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うたのシーソー 9通目

マイさんへ

ずっと、ではないけれど、継続的に、わたしは何で短歌を詠んでいるんだろう、と思っていて、けれどわからずにいて、だから、マイさんの手紙に、かんたんに言うと困ったような気持ちになって、潮のにおいを探しています。

今日は朝から風のある曇り空で、少しばかりの潮が混ざっていても不思議ではない生ぬるさがあったから。

潮のにおいはしなかったけれど、工事の音とともに土埃のにおいがしています。

土のにおいと土埃のにおい、何が違うんだろう。
わからないのに、同じじゃないと思っています。工事現場は、いくつかの家の向こうで見えません。

雨や雪や霧によって見えなくなった向こう側、潮のにおいだけでなく、マイさんには見えていそう。
閉じ込められるだけでなく、その向こうが見えているから感じる閉塞感みたいなものもある気がします。

夜からの使者にあなたの片足を渡して私、汽車に乗ります

夜からの使者にあなたの片足を渡すだなんて不思議、と思って読んでいました。
でも、わたしはそう読んでいるけれど、この<私>にはこの歌の世界の摂理のようなものがわかっていそう。

というのも、<私>には「夜からの使者」が見えているのに、一緒に行けない、あるいは行かないんですよね。

行けないこともはっきりとわかって、<私>の手元に残っていたのだろうあなたの片足を使者に渡して、<私>は<私>で汽車に乗るように思っています。
夜からの使者は見えているけれど一緒に行けるわけじゃない、そうするしかない少しの諦めと、決意のようなものがどちらもある感じがします。

今書きながら、諦めや決意って何だったっけ、と、なんだかよくわからなくなって、でも、この短歌を読んでいると、わからないままでいられて、安易に定義せず、もうすこし浮かべておこうと思っているところです。

夕闇の擬態を分けあいたい背中トーテムポールのくちびるを塗る

夕闇も、浮かんでいるイメージがありませんか。

この歌は、夕闇に擬態していて、それを分けあいたい背中、がまずあって。背中ということは、もう一人いるのかなあ。トーテムポールの背中なのかな。

何にしろ、夕闇の擬態を分けあうそのために、そのなかにあるトーテムポールのくちびるを塗る。くちびるに<私>の赤い口紅を塗るイメージがあって、あ、口紅の色は、夕闇よりも夕焼けに近いですね。

トーテムポールは何人って言えばいいのかな、何匹なのかな、複数の生きものが縦に並んでいて、くちびるを塗っていくと、背を伸ばしても手が届かないところがある。


その届かない高さのところにも塗ろうと手を伸ばして、そこはもう夕闇だったとわかって、そのときはじめて夕闇の擬態から夕闇に<私>もなった感じがします。

夕闇の擬態を分けあうための行為はずが、夕闇そのものに飲みこまれる。

おそろしくて、でもうっとりして、時間がゆっくりで、空は夜になっていくのに、身体は夕闇がしみ込んだまま。擬態ということはあくまで化けているわけだけれど、戻ることなんて、できるのでしょうか。

海沿いの金属はみな錆びている見知らぬ駅のイントネーション

海沿いの知らない駅を電車で通り過ぎたか、降り立ったところでしょうか。

このごろの知らない駅へ行くこともなくて、どこかへ行きたいなあと思ってもいなくて、けれどこの歌を読んだら、どこかへ行きたくなりました。

この歌を読むと、目に耳に肌に、金属の錆や駅のイントネーションがこべりついてくる感じがします。

この<私>は金属じゃなくて、読んでいるわたしも金属じゃないのに、錆のざらっとした質感と、読み方が難しかったり想像と違ったり、少し変わった知らない駅のイントネーションが響き合って、自分にべったりついてくる感じ。


雨とは全然違うのに、マイさんの手紙にあった雨が突然速さを変えて降りだす瞬間のことを思い出しました。
「世界が一時停止する感じの、あれ。」のこと。

でも、触ったら錆はぺりぺり剥がれるように、このことをすぐに忘れてしまいそうで、それはいやだな、と思ったら、錆の味がしてきました。
忘れるもなにも、わたしは歌としてしか知らないのにね。


夏の文字通りうだるような暑さも、外をほんの少し歩くだけで肌にこべりついてきます。

返信を出せないあいだに残暑になって、夕方までは蝉が鳴いているけれど、夜には虫の声もします。

雨の下がよく見える席・ジャポニカの匂いのカップ・過去からの今

手紙を書いているうちに、雨が降ってきました。窓を閉めたら、かけていた音楽が大きくなったように聞こえて、ボリュームを下げています。

そろそろ朝は涼しくなるのでしょうか、またお話しできることをたのしみに。

トモヨ

※引用した短歌の作者:中森舞

note:椛沢知世

中森舞 第1歌集『Eclectic』発売中


椛沢知世・睦月都 短歌誌「旧市街、フレタ8」発売中(12/28まで限定)

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