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青髪と厚底ブーツ #9

現実オレンジはずっと生々しい

その生々しさが
わたしの瞳には見えていない

見ようとしていない

仮想世界で作り上げた
理想あおのフィルターを通してでしか
現実を見ることができなくなっていた


***


「ゆりのつなぎ姿、めずらしいー 」

絵の具を使わない授業でつなぎを着ることはほぼない
でも二浪三浪と年齢が上がるとつなぎの着用率は上がってくる

「電車で隣の人に吐かれて服汚れたから」

集まった友人にはそう説明した
ただ嘔吐物の方が遥かにマシ
ジーンズはそのまま青いゴミ箱へと捨ててやりたかった

急いでデッサン用具をロッカーから持ち出すと
友人らと一緒に別校舎へと向かう

今日は申し込み制のヌードデッサン会だった

年に1回の貴重な機会に
ほぼ全学部の生徒が参加をした

少し遅れて到着したら既に
3つあるモデル台の周りには多くの生徒が
場所取りでひしめき合っていた

油彩科の校舎は普段使わない油絵具と木炭の
なんとも古臭い匂いが染み付いている
つなぎを着ていることもあって
なんだかいつもの自分じゃない気がして落ち着かない

そわそわしながらモデル台から少し離れた位置で
高いイーゼルを斜めに置き、鉛筆を削り始める

モデル台の前の一番近い位置に
飲み会で話しかけられた二浪の男性が座っていた

モチーフに近い席で描く場合
低いイーゼルを使い
低い椅子に腰掛ける決まりになっている

わたしの位置から彼の描く上手なデッサンが見られるかもしれない
鉛筆をこれでもかと尖らせた

まもなくして布をまとったモデル達が
それぞれの台の真ん中に置かれた椅子に腰をかけ
開始の合図とともに足元に布を脱ぎ捨てる

あらわになるモチーフとしての人体

わたしの前の台には
30代と思われる細身の女性が
一糸まとわぬ姿でポーズを取り始めた

ざわついていた教室は一気に静寂を取り戻し
サラサラと鉛筆や木炭の流れる風だけが優しく吹く

瓶だったり、バケツや植木鉢だったり、布紐だったり
いつも動くことのない無機質なモチーフばかり描いていた

正解がない有機的な人の体ほど
描くのに楽しいモチーフはない

誰しもが限られた時間の中で
必死になって新しい線を捉えようと
懸命に手を動かしていた

10分ごとに時計がなり、モデルはポーズを変えてゆく

大きく脚を広げ、しゃがみ込むようなポーズに
動揺が走った

電車の中で感じた
ぞわっと全身に鳥肌が立つ感覚が蘇る

二浪の男性のちょうど視線の先に
女性モデルの秘部が丸見えの状態でとどまっていた


” 気持ちが悪い ”


意識はモデルではなく
目の前にしゃがみ込んでいる男性へ一気に向かっていく

どういうつもりで、彼はあの席を選んだのか
どういうつもりで、今彼はモチーフを見ているのか

鉛筆を持つ手が震えてくる

「ゆり、モチーフをよく見ろ。それお前の理想だろ」

突然、先生から声をかけられ現実へ引き戻される
ハッとして自分の描いた線とモデルの女性を見比べた

顔は大きい
肩はもっと張っているし
腰は細すぎる
脚はもっと筋肉質でかつ短く
胸も尻も、もっと垂れている


そう、現実はずっと生々しい

その生々しさが
わたしの瞳には見えていない

見ようとしていない

仮想世界で作り上げた
理想のフィルターを通してでしか
現実を見ることができなくなっている

スケッチブックから
美しい理想女性を描いた1ページを破りとり
真っ白なページと向き合う

正しい線が全く見えてこない
代わりに視界は滲み始めてくる

ユニの鉛筆を強く握りしめた手は
まだかすかに震える

絶対まばたきするわけにはいかない

唇を噛み締めながら
彼のスケッチブックに視線を移す


生々しいまでの
生命力あふれる女性の裸体が
描かれていた





#創作大賞2022

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