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とりあえず手を動かしていたら、書きたいテーマがぼんやり見えてきた話

2021年はnoteで50記事を書くのを目標の1つにしてます。

毎日更新!としないところが、私らしいズボラで頑張らない目標で気に入っています。

ちなみに昨年は11記事しか書けてなかったので、わりと挑戦目標なのです。万が一、100記事書けたら1人でお祝いしようと思ってます(何をするかは、うきうき妄想中です)。ちなみに今、30記事くらいです。もしかしたら、いけるかも?

もともとアメブロで気軽に書いていました。アメブロで書くのは、ちょっと近所を散歩してくるね?ぐらいに気ラクなものでした。でも正直なところ、noteを書くのは最初、10kmマラソンにエントリーするくらいにハードル高く感じていました。

なんとかnoteにエントリーしても、しばらくは、なかなか書けずにいました。最近は、少し慣れて、近所のジョギングくらいな気軽な感じで書けるようになってきました。(でも、まだ、ほんの少し気合いがいる)

ちなみに、私以外でもnoteを書くのにハードルを感じる!という方の声も、度々聞きます。そんな方たちのためにも、なぜ私は「ハードル高く感じてしまったのだろう?」と整理してみようかなと思いました。

また、とりあえず手を動かして書いてみたことで、こういうテーマを書いていきたいかも?ということが、ぼんやりと見えてきた気がするので、それについても書いてみたいと思います。

テーマは見えてきましたが、結局は「最初はテーマを気にせず、とりあえず書き続けてみることがおすすめだよ!」と思ったりするので、そんなことについても書いてみます。

noteに対して感じていたブロック

実は、昨年noteを書きたい!と思いつつも、なかなか筆が重くて書けなかったのには理由があります。

仕事が忙しくて時間がなかったというのもありますが、「noteで書くこと」に対して、あるブロックを感じていたからでした。

それは……

●書きたい”テーマ”がよくわからない。

ということ。

書きたい!と思うことは、頭に浮かんでくるけど、noteを通して、「これを伝えたい」という統一のテーマがあるわけではありませんでした。「こんなことを啓蒙したい」とか「こんな社会課題を解決したい」とか「小説家やエッセイスト」として身を立てたいとか、そういう明確な目標もなかったのです。

強いて言えば、日々の頭に浮かんできたことや、子どもたちの成長を、忘れないように書き留めて置く場所が欲しい。時が経ったときに見返してニヤつきたい。または、それが後に振り返った時に、何か役に立つ時があるかもしれないというような気持ちでした。

でも、書くからには”何か統一したテーマ”があったほうがよいのでは?的な思い込みもありました。

わたしの場合は、子どもたちのこと、読んだ本のこと、大好きな絵本のこと、子育てや教育について思うこと、環境問題、等々、沢山書きたいことがありすぎて、何を書いていけばいいんだいいんだろう……?みたいな気持ちでした。

編集者として仕事をしていることもあり、「ターゲットは誰なの?」とか、「どんな行動変容を読者にさせたいの?」みたいな、謎の仕事脳が私に詰め寄ってきました。

なんとなく、noteには、きちんとしたものを出さなくてはならない……というような謎のプレッシャーを感じていたわけです。でも、無理にテーマを立てて書こうとしても筆はあまり進まず、結局、それがブロックになっていました。

今となっては書きたいことを、自由に書けばいいのよ~~、なんて思えるのですが、始めた当初は変なプレッシャーを感じていたのでした。

とりあえず書いてみることに

そんな感じではあったのですが、今年に入ってからプライベートでも心が動くことがあり、noteをかきたい!というスイッチがはいりました。

「テーマがなくても、とにかく書いてみよう。伝えたい!と思うものを取りあえず書いていたら、そのうちに何か見つかるかもしれないな……」というようなふうにも少し思っていました。

ちなみに、こちらのnoteもブロックがかかっている方に、とってもおすすめのnoteです。わたしの背中を充分に押してくれました。

でも、やっぱり「私が書きたいテーマって何だろう?」という気持ちは、消えませんでした。

ちょうどそのタイミングで、私が有料マガジンをとって愛読している野本響子さんのnoteで、文章コミュニティーをされるという告知をみつけました。内容も”書きたいテーマを見つけるため”とあり、さっそく3月から1期生として入ってみることに。

野本さんのnoteです。↓

他に参加されている皆さんも、文章を書くことに情熱を持って取り組む尊敬できる方たちばかり。野本さんやメンバーのみなさんが、あたたかく居心地の良い場作りをしてくださっていて、とても書く励みになる環境でした。

(ちなみに、毎回、あっという間に定員が、いっぱいになっているようですが、また近々募集があるかもしれません。)

というわけで、1人で書いていたときよりも、格段に書くモチベーションがあがり、なんとか継続して書けています。やっぱり書いたものに対して、誰かから反応がもらえると素直に嬉しいし、また書こう!という一番の原動力になるんですよね。

