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【ブロガーでない方にこそ伝えたい】1か月半ブログから離れてみて気付いた、「検索エンジンからのアクセス」と「アフィリエイト」のありがたみの話

私は創作物全般の批評ブログを2年ほど書いてきたのですが、それを一時休止してnoteに移ってきて1か月半が経ちました。

離れてみて気付いたありがたみ(ブログとnote、それぞれのメリットでデメリット)と、ブログやアフィリエイトのリアルな話をしていきます。

ブロガーが非ブロガーに向けて書いたこういう現実的な事情の話って、あんまりないんじゃないかな。

(この記事はツイッターの埋め込みを中心に構成しているので、ブラウザやアドオンの設定等によっては正常に表示されないことがあります)



SEO(検索エンジン最適化)とは何か?

SEO(Search Engine Optimization=検索エンジン最適化)とは、具体的には

・タイトルや見出しにさりげなくキーワードを含めたり、
・キーワードの検索意図に対する答えを返す内容を書くことを意識したり、
・長文化したり(これはスマホの普及により見直され始めている)、
・関連記事を書いたり、

などの上位表示する(グーグルの検索結果の上の方に出る)工夫のことです。他にもたくさんありかなり奥が深いです。

本もたくさん出ているし、これ専門の会社もあります。しかもグーグルのアルゴリズムのアップデートに応じて、最適なやり方は日々変化していきます。

普通の人がなんとなく検索してなんとなく目に入る記事も、その位置を取るために熾烈な争いが繰り広げられているというわけですね。読者には見えないところで。


SEOが上手くいけば長く読まれ続ける記事になるのですが、検索エンジン重視で内部読者(固定読者)が少ないブログの場合、逆にSEOがうまくいかず上位表示できなかったらその記事はほとんど読まれません。

例えばうちのブログの場合、この2017年公開のアニメ映画『メアリと魔女の花』のレビュー記事は、今読み返しても悪くない出来だと思うんですが、上位表示できなかったのでほとんど読まれていません(悲しいです)。

映画というジャンルは儲からない割に鋭いレビューを書きたがる人が多い(熟練の評論家もいる)ので、マジで厳しいです。純文学なども同様。


さらに、SNS性のあるnoteだと最新の記事の比重が高いですが、検索エンジン重視のブログの場合はその比重はそれほど大きくないです。

アクセス数の稼ぎ頭になっている記事の、定期的なメンテナンスや加筆修正の比重が相対的に大きくなります。


検索エンジン(SEO)重視のブログを書いていて、嫌だったこと


これは昨日のツイートなので一晩おいて読み返すと、広告も広告で大事な機能を持っているし、悪い面を強調しすぎかもしれないという気もする。

自分は「人の気持ち」を重視していて、「経済的な視点」にうといのでそういう見落としがありそうだなという気もする。

でもやっぱり、「広告記事の作成」は自分に向いている仕事ではないと思った。


しかし、アフィリエイトをやめられるほどの実力が現状無い。コンテンツと広告ってすごく相性がいいんですよね……。昔から新聞とか雑誌、テレビ番組には必ずと言っていいほど広告が載っていますよね。

例えばもしテレビにCMがなければ、NHKのように視聴料などの別の方法でお金を集める必要性が出てきます。noteだったら有料noteを売る必要性が出てきます。


石油王のように、お金も時間も潤沢で好きなように使える人間なら、好きなことを好きなだけやっていられるだろうし、金銭的なことを考えずにやっていけるのかもしれませんが……。

石油王のイメージ

一方、満員電車で消耗する日本人


アフィリエイトの「良い使い方」を考える。

……そこで、アフィリエイトのより良い使い方を考えました。

読者の利益を損なわないことが大事。アピールしているわけではなく、書いてる方も「迷惑なことをしている」という意識があるとつまらなくなってきます。平静な状態で続けられません。


というわけで、このnoteアカウントもAmazon.co.jpアソシエイトに申請し、無事審査を通過しました。

note@sdw_konoha(https://note.mu/sdw_konoha)は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイトプログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。(必要な文言の表示)


アフィリエイトを毛嫌いする人にこそ伝えたいこと

アフィリエイトを毛嫌いする人もいるし、その気持ちもわからないではないんだけど(本当は紹介するものやジャンルによって事情が全然違うけど)、私はブログとアフィリエイトを始めた頃の原体験を思い出しています。

例えば、この『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(サリンジャー著、村上春樹訳)のレビュー・感想記事を2016年に書いたんですけど、

(いま読むと改行少なすぎ・言葉遣いが小難しすぎ・自分の意見をはっきり言いきれていない等の問題点多数)、

この記事を通じて初めてこの本が売れたときに、とても嬉しかったんですよね。


あるいは、中島敦の「悟浄出世」「悟浄歎異」(わが西遊記) - 多様過ぎる考えの中で身動きできない現代人へというレビュー・感想記事も同時期に書いている(リライトしたので日付は2017年)。

中島敦の作品は著作権が切れていて青空文庫で無料で読めるんだけど(それも記事冒頭で明記している)、それでも紙の本がこの記事を通じて初めて購入されたときもすごく嬉しかったんですよね。

(アフィリエイトリンクです)


最近はもう、そういう感覚が薄れて数字だけを眺めていたような気がする。

ブログノウハウやアフィリエイト系のアカウントをツイッターでフォローしていると、成功者たちの「月間PV10万達成!」とか「ブログ収益、月5万円突破!」のようなツイートがタイムラインにガンガン流れてくるわけで…。

(本当はそういう人はごく一部。ほとんど儲かってない人のほうが当たり前に多い。大半は月1000円以下で、ほとんどの人が月1万円以下だという統計も目にしたことがある)。

あるいは、自分より後にブログを始めた人が、自分よりはるかに大きな成果を出している様子がリツイートされてくるわけで……。
真面目にやればこれくらいは当然ですね。もっと上を目指してほしいです」のようなコメントが添えられていたりもするわけで……。


それはさておき。自分のペースで自分の人生を生きる。

……それはさておき、「本当に良いものを、必要としている人に届くように紹介する」。

これはとても良いことだと思うし、自分としても喜びを感じられる。そういう方針でアフィリエイトを使っていきたいと思っています。仕組み自体に罪はなく、使い方次第だという考えです。包丁と同じで。


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頂いたサポートは無駄遣いします。 修学旅行先で買って、以後ほこりをかぶっている木刀くらいのものに使いたい。でもその木刀を3年くらい経ってから夜の公園で素振りしてみたい。そしたらまた詩が生まれそうだ。 ツイッター → https://twitter.com/sdw_konoha