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社会心理学の研究と教育—「計画錯誤」を題材として

ローボール技法

 同僚の先生から学内の広報誌の原稿依頼を受けた大学教員を想像してみましょう。その雑誌に「3000字くらいでご自分の研究・教育について執筆」していただけないか、という内容だ。「締め切りは5月半ばくらい」とのことで、「3月下旬の今からでも、まあ何とかなるな」と思って引き受けた。担当者から連絡が来るということで待っ…、すぐに依頼のメールと執筆要項が届いた。そこには「原稿の締め切り:4月22日」とあった。よく見ると「原稿の枚数:400字詰め10枚-20枚」とあり、字数に換算すると「4000字~8000字」であることもわかった。

 さて、引き受けた教員は「約束違いだ」と指摘して、執筆を取りやめるだろうか。一度引き受けたのだからと条件が違うにも拘わらず、黙ってうなずくだろうか。

 「依頼と承諾」についての社会心理学研究は、後者が起きやすいことを示しています。チャルディーニたちの研究では、大学寮に住む学生に部屋のドアにポスターを貼ってほしいと依頼しました。これにはほとんどの学生が承諾してくれたので、続いて「そのポスターは階下の受付に取りに行ってもらう必要がある」と付け加えました。そうしても、60%の学生が引き続き承諾してくれました。この比率は、初めから「ポスターを階下の受付に取りに行ってもらい、ドアに貼ってほしい」と依頼した学生の承諾率が20%だったのと比べて、ずっと高いものでした。

 私たちは一般に、一度決定にコミットする(心理的に拘わる)と、その決定をなかなか覆せないようです。例に挙げたような「有利な条件を付けて依頼して承諾を得た後に、何らかの言い訳をしてその条件が付けられないと伝えて再度依頼する」あるいは「不利な条件を隠して依頼して承諾を得た後に、何らかの理由で不利な条件が生じたことを伝えて再度依頼する」ことによって承諾率を高める依頼方法は、「ローボール技法」と呼ばれます。最初に手の届くところにボールを投げてキャッチさせることから、セールスマンたちが呼び慣らわしていたそうです。

 この技法は、行為者が悪意を持って用いれば、詐欺にあたります。しかし、微妙なケースがたくさんありますし、そうとは思えない(見抜けない)場合も多く、条件が悪くなっても承諾が継続されやすいのです。他にも、よく知られたフットインザドア技法や、ザッツノットオール技法など、いろいろな依頼(要請)技法が研究されています。チャルディーニ先生が著したベストセラー『影響力の武器』を読んでいただくと、この領域の面白い研究をいくつも知ることができます。

計画錯誤

 原稿の依頼を受けた教員のエピソードをもとにして、社会心理学研究の一端を紹介させていただきました。この「依頼と承諾」に関する研究は、社会的影響領域の社会心理学研究です。これに対して、私の専門は社会心理学の中でも社会的認知という領域で、人や他者、集団などの社会的対象をどのように認識し、どのように思考(解釈、推論、予測等を)するのかを研究しています。

 例えば、計画錯誤の研究を行いました。私たちは締め切り日のあるレポートや原稿などを作成するとき、どこまでに準備をして、いつ書き始め、どのくらいに書き終え、そして見直して修正するのか計画を立てます。しかし、正直なところ、計画通りに物事が進む場合は多くありません。むしろ、締め切りが近づいてから手を付け、ギリギリになって完成する、ときには期限を守れないことも起きるでしょう。社会的認知研究ではこれを「実際の遂行よりも早く終わると予測する」という認知バイアスと捉え、その原因の究明と改善の方策を検討しています。ノーベル経済学賞授賞者である認知心理学者カーネマン(と故トヴァースキー)は、このバイアスを「計画錯誤」と呼び、カナダの社会心理学者ビューラーたちが実証的研究を開始しました。先駆的な研究者たちは、予測に際して特定の課題のみに焦点化し、同時に生じる他の課題や日常の出来事(が課題遂行を遅らす要因になること)を考慮できないことが計画錯誤の主たる原因だと論じました。

 カナダ(とおそらくアメリカ)の大学では(少なくとも心理学専攻では)、必要な授業やセミナーを履修した一部の人しか卒業論文を書かせてもらえません。この(おそらく優秀な)学生たちを対象にして締め切りのかなり前に、いつ頃書き終えるのか予測してもらいました。そして、実際に提出した後に、いつ書き終えたかも調査しました。その結果、提出日は予測した日よりも平均して数日は後になり、その差は統計的に有意だったことがわかりました。同様の結果は異なる課題を用いた他の研究でも認められました。

