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小説 一億円のハートを撃ち抜け。

 銃口が重なった瞬間、引き金を引く。
「……しんじゃえ」
 マシンガンは轟音と共に、敵の女を一瞬で蜂の巣にした。
……気持ちがいい。口元が緩んでいるのが自分でも分かる。相手はさぞ悔しい事だろう。今撃ち抜いた相手が立派な人だったらもっといいなと思う。だって、ゲームでは現実の偉さなんて関係ないのだから。『クイーンズ・ガン』は平等の世界だからこそ、楽しいのだ。
 しかしYOU WINの文字が映し出された画面をしばらく眺めていたら、心は途方もない虚しさに支配され始めた。
 唯が高校を不登校になってから、すでに十年が経っていた。今年でもう二十六歳になる。
「私、何をやってるんだろう……」
 なんだか居ても立ってもいられなくなり、今でも使っている勉強机やタンスを開け、中学生だったときの持ち物を並べた。レトロなデザインなセーラー服。現在はガラケーと呼ばれている携帯電話には、今もクイーンズ・ガンで愛用しているキャラ、【桜音アリア】のストラップが付いていた。
 そんな中、アルバムから、一枚の写真と学ランのボタンを目にした。
「雪人先輩……」
 思わず名前を呟く。写真はパソコン部の集合写真だった。
緊張した表情の唯、その隣には初恋の相手、部長の風間雪人が微笑んでいた。
 ──遊場(あそば)さんはほんとにゲームが上手いよね。僕はさ、遊場さんのような女の子がいくつになっても夢中になれるゲームを作りたいんだ。
 彼の卒業式で第二ボタン差し出しながら、夢を語ってくれた事を唯は今でも覚えている。
 雪人先輩は今、夢を叶えたのだろうか? 
「会って、みたいな」
 希望を口から出して、すぐに無理だと思った。
 こんな元不登校でゲームばかりしている家事手伝いという名の無職の女に、一体誰が会いたいというのだろう。
 突如、反射的に高校時代を思い出してしまった。思い出したくない事がほとんどだった。
 同じクラスで良く話す男の子がいた。ワックスで短髪を立たせていたちょっと派手な人だった。
 こんな私を可愛いと言ってくれた事もあった。お互い同じゲームが好きで、向こうからゲームの話題を振られて答えていただけだった。
 そんな彼にまさか告白されるなんて、夢にも思っていなかった。他に好きな人がいると言って、確かに断ったはずなのに。
好きな男に色目を使っていると、クラスの女王に目を付けられた。それからは……。
 考えるだけで胃がキリキリと痛くなる。
 ゲームとはかけ離れた現実を前に自分が情けなくて、視界が涙で滲む。
「……片づけよ」
 涙を拭き、ため息を吐きながら立ち上がり机の引き出しを開けたところ、宝くじ券が目に入った。父は宝くじを買うのを習慣にしており、以前一緒に買い物をした帰りに、せっかくの機会だからと誘われて運勢占いの気分で一枚購入したのだった。
 机の引き出しから券を取り出し、スマートフォンで当選結果を見てみる
「え……」
 信じられなくて何度もナンバーを確認する。
「嘘でしょ……」 
 液晶に写る一等の6桁の数字は、唯の持つ券とピッタリ一致していた。
 目の前にYOU WINの文字がパッと浮かんだ。
 一億円が、当選していた。

 現在、銀座の芸能人御用達と噂のバーの中で、唯は若い男と話している。年齢は二十代前半で年下な印象を受ける。身長は唯と同じくらいで、男性にしては小柄。赤いメガネ、マッシュヘアーの前髪は鮮やかな紫色をしていた。高い鼻と切れ長の目が印象的で美男子と呼べるほどだった。
「それで、メールで言っていた事は本当なんすか? まぁ、僕は正直冗談だと思ってここに来ましたが。それならそれで動画のネタに出来ますしね」
 そう言いながら目の前の男は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「当選した一億円の半分をもらう代わりに、唯さんの初恋相手と結婚出来るように協力しろと」
「はい」
