オンリーワンじゃなくて、ナンバーワンになりたい #1

まちがいなく
俺にとってナンバーワンだよ

ねぇ、わたし

ナンバーワンじゃなくて
オンリーワンになりたいの

あなただけの
わたしになりたい

それって
願ってはいけないこと?


***


塾の送迎で
何度か通り過ぎて
気になっていた
小さなテラスのあるカフェレストラン

裏通りの静かな住宅街の中にあり
オープンな店内を横目で見ると

いつも適度に
笑顔の客で賑わっていた

今日「ランチ」で検索をかけて
たまたまあなたに選ばれたお店

「ここ良さそうだよ」


バックモニターも見ずに
白線と並行に
ピタッと一発で駐車させる

「知ってたけど、来たことはなかったわ」

あなたはニッと笑顔になると
グレーのマスクを身につける

さっと運転席から降りると
助手席に回り、ドアを開けてくれた

「ありがとう」

車高の低い車は乗り慣れないから
降りるのに時間がかかってしまう

それでもあなたは
嫌な顔一つせずに待っていてくれる

「美味そうなお店じゃない? 」


階段を上がりお店のドアを開ける前に
パッと振り返ったあなたと目が合う

「今日のスカート、可愛いね」

あなたはご機嫌取りを忘れない

午前十一時を回ったところ
わたしたちが座って
店内はちょうど満席となった

女性同士のテーブルが多い
まさに平日ランチの客層

そんなことは気に留めず
香りのついたおしぼり一つで
あなたは笑顔で話しかけてくる


「こういうの、いいね」

おしぼりを鼻に当て
嬉しそうなあなたの前に
ランチメニューをひっくり返して
差し出した

「ほら、パスタ美味しそう」

いくつかあるパスタのメニューからメインを選び
スープ、サラダにデザートドリンクが付いてくるランチコース


「へぇ、迷うな」


そう言いながらも
あなたは迷わないこと
知ってるの


「わたし、トマトソースが食べたいからこれね」

紋甲イカのトマトパスタを指差して
アイスティーねと、伝えた


「オッケー」


あなたは返事をすると
メニューを立てて
顔を隠すようにしばらく眺めている

不意にメニュー表をこちらに向けて
紋甲イカのトマトパスタを指差した

「ねぇ、これなんて読むの? 」

真面目な顔をして聞いてくる
漢字が読めないのかしら

「えー、わからないわ」


かわいすぎて思わず笑ってしまう

マスクがなかったら
あなたは機嫌を損ねたでしょうね

スマホを取り出して
何か打ち込み始める

「モンゴウイカだって」


読み方だけじゃなくて
美味しい食べ方や産地、旬までも
得意げに報告してくれる

わからないと言った方が
喜んでくれることを
知ってるの

わからないことは
恥ではないから

わからないことを
わからないままにしておくことも
もう、恥ではないの

常に世界中のあらゆる情報や知識が
手にすっぽりと収まってしまう時代

それを当たり前として生活しているあなたと
そうじゃなかったわたしの価値観は

やっぱり何かがズレている
そんな気がしてならない


話しながらも時折、大きな瞳を
大袈裟なくらいにしばしばと瞬いている

「まだ、乾燥する? 」


先月レーシックの手術を受けたと
聞いていたから

つい話の途中で
心配になってしまった

「あぁ、もうだいぶマシになったよ」

胸ポケットから
ドライアイ用の目薬を出して
両目に差し始めた


「でも、マジで世界変わるから」


大きな黒目をぐるっと回すと
ゆっくり瞬きしながら馴染ませている


「レーシック絶対やった方がいい、あと全身脱毛ね」


男を上げるための自己投資
いろんなことに挑戦しているあなたの話は
いつまでも飽きることはない

新しい知識として
教えてもらう事柄も多かった

まちがいなく
モンゴウイカのトマトパスタを味わって
自家製パンナコッタまで堪能して

最後にお会計をお願いする

「ありがとう、いつもご馳走様です」

あなたは伝票を手にレジに向かうと
スマホを取り出してタッチする

「ごちそうさまでした」


店員に挨拶すると
スマートに店を後にした

そう、全ては
手のひらの中だけで
終わらせることができる
時代なの


外に出ると
まだ太陽は十分に高い位置で輝いている

「どうぞ」


わたしが車に乗るときも
あなたはまず助手席から開ける

一体全体、どこの女に
教えてもらったのかしら

要らない妄想をしては
笑顔になる

黒い助手席のシートに
遠慮がちにゆっくりと座った

できるだけ、汚れないように
できるだけ、痕跡が残らないようにと

次の目的地を聞かないまま
車は発進し始めた

「ところで、なんで傷心なんだっけ」

運転に集中してるふりして目を合わさずに
そういう聞き方しかできないところは
未だスマートとは言えない

「言ったでしょ、覚えていないの? 」


もうその話はやめてと
声色を変えて伝えたつもりだった

「さっさとLINEブロックすればいいじゃん」

大事に、
大事にしてきた人間関係でさえ

タップ一つで手中で終わってしまう時代

今は、むしろ
そう・・することが当たり前なのかしら

「別れた相手はすかさずブロックするものなの? 案外非情なのね」

「俺はしないけど、そういう人多いよ」


右ウィンカーを出してスピードを上げ始める


「俺とはキッパリ関係を切ったのに」


前の車を追い抜くと、また左車線に戻った


「切ったも何も、 」

付き合ってもいないじゃない

言葉にする前に
ため息となって吐き出された

「要はそいつにとって、オンリーワンじゃなくてナンバーワンだったってことだ」


びっくりしてあなたの横顔を見つめる

以前あなたに伝えたこと
ちゃんと覚えていたのね



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恋し続けるために顔晴ることの一つがnote。誰しも恋が出来なくなることなんてないのだから。恋しようとしなくなることがわたしにとっての最大の恐怖。いつも 支えていただき、ありがとうございます♪