ??
”You know, World War II, when they declared the end of the war?”
これまた、面白いセリフだ。第二次世界大戦の終わりを告げたのはいつだ??日本じゃマスコミが終戦がいつだったと頻繁に報じるが、アメリカじゃ第二次世界大戦が終わった日なんて明確ではないのだ。というよりも、闘いに終わりはないという価値観なのか?節目も区切りもなく、容赦なく日常が過ぎていく。明治が、大正が、昭和が、平成が、令和が、ああだ、こうだなんて言って懐かしがるのは日本人だ。70年代、80年代、こうやって時代を把握するのも、西洋人の価値観だ。
誰が先に動きを見せるのか、そうやってニューヨークタイムズの記者は締め括る。それが問題らしい。解放するか、それとも統制するか。世間はいつだってせめぎ合っている。
「最近、玄米食べてるから調子がいいんだよ」
ランチの時間に隣に座った男性が言う。たしかに肌ツヤがよく、目もイキイキしている。俺も玄米でも食べるか。そんなことを思った。
「送料で赤字になっちゃうんだ。」
そんな声も聞こえた。どうやらメルカリをやっているらしい。メルカリでお小遣い稼ぎをしているのだ。
さぁ、営業再開できる状態にはなった。だが、誰が先に動く??ニューヨークの街の雰囲気はどうなっているのだろうか。東京は徐々に元通りになろうとしている。さて、どうする?みんながライバルの出方を窺っている。
Zoomにwebexにgoogle meet、やたらと遠隔会議システムの取扱に慣れたのも、ここ一年のことだ。みんな驚くほど適応していった。ガジェットを軽やかに扱えるかどうか。これも現代のスキルだ。この日記だってiPhone10で書いている。働く場所を選ばないのが、現代だ。
「人事評価がないようなもんだから、普通に頑張りたくても頑張れない。」
女性の愚痴る声も聞こえた。喫茶店での会話はそれほどみんな代わり映えがしない。私はトマトジュースを飲み干して、PayPayで支払いを済ませて店を出た。雨は上がっていた。オフィスまで歩いて、仕事へ戻った。
ふと、脳裏に戸田の言葉がよぎる。
「通知人のルールその1だ。覚えておけ。事件に感情移入するな。」
私は宮益坂の樹木を眺めながら、歩いていった。
(続く)
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-2021年5月20日-日本/表参道-『世界時々フィクション』
参考記事:By Michael Wilson, ”Scarred but Resilient, New York City Tiptoes Toward Normalcy”, “The New York Times”, Published May 19, 2021,Updated June 7, 2021
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