 唯は当選した日、彼の動画を見て、閃いた。
 彼のユーチューバー名はぶし。世間で大人気のご意見番系ユーチューバーで様々な悩みを言葉で斬る現代の侍。……らしい。最近では書籍執筆やTV出演もしていて、もはや彼は時代の中心にいる文化人の一人……。と、言えるかもしれない。
「しかし遊場さん、ここにユニクロのパーカーで来るのはなんというか、度胸あるっすね」
「え、あ、す、すみません……」
 顔が熱くなる。言い訳するならば、バーに着ていく服なんて持っていなかったし、会う時間はメールした次の日を指定され、準備もままならなかった。
「ははは! 面白い人っすね。ではお話を伺いましょうか」
 ぶしは笑いをこらえながらカクテルのサムライ・ロックを注文した。ユーチューブの名前といい、もしかして、古風な日本の言葉が好きなのかなとぼんやり思う。
「わ、私は中学生の時、ゲーム部の部長だった小鳥遊雪人さんに会いたいんです」
「へーえ」興味の無さそうな相槌が返ってきたが気にせず続ける。
「雪人先輩は東京でゲーム会社を立ち上げたそうです。探偵に調べてもらいました。恋人や、妻もいないそうです。これは神様が私にくれた、チャンスだと思うんです。私、不登校になっちゃって、それを今でもなんだか引きずっちゃって、今は家事手伝いです。私の十年は失われました。だから取り戻したいんです! お願いします。彼にふさわしい女にしてください」
 溢れ出すように説明すると「くくっ」と笑いを嚙み殺す声が聴こえた。ぶしはわざとらしい仕草で口元を押さえ笑った。
「探偵って……あははは! あぁすいません、貴方のおかげで大金を手に入れると人は愚かになるデータが今、取れました」
 彼はニヤニヤと笑みを浮かべ、続けた。
「よく言うじゃないっすか、お金で買えないものはたくさんあるって。チープですけど、愛とか、夢とか若さとか。僕が指摘するまでもない、義務教育レベルの常識っす。そんな少女漫画みたいな夢見てないで、その一億円で投資でもした方がよっぽど有意義だと思いますが」
 日本刀のような切れ味の正論が唯を切り裂く。自分の身体から血が溢れる映像が一瞬見えた。
 ……確かにその通りだ。それでも、私には……。
「私には一億円がある!」
 唯の叫び声は落ち着いたバーの雰囲気を粉々に壊した。
「しょ、少女漫画でいいじゃん! お金で得られる幸せだってあるはずじゃん!」 
 客の視線が一斉に向き、心臓がバクバクとする。だけどもう退く事は出来なかった。
「わ、わざわざ私なんかの為に来てくれてありがとうございました!」
 お釣りはいいですと言って机に五万円を置いて店を飛び出した。
 走りながら涙が出てきた。分かっていたつもりだったけど、再確認されると辛い。私は彼の言うとおり、愚かな女だ。
 突如後ろから腕を掴まれた。振り返るとぶしの姿あった。先ほどの余裕一杯の表情とは違い、息を大きく切らしていた。
「ま、まだ話は終わってないっす。まったく、せっかちな人だな」
「こんな馬鹿な女にまだ用があるんですか!?」
「ご依頼、引き受るっすよ」
 意外な返事が帰ってきた。額の汗を拭い、メガネをあげながらぶしは言った。
「依頼金はいらないっす。あいにく僕はお金に困ってないので。条件が3つ。一つは一億円を僕に預ける事。僕が貴方の為にお金を使います。詐欺だと思うならそのままお帰りください。二つはあんたクイーンズ・ガン、上手いらしいっすね」
「……どうしてそれを?」
 あまり身体を鍛えてはいないのか、ぶしの息切れはまだ治まってはいなかった。
「はあーしんど! ……ツイッターのプロフィール見ました。嘘じゃなきゃクイーンズ・ガンのランキング全国一位っすよね」
 唯は頷く。それは自分の唯一自慢出来る事だった。
 「今度実況プレイでもやろうかと思っているんすよね。だから教えて欲しいっす。三つ目は──」
 息を整えながらもぶしは不敵に笑った。
「あんたを本に書く! 僕は一流ユーチューバー。おもしろおかしい案件は、大歓迎っすよ!」そう叫んだ彼の瞳はキラキラと輝いていた。

「どうっすか? この景色は」
