時雨れる心の在りか #4

仮想世界の常識は
現実世界では通用しない

魔法だって使えないし
生き返ることだってできない

世界が変われば
その世界の常識の中でしか
生きてはいけないの


***


教室の中心には
本物のクラシックカーが横転していた

そのクラシックカーは色とりどりの布で巻き付けられ
バナナやらリンゴやら木材やらが
床に転がっている

常識じゃありえない光景だが
ここでは当たり前に ”常識” なの

今月の必修課題はこのクラシックカーの「デッサン」
サイズも使用画材も自由

わたしは自分の背丈ほどのキャンバスに
アクリル絵の具で油絵風に
色を重ねて仕上げていた


あたまがぼーっとして
視界がゆがむ
昨日あれからあまり寝られなかった

彼の言葉がずっと
わたしの中でリピート再生されていた


パレットに青・黄・紅の絵の具を出して
おもむろに全てを巻き込むようにして
筆でぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた


あざやかな色は
あっという間に彩度を失い
色味を儚く散らした


自ら命を絶つなんて
許されない事だ

そう思って生きてきた

そんな行為はこの世では
決して赦されることのない大罪であると
”勇者” に教えられてきたから

彼が多くを語らなかったのは当然だ
わたしは先生の想いも彼の想いも
理解しようとさえ思わないのだから


「ゆり、大丈夫? 」

不意にクラスメイトから話しかけられる
いつの間にか、もう昼休憩になっていた
わたしは学食ランチの誘いを断って
大学の図書館へと向かった


美術品も展示されている光差し込むガラス張りの図書館
まるで近代美術館のようにデザインされた建築
ひんやりとした冷たい静けさがあった


ここはたびたび訪れて、次の課題の構想を練ったり
アバターのレベル上げの計画書を作ったり、
仮想世界のサークルのホームページを更新したり
独り開放的な気持ちになれるお気に入りの場所だった


先生が好きだったという哲学の本を探したが
あいにく見つけられなかった
代わりに「時雨」という言葉を調べた


晩秋から初冬にかけて
突然 降り出す雨

止んだと思ったら
また繰り返し降る雨

今はとて わが身時雨に ふりぬれば 
言の葉さへに 移ろひにけり
小野小町 <古今和歌集782>


あぁ、小野小町も詠っているんだ
まさかこの恋の歌が名前の由来だとは思わないけれど

少し心惹かれるものがあった


わたしはこれといくつかの本を借りようと自動貸出機に向かう
学生証を差し入れるとエラーが起きた

なんだろう

わたしは貸し出しをあきらめて、事務室に寄り
図書館でエラーがおきた旨を伝えた


「あぁ、学祭の実行委員さんね、ちょっと待ってて」


昨年、大学の学園祭の委員を務めたから
わたしの顔は事務員さんたちにはよく知られていた

ぼーっと何もない遠くの天井を見つめながら
処理が終わるのを待っていた

「お待たせいたしました、もうこれでエラーは起きないと思う」

その事務員さんはわたしを呼び、学生証を差し出すと
顔をまじまじと見つめながら

「あなた、自殺しそう」


そうつぶやいた


寝不足の顔がよほどひどいものだったかしら
それともその事務員さんが少し病んでいたのかしら

二十代の若者にたいして良い歳した大人が
よく面と向かってそんなことが言えるものだと
気にしなかった


***


気にしなかった
はずなのだけれど

この言葉はわたしの中で
突き刺さったままずっと残っていた

そして今になって
刺さった部分が疼きだしているの


もうその方の性別すら覚えていないけれど
言い放った時のその目は

強烈に脳裏に焼きついている 



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恋し続けるために顔晴ることの一つがnote。誰しも恋が出来なくなることなんてないのだから。恋しようとしなくなることがわたしにとっての最大の恐怖。いつも 支えていただき、ありがとうございます♪