見出し画像

苦悩する天才・狩野健太が取り組みはじめた「言語化」

社会が混乱をきたす中、自らの未来を切り開こうと、もがいている男がいる。

昨シーズン、J2・徳島ヴォルティスでエースナンバー・10番を背負い、副キャプテンとしてチームを牽引した狩野健太(34歳)だ。

画像5

狩野健太といえば、才能溢れるファタジスタとして、天才の称号を欲しいままにした選手。静岡学園高校時代は、世代別の日本代表にも1学年下の時から選出されるなど、プロのスカウトたちの熱い視線を集める存在だった。筆者が思い出すのは、当時高校1年生だった狩野が選手権で見せたミドルシュート。ペナルティエリアの外から右足を振り抜いた姿に度肝を抜かれたのを覚えている。

※「あれ以上のシュートはプロになってからも打っていないかもしれないですね(笑)」と本人が言うほどの会心の一撃だったそうだ。

狩野健太が過ごした苦悩の日々

高校卒業と同時に、当時リーグ戦2連覇中だった横浜F・マリノスに入団。その後も柏レイソル、川崎フロンターレと強豪チームを渡り歩いてきたことからも分かる通り、彼の美学は「常にハイレベルな環境で一番を目指したい」というもの。中村俊輔選手ら日本を代表する選手たちとレギュラー争いを繰り広げながら、長きに渡ってトップカテゴリーで生き抜いてきた。

画像6

※川崎フロンターレ時代の狩野健太。武器であるキックの精度はリーグ屈指だ。

これまでの15年間で、リーグ戦の通算出場数は177試合。彼の才能からすると少し物足りなく感じ人もいるかもしれないが、それもトップレベルの選手たちと熾烈なレギュラー争いを繰り広げてきたからこその「価値ある数字」と言えるだろう。

そんな狩野も、オフにこれまで所属していたJ2・徳島ヴォルティスから事実上の戦力外通告を受け、次の移籍先を探している。34歳という年齢に加え、疲労骨折している恥骨のリハビリを行なっている状況だ。

狩野に、近況を聞いてみると、淡々とした表情で次のように話してくれた。

「この期間に色々考えましたよ。ケガ、年齢、コロナ……。正直、ここで辞めるべきかと迷ったこともありました。でもいまは整理がついて、もう一度、復帰するためにリハビリをしています。さらに、いまはコロナの影響もあって時間も取れるので、自分と向き合いながら、これまでの経験や思考を言語化している最中です」。

スクリーンショット 2020-05-09 12.01.00

※明るい表情で未来を話す狩野健太(下中央)と、その話に真剣に耳を傾ける高校時代の同級生で元フットサル日本代表の諸江剣語(左上)、そして筆者(右上)。小さいお子さんがいる狩野は車の中から取材を受けてくれた。

旧知の親友が気づいた狩野の変化

「もしよければ、健太の話を聞いてもらえませんか?」

この取材が実現したのは、フットサル元日本代表・諸江剣語のこんな一言がきっかけだった。狩野と諸江は高校時代に同じグラウンドで一緒に汗を流した仲。サッカーとフットサルで道は別れたが、卒業後もオフになると必ず連絡を取り合って近況報告をし合ってきた。

画像3

※今年の正月に「初蹴り」を一緒に楽しむ狩野(前列中央左)と諸江(2列目中央)。

同じアスリートとして、年齢や怪我との付き合い方を知る諸江は、昨年末にあるインターネット媒体でみた狩野のコメントを見て、明らかな変化に気づいた。

「高校の頃の健太は、まさにカリスマで絶対的な存在でした。でもいまは違います。年齢を重ねてチーム・組織の中で何かを残せるような存在になっているんだなと感じました」。

狩野は、昨シーズン、地元・徳島新聞の取材で、「最も嬉しかった試合」を聞かれ、次のように答えている。

自分は出場していませんが、10月13日のホーム岡山戦です。自分たちの戦い方を貫いて逆転できたことが心に残っています。あの試合で、「自分たちがやってきたことは間違っていなかったんだ」と選手たちの間でも自信が持てました。その気持ちが練習にもつながっている気がします。 (徳島新聞電子版より)

諸江は記事を読んだ時のことを次のように語る。

「昔じゃ考えられなかったですね。自分の出ていない試合が嬉しいだなんて」。

画像4

※練習でも真摯に取り組む姿を見せる狩野健太


画像5

※狩野の変化の裏には、大切な家族の存在がある。苦悩する狩野の背中を押したのは、妻・愛恵さんの「息子たちにサッカー選手としての姿を見せて欲しい」という一言だったそうだ。

誰かの助けに。取り組みはじめた「言語化」

狩野はいま何を考えながら現役復帰を目指しているのだろうか。

「自分も若い頃、偉大な先輩たちに囲まれて、多くのアドバイスを受けてきました。背中で教えてくれるような人もいましたし、中村憲剛さんのように1つの質問をしたら10返してくれるような人もいました。こうして振り返ると、いつも苦しい時には誰かの存在があった。自分がしてもらってきたことだから、今度はそれを誰かのために。そうやってこれからサッカー界に恩返ししていきたい」。

そう、狩野は、サッカー界の中での「知の循環」を目指し、そのために「言語化」を行なっているのである。毎日、時間を見つけながら、これまでの経験や思考を整理する作業をコツコツと行なっているところだ。

「もしかしたら、いまが人生の大きな転機になるかもしれない」。

薄々とこのように感じている狩野は、今、どんな言葉を紡いでいるのだろうか。狩野のノートが完成したとき、彼はチームにとって、欠かせない存在になっているはずだ。天才・狩野の逆襲が再び、始まろうとしている。


取材:諸江剣語瀬川泰祐
文:瀬川泰祐(編集者・スポーツライター・プランナー)
写真:本人提供

この記事が参加している募集

私のイチオシ

瀬川泰祐の記事を気にかけていただき、どうもありがとうございます。いただいたサポートは、今後の取材や執筆に活用させていただき、さらによい記事を生み出していけたらと思います。