【民俗学】フィールドワークの醍醐味を知る本
成城大学民俗学研究所の林です。
民研note「民俗学の話はじめました」では、民俗学を学んでみたい学生や、民俗学に興味を持っていただいた方にむけて、民俗学関連の話題を紹介しています。
現在、月一で「民研歳時記」をお届けしておりますが、今回は少し趣向を変えて、私のおすすめの一冊を紹介したいと思います。
おすすめの本とはいっても、ものすごく有名だとか、民俗学を学ぶ上で必読だとかいったものではないのですが、私の思う民俗学の醍醐味・いちばん楽しく有意義な部分が詰め込まれていて、「民俗学のリアルってどんなものだろう?」と疑問に思っている人たちに是非読んでみて欲しい一冊です。
今回おすすめするのはこちら
この本は、ベテラン研究者たちが、自身のフィールドワークの経験の中で強く印象に残っていることばをキーワードに、調査の中で思ったこと考えたことを読みやすい短文で紹介しています。
民俗学のフィールドワークでは、さまざまな人たちに出会い、話を聞くことになります。
この本の執筆者に、生業研究(農業や漁業、その他の生活を成り立たせる仕事の研究)をメインの研究分野としている研究者が多いこともあり、登場する人たちとそのことばは、人が生きる為に必要なことや、人が生きるとはどういうことかを教えてくれます。
など、取り上げられたことばは、いわゆる格言のような重厚なものというよりは、会話の中でぽろっと出たような、なにげない一言なのですが、その言葉の背景を知った時に、人一人の人生の重みが説得力となって伝わってきます。
この本は、日本民俗学会会長*でもある川島秀一先生や、『学校の怪談』シリーズで有名な常光徹先生らをメンバーとする汽水民俗研究会の「仲間たち」で作った本です。
この本に書かれているようなことは、民俗調査報告書にはあまり書かれることのないものです。しかし、研究者自身の価値観や人生観にまで届く出会いが描かれているといっても良いでしょう。
研究者仲間で研究会を行なった後に、打ち上げの飲み会の席で、「こんな人に会ったよ」とか、「こんな話を聞いたよ」と盛り上がっている様子や、「ほんとはこういう本を出してみたいんだよね」なんて話をしている様子が目に浮かんできます。
民俗学をなりわいとする人たちの楽しみの一つ、そんなものが詰まった本です。
余談ですが、宮崎駿と高畑勲の『平成狸合戦ぽんぽこ』は、多摩地域の民俗調査報告書の内容がそのまま使われているなど、民俗学の要素がふんだんに盛り込まれています。
その最後に「『どっこい生きてる』って言葉は、狸のためにあるんじゃないでしょうか」というセリフがあります。
私はこれを聞いた時に、人間も同じだな、もしかしたら高畑監督は狸に見立てて人間を描きたかったのかなと思いました。
この本に描かれた人たちの人生は、辛く大変なものと見ることも出来ます。けれども、研究者たちは、皆、この人たちのことばから、どっこい生きてる人間の力強さや明るさを感じ取っています。
この本を読んで、民俗学は、人の生き方を、また、人の生き方から学ぶ学問だなあとしみじみ思います。
*この記事を書いている令和4年2月現在。第33期会長。