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漢方医学のスケールアップは難しい/経済学者の視点を借りて考える話

 師匠のクリニックは大盛況で、連日混雑を極めます。事業を拡大しようにも、到底手が回らない様子。適切な診療を受けると絶大な効果を発揮する漢方医学は、なぜ全国的に品薄状態なのでしょうか。

 「漢方医学」を事業と考えたとき、他の事業と同様に経済学の視点が役にたつかもしれません。そう考えた私は、一冊の本を手に取りました。

 経済学者のJohn A. List博士の著書『そのビジネス、経済学でスケールできます。(東洋経済新報社)』によると、スケールアップを図る前に、事業の規模拡大が成功する可能性があるかどうかを見極めることが重要といいます。

 理論や解説は書籍に譲りますが、5つの視点を全てクリアしなければ、スケールアップを成功させることは困難という主張です。

  1. 偽陽性や詐欺ではないか

  2. 対象者を過大評価していないか

  3. 大規模には再現できない特殊要素はないか

  4. ネガティブなスピルオーバーはないか

  5. コストがかかりすぎないか

 みますと、3以降が難しいことが分かります。
 熟練漢方医による治療効果は明白ですから1は問題ありません。顧客を「患者さん」と考えると、全国に相当数いる(はず)ですから、市場調査は慎重に行うべきですが、おそらく2は達成可能でしょう。

 問題の3です。特殊要素はあります。そもそも漢方医学が効力を発揮するためには、腕の良い漢方医が必要です。特殊過ぎる人材です。ひとりの漢方医が1日に診療可能な人数に限界がありますから、ここが解決できないと事業拡大は不可能です。独自スキルを持つ人材は、本質的にスケーラブルではないと言われています。したがって、漢方事業が拡大するためには漢方医が育たねばならないということになります。
 さらに問題は薬剤にも及びます。西洋薬と異なり、品質の良い複数の生薬から調剤される漢方薬は、大量生産が困難です。急激な需要増大には生薬の供給が追いつかない。漢方薬の原料たる「生薬」は交渉不可能財に分類されます。これも漢方事業拡大の足枷になるでしょう。

 4は最も予測困難な項目です。スピルオーバーとは「他の事象に意図しない影響を与えること」であって、極力回避する必要があります。もし、漢方事業が拡大し全国的に流行したら一体何が起きるのか。ひょっとしたらそれを快く思わない国家が漢方薬を保険収載から外すかもしれませんし、病気が減って健康な人が増えることで仕事の減る西洋医や高額な抗癌剤など最先端の医薬品をアテにしている製薬会社から圧力をかけられるかもしれません。不確定かつ不穏な要素として、常に気を配らねばならないでしょう。

 5については批判もあるかと思います。それはきっと医療が営利目的であってはならないという思想に基づく批判です。しかしながら資本主義社会において、医療業界も経済面を無視することはできません。単なる金儲けな似非医療は論外ですが、コスト意識の欠如は医療の持続的発展を阻害します。
 保険医療制度の範疇で、漢方医学は冷遇されています。西洋薬のように開発研究にかかる莫大なコストはないものの、生薬が値上がりしても漢方薬の薬価は改定されないため、製薬会社は非常に厳しい状況に立たされています。実際、この数十年で漢方薬を扱う製薬会社は激減しました。
 スケールアップを考えたとき、利益に比して製薬コストが大きいことは厄介な問題になるでしょう。

 このように漢方医学という「サービス」を展開し拡大することを考えると、「漢方医」という独自スキルを持つ人材が必要で、「生薬」という交渉不可能財が不可欠であり、さらに期待しうる経済的利益に比してコストがかかり過ぎます。


 なんということでしょう。
 これでは新規参入がないのも道理です。
 スケールアップがうまくいく気配がありません。

 「健康」という数値化困難な利益は、万人に還元されるはずですが、国の舵取りはどうなっているのでしょうか。

 私にできるのは、目の前の患者さんを治療することと、漢方医学の啓蒙を続けることです。目標があれば必要な縁は後から付いてくるものですから、私は私にできることを日々重ねて参ります。

 いつの日か、人類が病に打ち克つことを夢みて。


 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、漢方医が増えますように。



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