見出し画像

コロナ禍で職を失ったフェンシング日本代表・鈴木穂波(25)。 それでも前向きに自粛生活を送るワケ


「この度、5月末日で所属している会社を退社することになりました」。

5月11日、スマートフォンの画面からこのようなメッセージが目に飛び込んできた。

そのメッセージの発信者は、鈴木穂波(25)。フェンシング・女子エペ日本代表として東京オリンピック出場を目指す現役のトップアスリートだ。

画像1

東京オリンピックの会場となる幕張メッセでの合同練習で女子エベ日本代表チームのメンバーたちと写真に収まる鈴木穂波選手(左から3番目)。 

揺らぐサポート体制

鈴木選手は2016年に全日本学生フェンシング選手権大会団体優勝、全日本フェンシング選手権大会個人3位、さらに2017年にはユニバーシアード競技大会と世界選手権に出場を果たすなどの実績をあげた。そして2018年、企業と現役トップアスリートをマッチングするJOCの就職支援制度「アスナビ」を活用して企業に入社。以来2年間、企業のサポートを受けてきた。しかし、新型コロナウィルスにより、企業の業績が悪化。退社という選択を余儀なくされた。

フェンシングといえば、ゴールデンウィーク中に男子フルーレ日本代表の三宅諒選手が、スポンサー企業の撤退を理由にウーバー・イーツでアルバイトを始めたことが話題を呼んだばかり。そこに追い打ちをかけるかのように流れてきた鈴木選手の退社の知らせは、企業のスポーツに対する支援体制が大きく揺らいでいることを強く示唆している。


自粛期間中の一本の電話

鈴木選手の元に、企業の人事担当者から電話があったのは3月末のこと。鈴木選手は海外遠征から戻り、日本フェンシング協会からの指示のもとで、自宅で自粛生活を送っている最中だった。

「面談をしたいから会社に来て欲しい」。

電話口の企業担当者からこう告げられたとき、すでに嫌な予感はあった。


画像2

取材に応じる鈴木穂波選手


かつて経験したことのない社会情勢のなかでの面談要請。不要不急の話であるはずがない。鈴木選手は心の準備をして面談に挑んだが、企業の担当者から告げられた言葉は、想像以上に厳しい内容だった。

「新型コロナウィルスの影響で、2020年以降のスポーツ支援が難しくなったことを打ち明けられました。その際に会社からは正社員として残るという選択肢を提供していただきました。そのような選択肢を提示していただいたことには感謝しなければなりません。しかし私は競技を続けることしか頭になかったため、退社させていただくことにしました」。

彼女は現在、自宅でできるトレーニングを行いながら、競技活動の再開を待っている。その表情は意外にも明るい。

画像3

明るい表情で現状を話してくれた鈴木穂波選手


彼女が現状を前向きに捉えるワケ

フェンシングのトップ選手となると、年に数回の海外遠征があり、競技に必要な資金は膨大だ。遠征費用や道具代などの活動経費は300万円〜400万円にのぼる。選手自身の生活も考えると実質的には最低でも年間数百万円の支援がなければ、競技活動を続けることができない。このまま就職先やスポンサーが見つからなければ、2021年度の競技活動は続けられなくなってしまうはずだ。崖っぷちに立たされたはずの彼女だが、その表情に悲壮感はない。なぜだろうか?

画像4

ワールドカップで世界と戦う鈴木穂波選手(右)


「これまで多くの方々に支援していただいてフェンシングを続けてくることができました。でも今回の件をきっかけに、もっともっと何かを人に与えられる人間になりたいと感じるようになりました。いまは自粛生活が続いているので時間もあります。競技で結果を出すためにトレーニングをすることはもちろんですが、資格に向けて勉強したり、自分の考えを整理して情報を発信したりしながら、多くの人に何かを与えられる人間になれるように生活をしています」。


突然に降りかかってきた人生最大の危機にも、「自分の人生を見つめ直すきっかけを得た」と前を向く鈴木選手。この逆境を乗り越えたとき、彼女は人々の心を突くことができるフェンサーに変貌を遂げるのだろう。

画像5


鈴木 穂波(すずき ほなみ) プロフィール
中学生からフェンシングを始め、強豪・日本大学へ進学。全日本選手権個人戦3位、団体優勝という輝かしい成績を納める。2020年4月、新型コロナウィルスの影響によりスポンサーとの契約は事実上の打ち切りに。競技を継続するために就職活動をしながら、オリンピックでのメダル獲得を目指して自主トレ中。


取材・文:瀬川泰祐(編集者・スポーツライター・プランナー)
競技中の写真:本人提供

瀬川泰祐の記事を気にかけていただき、どうもありがとうございます。いただいたサポートは、今後の取材や執筆に活用させていただき、さらによい記事を生み出していけたらと思います。