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【小説】黒く塗れ(10/13)

 街で僕は不思議な人に出会った。その人に不思議な事はいくつもあったけれど、最初に不思議だったのは名前が数字じゃなかった事だった。その人物は自分の名前をアミと名乗っていた。僕は名前が数字でない理由を聞いてみたが、アミはその質問に質問で返してきた。なぜ僕の名前が数字なのかと。僕は答える事ができなかった。だって、それは当たり前の事だったから。だから僕はアミが当たり前じゃないと言う事が理解できた。

 アミの、2つ目の不思議な点はアミが白い塗料じゃなくてオレンジ色を塗っていた事だった。僕は白を塗っていない人をこの時初めて見たのだ。僕はまたアミに尋ねた。なぜ白じゃないのかと。アミはまたさっきと同じように質問に質問で返してきた。なぜ僕が白を塗っているのかと。僕には答えが無かった。だって、それが当たり前の事だったから。僕はまた質問した。アミはなぜ会社に行っていなくて、ここで1人で壁を塗っているのかと。アミはまた同じように質問で返してきた。なぜ僕が会社で塗っていたのかと。僕はまた答えられなかった。だって、僕にとってそれは当たり前だったし、皆がそうしていたから。

 それから毎日、僕はアミのいるところに通った。アミはいつも壁の一部分をオレンジ色に塗っていた。そこは全然目立たない場所で、アミがそこにいると言う事を知っている人は少なそうな場所だった。アミは毎日塗っていたが、たくさん塗る日とほとんど塗らない日があった。ほとんど塗らない日にはただ壁を眺めていたり昼寝していたりした。僕は質問した。なぜ塗ったり塗らなかったりするのかと。アミはまた僕に質問で返した。なぜ僕は毎日そんなに塗るのかと。僕には答えられなかった。たくさん塗るのを求められているけれど、理由を考えた事が無かったから。

 ある日、僕は言ってみた。僕も隣で塗って良いかと。アミは意外そうな顔でこう言った。誰かが塗ってはいけないと言ったのかと。僕はアミのオレンジ色を借りて隣で塗った。オレンジ色だった。と言うのは、白じゃなかったと言う意味だけだけれど。初めてオレンジ色を塗って、それは確かにオレンジ色で、そして、そして、何も難しい事ではないのだった。

 僕はそこで毎日オレンジ色を塗った。オレンジ色は朝と夕方には色が無く見えて、昼間にはちゃんと元のオレンジ色になっていた。いつも同じに見えないのが不思議だった。僕はふっと思い立ってアミに聞いてみた。紫色を塗ってはいけないのかと。アミはまた驚いたように言った。誰がそれを禁止したのかと。僕はその次の日から紫色を塗る事にした。そしてアミにまた聞いてみた。アミと僕が昨日まで塗っていたオレンジ色の上に紫色を塗り重ねても良いのかと。アミはいつもと同じ答えを返してきた。誰がそれを禁止したのかと。僕は紫色を塗った。アミがオレンジ色に塗った後にも僕は紫色を塗った。アミは何も言わずにオレンジ色を塗り続けていた。


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