 タワーマンションの最上階は東京の夜景一面に広がっていて、遠くに見える東京スカイツリーがずいぶん小さく見えた。
「綺麗……」
「底辺だったあんたはまず第一に東京を天から見下ろして。自分が上にいる事を確認することっす」
 ぶしは得意げな顔で唯と同じように景色を見下ろした。
「性格わる……」
 聞こえないように呟く。せっかくの感動が台無しだ。世間では彼は過激な言動でいい意味でも悪い意味でも注目されている事を思い出した。きっと、【いい人】では無いのだろう。だけど、現状を変えてくれる人でもあるはずだ。唯はそう確信している。
 両親にはこのお金をきっかけに自分の人生を変えたい、まずはこの家を出て行くと話したところ、唯の好きなように生きなさい。と全部を肯定してくれた。
 ――お母さん、お父さん、今までこんな駄目な娘を家に置いてくれて、本当にありがとう。私、生まれ変わって後で絶対に親孝行をするから。夜景を前に、唯は決意した。

 インターフォンが鳴り響いた。唯がドアを開けると、テレビCMでよく見る引っ越し業者の格好をした男が現れた。
「こんばんわー。ゴールド引っ越しセンターの者です。荷物を運びに来ましたー」
「えっ、もう引っ越しは終わっていますが……」
「あ~お疲れさまっす。僕が頼んだんすよ」
 ぶしは後方でグラスに入ったサムライロックをあおりながら言った。
「僕、今日からしばらくここに住みますんで。あぁ、ベッドはこっちの部屋です」
「えぇ!? 私、そんな事聞いてない!」
 男性と同棲なんて唯には未体験の事だった。ぶしは動画内で語る時と同じように不敵に人差し指を立てた。
「理由は二つ。一つは、あんたをまず男に慣れさせること。唯さんは僕と話すとき処女特有のびくびくした感じがイラッと来るんですよね。もう一つは条件のクイーンズ・ガンを学びたいからっす」
「し、処女……」慣れない言葉に唯は立ちくらみを感じる。
 同年代の女の子達は、もう処女を卒業したのだろうか。私は学校も処女も、なにも卒業出来なかった。慣れた様子で家具の場所を指示するぶしの顔を眺める。一緒に住むということは、もしもの場合があるのかもしれない……。——よし、せっかく大金持ちになり、自分を変えようと決めたのだ。彼がその気なら、私も覚悟をしよう。
引っ越し業者は見事な段取りでベッドやぶしの所有物を設置して帰っていった。
「あざっーす。じゃあ唯さん、さっそくクイーンズ・ガンでもしましょう」
「い、今から? お、オンラインでいいでしょ。わざわざ一緒にやる意味あるの?」
 内心緊張しながら、少しだけ甘い言葉を期待している自分がいる。 
ぶしはため息を吐きながら肩をすくめた。
「甘いっすよ、僕は唯さんの目線、しぐさ、コントローラーのボタンの押す指。あんたの全てを論理的に研究したいんす。僕は学ぶと決めたら徹底的に研究しないと気がすまないんで」
 早口で理論を語るぶしに圧倒される。彼の目は本気だった。
「……わかったよ」
 二人で十万円超えの高級ワインを飲みながらゲームを始める。あまりにも美味しくて以前まで飲んでいた缶チューハイには戻れないかもしれない。チラリとぶしの横顔を見た。思えば、誰かと肩を並べてゲームをするなんて雪人先輩以外に、やった事が無いのかもしれない。
「――当てる」
 唯の操る桜音アリアは華麗に空を舞い、見上げる敵が銃を構える前に銃弾を正確に撃ち込む。
「……すげぇ」
 ぶしは珍しく目を丸くした表情で赤いメガネのふちを上げた。
「何か勝つ理論があるんすか?」
「理論なんて無いよ。私みたいに、一日中やっていればだれでも上手くなるよ」
「ははは、僕はゲーム以外でも楽しい事をしたいんで、その方法はナンセンスっすね」
 ゲーム画面はYOU WINの文字が浮かぶ。現実では決して現れない文字。
「あそこから勝てるのか……ところで唯さんの白馬の王子のどこがそんなに好きなんすか」
 酔いが回っているせいか、ぶしの皮肉がどこか可愛く思えた。
「そうだなぁ。君の言うとおり王子様って言葉がぴったりな人だったかな」