 ビューラーたちは予測が適切になる条件も探ろうとして、レポート作成を題材にして別の現場実験を実施しました。そこでは、予測時に今後起きうるレポート作成を妨げる障害(例;友だちからのパーティへの誘い)を想像してもらう条件、過去の計画錯誤経験(例;レポート作成が締め切りギリギリになった)を思い出してもらう条件、その経験を思い出した上で今回のレポート作成と関係づけて考えてもらう条件、そして比較対照のための統制条件を設定して研究をしました。その結果、最初の2つの条件では直接予測させただけの統制条件と錯誤量にほとんど差がなく、実際と予測との差が残ったことが示されました。想起した過去の失敗が今回の課題でも起きるかもしれないと関連づけた条件でのみ、統制条件と有意差が認められ、実際と予測との差がほぼ消滅しました。大事なポイント押さえて慎重に考えれば、計画錯誤をなくせることもあるようです。

計画錯誤研究の実施

 ところが、前任校のゼミの学生と一緒に私が行った同様の現場研究では、上記のいずれの条件でも計画錯誤は残ったままで、統制条件とも差が認められませんでした。定期試験終了後の2月初め締め切りの期末レポートは、2ヶ月前の12月初めに予測した日よりも、どの条件でも平均して3日程度遅く完成したのです。追試に失敗した理由はいくつか考えられます。受講していた学生には2年生が多く、年度末の試験とレポート提出の経験は1年前の1回しかなく、適切な経験が思い出しにくかったことが理由かもしれません。他の授業科目と異なる課題で、予測することが難しかったかもしれません。また、12月時点では、他科目の動向(レポートなのか試験なのか等)がわからず、障害となる出来事を十分把握できなかったことも理由の1つです。

 他方、この研究では2つ新しい発見がありました。1つは、活動量の過大予測という形式での計画錯誤も認められたことです。レポート作成に使う所要時間を予測させると平均14時間強でしたが、実際には平均10時間弱しか時間をかけませんでした。レポート課題とは別の研究では、学生が知り合いの学生に週末に電話して、翌週の授業のうち何コマに出席するか予測をたずねました。翌週末にまた電話して、実際に何コマ出席したかも聞きました。その結果、予測の平均値は8.8コマでしたが、実際は6.7コマでした。このように、授業への出席という活動を、平均して2.1コマ分過大視していました。いずれの結果も、ある一定期間に行う活動量を、実際よりも多く見積もってしまっていたのです。

 もう1つが、時間厳守性の個人差が計画錯誤に及ぼす影響に関してです。「いつもきちんと実行できるスケジュールを立てている」といった12項目を用いて、時間を守ろうとする意識の程度を事前に調べました。この高低を要因に入れて計画錯誤量を分析すると、計画錯誤量が大きかったのは時間厳守性(時間を守る意識)が低い人ではなく、時間厳守性が高い人だったのです。この意外な結果は、実際の終了日の差によるものではなく、予測日の差によるものでした。時間厳守性が高い人はレポート終了日を、締め切りより1週間も前の日だと予測する傾向があったのです。しかし、(それなりに難しい課題であった)レポート作成を終えたのは、時間厳守性の高低に拘わらず、実際には締め切りより2日ほど前の日でした。

 時間を守ろうとする人ほど計画錯誤を起こしやすい、という皮肉な結果をどう考えたらよいのでしょうか。時間厳守性が高い人たちは、終了日を予測していたというよりも、その日までには終えようと「目標」を立てていた可能性があります。締め切りから遅れるといった最悪の事態は絶対に避けたいという意識が強く、その分前倒しの目標を立てたのかもしれません。時間厳守性が低い人たちは、ギリギリになっても仕方がないという意識が働くので、予測日を後ろにしたのかもしれません。以上のように考察すると、計画錯誤は認知バイアスかもしれませんが、生活に役立つ適応的機能があると考えられます。締め切りを守れないという最悪の事態を避ける役割を果たしやすいでしょう。

 授業を用いて研究がしやすいので、いくつかの大学で何度もデータを取ってみましたが、計画錯誤は繰り返し示されました。「レポートに対するやる気を教員に示すために早い日程を回答する」といった代替説明を排除するために、「学生の調査」として実施した場合でも、「先生の調査」とほぼ同じ量の錯誤が示されました。頑健な現象で、「計画錯誤を起こさないためには、計画を立てないことだ」と他の研究者から指摘されたこともあります。