それまで、なんとなくテーマというのは、人にアドバイスしてもらったら、見つかるものなのかも?と思っていました。

しかし、わたしの場合は違いました。

コミュニティーに入って、書くモチベーションがさらに出てきて、とりあえず手を動かしていたら、ぼんやりと見えてきたような気がするのです。

書きながら自分の気持ちを観察してみたら、見えてきた

書きたいことは、実は、けっこう山のようにあったりするのですが、他に書く仕事もあったりするので、時間的にも体力的に追いつかず。なかなか全部は、書けません。

それでも何とか、自分の中で「これは何としても……!」というものを、一つ一つ時間がある時に形にしています。記事それぞれには、ずっと考えてたことだったり、思い入れがあることばかりです。

そんなふうに記事を書いているときに、自分の気持ちだったり、書き上げた時の満足感だったりを、一つひとつ確認してみました。

ここでは、まず、人にどれくらい読まれたのかは二の次にして、書いてみたときに、自分自身がどんな気持ちになったか、というところに一番フォーカスしました。

すると、書いた後に、

これはすごく自分として書きたいものだった!

とか、

これはそれほどでもないな……

というのが、見えてきました。

ちなみに、わたしの場合、書き上げた時、こういうことを、ずっと表現したかったんだよなぁ……と静かにこみ上げるものがあったのは、例えばこんな記事でした。

他にも個人事業主になった時の話とか、この記事よりも「スキ」が多くついて反応は良い記事はあるのですが、私としては、書いてみて一番心が動いたのはこういった記事だなと気づくことができました。

ぼんやりと見えてきた書きたいテーマは?

それ以外には、野本さんに自己紹介することで自分の気持ちを言語化したり、アウトプットを続ける中で、幾つか自分が影響を受けてきた本を思い出しました。

それが、

レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』

椎名誠さんの『岳物語』

でした。

どちらも「人と自然」の関わりをテーマにした本。特に、人の中でも子どもと自然というテーマだったり、人と自然の関わりを描くというテーマです。そこがすごくいいなと思って、これまで影響を受けてきたんだなと改めて気づくことができました。(今まで気づいてなかったのです)

そして、私自身も、これから人と自然をシンクロさせたり、子どもと自然というテーマを書いていきたいというふうに改めて感じるようになりました。

もともと、前職でも少しだけ、そういったことに関わる仕事をしていたので、不思議とやっぱり、そこに戻ってきたのかな……と感慨深い想いもあります。

司馬遼太郎さんの『20世紀に生きる君たちへ』という本のこの部分にも、すごくハッとしていました。

「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている」と中世の人々は、ヨーロッパにおいても東洋においても、そのようにへりくだって考えていた。
この考えは、近代に入ってゆらいだとはいえ、右に述べたように、近ごろ再び、人間たちはこのよき思想を取りもどしつつあるように思われる。
この自然へのすなおな態度こそ、21世紀への希望であり、君たちへの期待でもある。そういうすなおさを君たちが持ち、その気分をひろめてほしいのである。
そうなれば、21世紀の人間は、よりいっそう自然を尊敬することになるだろう。そして、自然の一部である人間同士についても、前世紀にもまして尊敬し合うようになるのにちがいない。そのようになることが、君たちへの私の期待でもある。  

”司馬遼太郎 『21世紀に生きる君たちへ』からの引用”

「自然を尊敬する」このことに通ずることが、自分の文章で書けるようになったら理想だなと思い至りました。ちょっと理想が高すぎるかもしれせんが……。あくまでも目標です。

今、もし、司馬遼太郎さんが生きていたら、今の新型コロナウイルスの状態を、たくさんの自然災害のことを、どう語るのだろう?と聞きたくてしかたありません。でも、今はもう司馬遼太郎さんはいません。あの方が、まだ生きていてくれたら……と思うことが、最近、度々あったりします。(私も歳をとったせいかしら……??)

私がnoteを書く理由は

テーマはなんとなく見えてきたとはいえ、これからもそこまで、一つのテーマにはこだわらず、気ままに「どうしても書きたい!」と思ったことにフォーカスして書いていこうと思っています。

そして、書いていく中で、ぽつりぽつりと手応えがあるものを書けたらいいな、くらいの気持ちで今はいます。

ちなみに、私がnoteを書く理由はやっぱり、私がすぐに忘れてしまうからです。特に、子育て中の微妙な感情の揺れなどは忘れがちです。流れる時間の中でした体験や考えたことを、写真を残すかのように、文章で切り取って留めておきたい、という理由が今は一番大きいです。

あとは、私は書きながら考えるのが好きなので(手を動かすと思いも寄らないことがでてきたりする)、考えるために書いてるというような感じもしています。

人に見せるために自分が思っていることを書くと、一旦、自分のことが客観視できます。いつも「それって、本当にそうなの?」と自問自答しながら書いています。そうすると、自分の思い込みや囚われている価値観から、ほんの少し自由になって楽になれる気がします。


なんだか長々と書いてしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございます!

というわけで、もしnoteを書くのに今ブロックを感じている方がいたら、まずは、「書いてみたい!」と思うことを、とりあえず手を動かして書いてみたら、きっとラクになるし、思いがけないことも見つかるかもしれないよ!とお伝えしたいなと思っています。


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