 唯は中学校に入学して間もなく、パソコン部に入部した。理由はゲームが好きなのはもちろんだが、小学校の頃から女の子の輪に馴染めなかったかった方が大半を占めていた。おしゃれ、イケメンタレント、恋の話。それらを好きにならないといけないような圧迫感がどうしても苦手だった。
 それに比べパソコン部は、自分の好きな話題だけ話せばいいから、とても楽だった。雪人は目が隠れるくらい髪が長くて決して目立たなかったが、ゲーム風で例えるなら、静かに見守り続ける精霊のような人だった。
「遊場さん。ゲームってさ、みんな普通に遊んでいるのに僕らみたいに熱中している人は、気味悪がられるよね。あれ、なんでかなぁ」
 雪人はそう言いながら困ったふうに笑っていた。
「どうしてでしょうかね。私もよくオタクとか暗いって馬鹿にされます」
「オタクって何かに真剣に向き合っている人の事を指す言葉だと、僕は思ってるんだ。いつかみんなの認識が変わってほしいね」

 今思えば、雪人は常に遠くを見つめていた気がする。
「なるほど、やっぱ社長になるような人は先の事を考えてるっすね。ベンチャー企業の社長と対談したときも、似てる事を言ってたなぁ」
 めずらしくぶしは感心したように頷く。
「さて本題っす。実は来週、風間雪人社長がゲームイベントに出演するそうです。そこで僕のコネクションを使い、あんたを紹介しますよ」
「本当!?」
 一気に王子様に近づいた。思わず顔がにやけてしまう。
「ただ、今の状態の唯さんが会ったとしても、残念ながら見向きもされないでしょう。はっきり言うと今のあんたは醜女っす」
 しこめ……。古風な悪口が唯の心を突き抜けた。先ほどの覚悟は全く無意味だった。
「そこであんたの一億円の役割っす。その大金で僕のコネクションの総力をあげます。忙しくなるっすよ」
 ぶしはこの話を引き受けた時と同じワクワクとした笑顔で言った。
「痛快無比に行きましょう!」
 紹介された人物は、みんな名前を聞いた事がある人物ばかりだった。
芸能人専属のメイクアップアーティスト、ヘアメイク、スタイリスト、ネイルアーティストの四人。さらに歌舞伎町№1キャバクラ嬢
とプロコスプレイヤーの二人。どうしてこの人達も呼んだのだろうと唯は不思議に思った。
「僕も入れて七人。今日から七人の侍があんたを変えますよ」
「……侍?」
「黒沢明。なんで日本人なのに見てないかなー」
 そう言いながらため息を吐くぶしは唯には絶対に出来ない事を当然のようにこなす。
 最初に会った最悪の印象は、すっかり変わっていた。

 翌日の夜。ノートPCで編集作業をしていたぶしは、唯を見ると、口を大きく開けて驚いた。
「一笑千金。女性はたった一日で、そこまで変わるものなんすね」
「一笑千金?」
「一つの微笑みで千金、まさに一億円の価値がある女ってことっす。……説明させんなっす」
 少しだけ恥ずかしがるようにそっぽを向いて彼は答えた。 
「あはは、あ、ありがとう」
 素直に褒められた事が赤面するほど照れくさく、唯もうつむく。すごく、嬉しい。
「あんたは僕の見立てどおり、綺麗より萌えがお似合いです」
 この姿に対する意見だ。恥ずかしい気持ちもあるが、憧れの姿だ。若干死語ですけどねとぶしは微笑む。
「ぶしはすごいね。私より年下なのに、正しいお金の使い方を知っていて、キラキラしたところにいる」
「はは、そうでもないんですよね」
 ぶしは自嘲気味に笑って首を振る。
「僕は家族の中で一番落ちこぼれなんです」
 頭脳と言葉で世間を斬る、侍の言葉とは思えなかった。
「どうしても東大に合格出来なかった。四浪はしたかな? 僕の家族はみんな高学歴で、医者だったり弁護士だったりする中、僕だけ高卒なんすよ。子供の頃からずっと机に齧り付いていたのにね」
 常に余裕の笑みを浮かべる彼にはあまりにも意外な過去で、唯は戸惑う。
「ずっと優秀な両親や兄弟に嫉妬してた、羨ましかった。でもある日、YouTubeを見て、あ、おもしろおかしく暮らしていいんだって思いました。ガリ勉の僕が変われたくらいだ。唯さんだって変われますよ」
ぶしは辛いはずの過去を平然と言い終えるとあくびをした。
