忘れられた打ち上げ花火:第5話
打ち上げ花火を見上げながら
ふたりで過ごした
けして明けない夜
きっとあなたも
さほど遠くもない過去の想いが
引っ張り出されて
あふれてしまったのでしょう
わたしを通して
今も忘れられずにいる
白い浴衣の彼女の存在を
***
遅かれ早かれ
いつかはわかることだった
気づかないふりをして
見えない気になって
浮かれてた現実のわたし
初めてあなたの現実の声を
聴くことになって
気づいてしまった想い
あなたを本気で好きになりかけている
現実の年齢差は15以上
あり得ない
仮の姿では年齢差など全くない
お似合いの美男美女のアバターなのに
あなたの倍の人生を
すでに経験してきているなんて
いったいどんな顔をして
冗談っぽく伝えればいいの
本気で好きになっちゃいけない人だって
さすがにわかる
この気持ちを躊躇しないわけにはいかない
8月はこの仮想世界が誕生した月
その特別な日に様々な街のエリアで
一斉に打ち上げ花火が上がるイベントがある
わたしはそのイベントにあなたを誘った
<< あなたと一緒にまた花火が見たいな
>> うん、一緒に行こう
どう、話そう
どう、伝えよう
あなたを傷つけずに
許されるのならば
あなたを失わずに
この関係を残すためには
わたしはどうしたらいいの
*
一緒にビーチで打ち上げ花火を見上げた日
恋の話もした
>> 花火大会? あんまり行ったことない
<< ねぇ、冗談でしょう? 恋と言ったら花火大会デートじゃない?
唯一、好きな人と見た打ち上げ花火があると
あなたはぽつりと話し出した
白い浴衣を着た彼女は
とても可愛いらしい女性だったよう
ようやくデートをしてもらえたのに
その恋は実らなかった
>> ここまで話したんだ、ゆりさんなぐさめてよ
<< なぐさめるって、どうすれば
立ち尽くすアバター
悩んで、コマンドをひらくと
「なでる」というモーションをする
ジェスチャーを見つけた
仮の ”わたし” が
仮の ”あなた” のあたまを
いい子いい子するように
少しかがんだ状態でなではじめた
<< 髪の毛、ふわふわしてそうね
シャンプーの香りが漂ってくるような
そんな夏のシチュエーション
>> 俺、猫毛なんだ
<< ふふ、禿げちゃうかもね
>> そんな心配、全然必要ないですー
それもそうね
あなたはまだ十代だもの
今考えてみれば
白い浴衣の彼女との淡い恋も
ほんの一年前の話じゃない
十数年前の高校時代の恋を
思い出すのとは
わけが違った
知らずにあなたの髪に
触れていたとはね
ジェネレーションギャップに
打ちのめされる
<< 大丈夫、あなたなら素敵な恋ができる
>> そうかな
きっと素敵な社会人になって
たくさんの恋をするのでしょう
あなたにはその未来が
まだ大きく広がっているのだから
*
ーーイベント当日
ちゃんと現実も伝えよう
そして
仮想世界の冒険者として
これからも共に世界を救う
仲間でいたい思いも
一緒に伝えるの
うん、大丈夫
ただ
夏夜の恋の魔法に
かかってしまっていただけ
紺地の浴衣だと
あなたとお揃いになってしまう
もう、お揃いもやめましょう
わたしは白地に小さな桃色の花が咲く浴衣を纏う
白は別れの色
緊張しながら
ずっとずっとあなたを待っていたけれど
その日
あなたには会えなかった
>>> 第1話はこちらから
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