こころ、手当て、そして胸の痛み。
公園で子どもたちと遊んでいたところ、息子が左胸を押さえていることに気付きました。どうしたの、と訊ねると「ココが痛いんだ」と顔を顰めます。
少し走って立ち止まり、また走って立ち止まり。どうにも様子がおかしいので、家に帰って診察することにしました。
SpO2 99%, 呼吸数20/minと普通です。皮膚や胸郭に異変はみられず、聴診しても呼吸音には左右差も異常もありません。気胸は考えにくいでしょう。痛む部位について詳しく訊くと、左前胸部第5肋間、心尖拍動を触れる位置から尾側です。圧痛はありませんが叩打痛を僅かに訴えます。心疾患でもなさそうです。
一般的な腹部診察では異常らしい様子もありませんので、漢方診察にうつります。脈は浮・数・弦。特に肝が昂っています。腹は左側に著しい胸脇苦満があって、これが痛みの原因と判じます。腹直筋が張って臍下まで触れやすく、しかし臍上悸は触れません。
少陽病位虚実間証。柴胡桂枝湯の守備範囲です。西洋医学的には「強いストレス反応から交感神経の過緊張をきたした状態である」と表現するのが妥当でしょう。朝から幾度も妹との喧嘩でグッと堪えて悔しそうに玩具を譲っていましたから、そのあたりのストレスが強かったのかなぁと想像します。
「大丈夫だよ。ヤバい病気じゃあない。」
そう伝えると息子の表情から緊張が解けました。
「肺は元気。心臓も元気。筋肉痛だよ。強いストレスがかかって、イライラして、でも怒ったり叩いたりしないように我慢しただろう。それでココが痛くなったんだ。たくさん頑張ったんだね。漢方薬で身体の緊張をほぐすと、痛いの治ると思うよ。」
息子はフゥーと息をついて、
「よかったぁ。」
と笑いました。
「おれ、こなのままクスリのめるよ。」
ドヤ顔でエキス製剤をサラサラと口に含み麦茶で飲み干した息子の横顔は、4歳児とは思えないほど妙に大人びて見えました。30分ほどで「ラクになってきた」と息子は言って、2時間もするとすっかり元気になりました。
心の在処は判然としませんが、胸が痛むという表現があります。例えば強いストレスに惹起される痛みがあったとして、それを西洋医学の尺度で数値化することはできません。周囲から些細にみえる異常でも、当人にとって大問題であることは珍しくありませんから、私はそこを汲むようにしています。
日本の医療から「こころ」と「手当て」を奪ったのは、他ならぬ国の運営方針、保険医療制度です。検査、処置、手術、処方、薬剤という点数化できるものに金銭的価値を置くことで医療者を誘導し、仁術たる医の真髄から少しずつ遠ざけているように思えてなりません。
思えば曽祖父は最期まで保険診療に反対し、貧乏を貫いた人だったそうですから、私もそういう価値観の潮流の中にあって、連綿と継承される魂があるのかもしれません。
何処に向かうか途方に暮れた日もあったけれど、何処に向かわなくてもいいんだと思える今日があることに感謝します。
拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、貴方を取り巻く医療の中に、あたたかいこころが育ちますように。
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