「ふわ~あ。じゃ、おやすみっす」と言って寝室に向かっていった。
 少ししてから、こっそり彼の寝顔を見てみると、赤いメガネを取った素顔はあどけない少年のようだった。
 可愛いと思った瞬間、唯は無意識に彼の寝顔にキスをしていた。
「ううん……」
 吐息が聞こえた。あわてて自室に駆け戻りドアを閉めると、心臓がバクバクとして、頭がくらくらとする。
「あ、あれ? 私、どうしてあんなことを……?」
隠れるようにベッドに潜り込む。唯はその日、全く眠れなかった。

 十年ぶりに見た雪人は、優男だった昔と違い、オールバックの似合う大人の男性という印象に変わっていた。
「今回の新作では、グラフィックだけではなく、新機能を沢山追加しました。どんな人でもすぐに楽しめる内容になっています」
 舞台の上でスポットライトを浴びながら語る彼は社長というより王様のように思えた。
「現ユーザーの要望に答えつつ、新規参入者にも優しい作りっすね。面白くなりそうっす」
 隣のぶしは、感心したように頷く。
「ご静聴、ありがとうございました」
 雪人が深くお辞儀をして拍手が鳴り響いた瞬間、ぶしは椅子から立ち上がった。
「ここからは真剣勝負。さあ、挨拶に行きましょう」
 ぶしと並んで雪人の方へ向かう。男性客の視線が集まり、コスプレをした女性達は苦い顔で唯を眺める。
 今の唯はすでに遊場唯では無かった。
腰まで届く金色のツインテールのウイッグ。エメラルド色のカラコン。胸元が大きく開いた学生服風にフリルのミニスカート。腰のホルダーにはリボルバー。
唯の大好きなヒロイン、桜音アリアの姿だった。
「風間社長! 初めまして。ユーチューバーのぶしと申します」
 ぶしは慣れた様子で手を差し出し雪人と握手をした。
「はじめましてぶしさん! ご活躍は聞いていますよ。今度うちの商品とコラボして頂く事になり、とても光栄です」
「いやいや、こちらこそ。そうだ、紹介したい方がいるんです」
 唯は微笑みを作り、お辞儀をした。
「お久しぶりです。雪人先輩」
 雪人は驚いた表情を浮かべた。
「えっ……失礼ですが、どなたでしょうか?」
 唯は一瞬呆然とする。だけどすぐに気持ちを切り替えた。
「中学校のパソコン部で後輩だった遊場唯です」
「中学……あー! 遊場さんか! 懐かしいなぁ」
 唯は微笑む。本当の事を言うと、すぐに分かってほしかった。でも、それだけ唯の容姿は変わったのだと前向きに考えた。なにせ、七人の侍達に変えてもらった容姿なのだから。
 ぶしは動画でよく見せる営業的なスマイルを見せた。
「彼女、僕の仕事仲間なんです。あのクイーンズガンのトップランカーでもあるんですよ。是非風間さんにお会いしたいという事で、連れてきました」
「なるほどー。いやーだけど遊場さん、すごく綺麗になったね。それ、桜音アリア? すごく似合ってるよ」
 雪人は照れたように頭を掻いた。
 ……この反応は脈アリだ。
 歌舞伎町№1キャバクラ嬢から教わった事だ。
 侍の教えは、確実に活きている。
「せっかくの再会です。僕はお邪魔っすね。……では」
 そう言うとぶしは歩いていく。眼鏡の奥の瞳と一瞬目が合った。まるで応援してくれるような、とても優しい目をしていた。
「遊場さん、この後、お時間ありますか? よかったら一緒に食事でもどうでしょう?」
「は、はい! ぜひ!」
 とても嬉しかった。まさか初恋の先輩と食事に行けるなんて。
 でも、これでぶしとはもう会わないのかもしれない。そう思うと、なんだか寂しくなった。

 雪人に案内されたのは高層ビルの頂上にあるレストラン。少し前の唯なら緊張でうつむいていたはずだが、今はずいぶんとこの景色にも慣れ始めていた。……ぶしのおかげだ。
 グラスを合わせ高級ワインを飲む。
「本当に久しぶりだね。元気だった?」
「はい、雪人先輩が作ったゲームをよくしていました。すごく面白いですね」
 そう言うと雪人は目を輝かせた。
「ありがとう! 開発に三年掛かったんだ。今作は老若男女にプレイして欲しいと思いながら作った。まぁ君の様なきれいな人がトップランカー思わなかったけどね」