ゼミの学生との共同研究

 以上のような現場実験だけでなく、実験室へ参加者に来てもらって実施する実験室実験や、情報を提示して判断してもらう質問紙形式の実験なども実施します。近年では意識的な心理過程だけではなく、意識されない過程への注目が高まり、その視点からも研究をしています。カーネマンの有名な本の言葉では前者が「スロー」で後者が「ファスト」です。

 ここでは、研究の話はそろそろ終わりにして、最後に社会心理学の教育について触れたいと思います。ただそれは、計画錯誤研究のスタートがそうであったように、学部生や院生と共同研究をする中で、研究が教育としても機能するのではないか、という話です。

 実験を用いる実証的研究は、実験場面の設定、実験材料の作成、実験器具の準備やプログラミング等、実務的な作業が結構あります。加えて、実験参加者が多数必要です。参加者を確保するのも大変ですし、実施スケジュールを作成して各時間に来てもらうよう、例えば80名に連絡することも大変です。実験室の確保、という問題もあります。データを取った後は入力作業やデータ分析があります。そして論文執筆が待っています。卒論や修論では、これを一人ですることになりますが、研究室の責任者である指導教員が、いろいろな側面からサポートし、アシストしないと経験の少ない人では実験研究を実施できません。加えて、仲間内でも相互に助け合わないと。

 指導教員は、卒論生や修論生たちが研究を構想し、計画を立て、実施をしていく過程で、その内容を理解し、実現可能な方向に導いていくことが仕事になります。学部生の問題意識や研究テーマは、個人の狭い経験や学習の中から提案されるものです。残念ながら、研究者の世界がこれまで積み上げてきた成果を十分ふまえていません。学生たちが自分の言葉あるいは他の特定の研究者の受け売りで語る内容を、社会心理学の先行研究をふまえた内容に導く必要があります。研究は、自分が新しい何かを知るために行うというよりも、人類の英知に新しい何かを付け加えるために行うものです。もちろん、自分が何か新しいことを知りたいという動機づけが、このプロセスを支えています。学生たちが先行研究をふまえられるよう、提案してくる研究テーマを含む領域のレビュー論文等専門文献を紹介して、読んで理解してから再提案するようにアドバイスします。このために、教員自身が勉強する必要があります。学生のテーマ毎に。

 こういった指導で役に立つオンラインサイトが「グーグル・スカラー」という研究者向け検索サイトです。そこのデザインは時々替わりますが、「巨人の肩の上に立つ」という標語は変わりません。私たち研究者は、偉大な先人の肩に立って、その先に小さな一歩を踏み出そうとする小さな存在です(中には、次の巨人になる人もいますが)。

 以上のように研究室運営や社会心理学研究の実際的な進め方を説明しながら、ここでお伝えしたいことは、院生や学生の研究は確かにその人の研究であるけれども、その研究室の共同研究の成果だと言えることです。これまでの経験から、指導教員が修論、卒論研究にアカデミックな貢献をしないことはほとんどありません。もちろん、院生や学生の貢献も多々ありました。実務的な貢献に加えてアカデミックな貢献も。研究室での活動の多くは共同作業であり、相互に助け合う活動なのです。

 具体的な共同作業の内容を説明しないと説得的にはなりませんが、そろそろ結びの言葉に入りたいと思います。「研究室」と表現してきましたが、多くの文系の大学では、研究・教育活動の場を「ゼミ」と呼んでいます。成城大学社会イノベーション学部のゼミでも、同様に共同作業、チームでの活動を通して、学生たちに学ぶ機会を提供できたらよいと思っています。そして、偉大な巨人の肩の上に立って、小さな一歩を踏み出す経験をしてもらえると嬉しいです。その一歩は小さいが、人類にとって意味のある一歩となることを祈って。

*『成城教育』第184号(2019年6月30日発行)に掲載された文章を一部修正して掲載しています。

参考⽂献

チャルディーニ(2014)『影響力の武器[第3版]-なぜ、人は動かされるのか』誠信書房
カーネマン(2014)『ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?』(上・下)早川書房(ハヤカワ文庫)
村田光二・高木彩・高田雅美・藤島喜嗣(2007) 「計画錯誤の現場研究-活動の過大視、障害想像の効果、時間厳守性との関係-」 一橋社会科学, 2, 191-214.
村田光二(2010)「感情予測」 村田光二(編)『社会と感情』(日本認知心理学会(監修)「現代の認知心理学」第6巻)北大路書房, p.121-146.

執筆者プロフィール

村田 光二 | Koji Murata

社会イノベーション学部 心理社会学科 教授
社会イノベーション研究科 教授
専門分野:社会心理学

※本コラムは成城大学公式ウェブサイト・教員コラム『成城彩論』より転載しています。

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