 ──こういう、好きな事を嬉しそうに語る所は変わってないなぁ。
 唯は間違い探しをしている気分だった。
 その後もいろんな話をした。だけど不登校だった事は言わなかった。まるで奇跡の様な出来事でここまで来たのだ。もう、みじめな事を思い出したくはない。
 そして唯は現在、雪人がラブホテルのVIPルームでシャワーを浴びていた。
 ついに私は、今までの遊場唯から卒業出来るのだと思うと、嬉しいような怖いような、複雑な気持ちになる。
バスルームから出るとバスローブ姿の雪人が待っていた。ゆっくりと抱きしめられる。
「綺麗だよ。唯さん」
 直後、口づけを交わす。一瞬、脳裏にぶしの寝顔が映りこむ。……私は、いけない女だなあ。そう考えている内に雪人によって優しい手つきでバスローブを脱がされる。
 その時、なぜだか違和感を覚えた。雪人の手つきは慣れていた。
「……待ってください」
 手で雪人を離す。
「これだけ、答えて欲しいです。卒業式の時、私になんて言ったか覚えていますか?」
「え、えぇ? ……なんだっけな?」
 雪人は予想してなかったと言いたげに目をつむって考え、目を開け、微笑んだ。
「ごめん、覚えていない。後で思い出すかも」
 その瞬間、唯は頭を撃ち抜かれた。高級ワインと同じ色の血液が輝きながら、スローモーションに宙に浮く。GAME OVERの文字が目の前に大きく浮かんだ。
「……ごめんなさい」
「え、唯さん!? どこに行くの!?」
 唯は制止する雪人の声に振り向かず、すぐさま服を着てホテルを飛び出した。
無我夢中で走っている途中涙が出た。バッグに入れていた制服の第二ボタンを取り出し、感情に流されるままに河川に投げ捨てた。
 雪人先輩は悪くない。全部私が悪いんだ。 
 たとえ一億円があっても、時間は戻せない。
 ぶしが最初言っていた、当たり前の事にようやく気が付いたのだ。唯は崩れ落ちる。
 あの頃の、前髪で目が隠れていた初恋の少年はもういなくて、唯の方も、少女では無かった。
「ううぅ……」
 唯は大声で泣いた。振り返る通行人は沢山いたが、気にする余裕は無い。
 もうどうしようも無いのだから、どうにもできないことなのだから、唯には涙を流し続けることしか出来なかった。
「なーに泣いてるんすか?」
聞き慣れた声と共に、目の前にはハンカチーフが差し出されていた。顔をあげると、滲んだ視界の中にぶしが困ったような笑顔を浮かべていた。
「なーんか、帰る気分じゃなくて、この辺をブラブラしてたんすよ。それにしても、あんたはいつも泣いてるっすね」
彼の口調は最初とは違い、とても優しかった。
「ぶし……私駄目だった」
 十年分の後悔の言葉が胸の内から溢れ出す。
「雪人先輩はもう私の知らない人だったの、一億円が当たって綺麗になって桜音アリアの格好しても、好きは買えなかった。私、ほんと馬鹿だよね。君が最初に言っていたことなのに……一億円なんて当たらなければ良かった」
 黙ったままだったぶしは静かに口を開けた。
「……いや、それはちょっとちげーんじゃないっすか」
 出会ってから初めての真剣な口調で、少し怒った様な表情だった。
「あんたは、タワーマンションに住んで一流の奴らと会って、桜音アリアになって、なにより現代の侍こと僕、坂本透(はるか)と会った」
 唯は驚く。彼の本名を今になって知った。 
「……好きは、買えましたよ。僕の予想を裏切って。僕はあんたと過ごした一週間が人生で一番、面白おかしかったですよ」
瞬間、彼は唇を奪った。
「……仕返しです。」
「……気づいていたの?」
 顔が熱くて、まともに彼を見れないまま呟く。
「これからも、一緒にいてくれるの?」
唯が彼を見ると、ぶし——坂本遥は笑った。
「出版する本のタイトルは『一億円の花嫁はハートを撃ちぬく』ってのはどうっすか?」
唯の目の前にはNEW GAME STARTの文字が輝きを放ち浮かんでいた。

文章でお金を頂ける。それは小説家志望として、こんなに嬉しい事は無いです。 是非、サポートをして下さった貴方の為に文章を書かせてください!