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「心理的安全性」とは何か。心理的安全性のある学校をつくる前に知っておきたいこと。

1.「こうしたほうがいいと思います」と職場で言えますか?

「心理的安全性」のある教室とは、生徒が自分の考えや感情を気兼ねなく、安心して表現できる状態といえます。この土台があってこそ、子供たちの主体性や協働性、創造性が十分に発揮されます。それから、文科省が示す「主体的・対話的で深い学び」を実現したり、「探究学習」をより効果的で本質的な学習にするためにも、必要不可欠なものです。

心理的安全性のある教室・授業をつくるには、まずは、心理的安全性のある職員室・学校をつくることが大切です。これを今読んでくださっている方は、組織やチーム全体の成果のために「こうした方が良くなると思います」「ちょっとわからないので整理させてください」「それ前提が間違っていませんか?」こういった発言ができる職員室(職場)に勤めていますか?

心理的安全がある状態とは、チーム全体の成果を上げるために、このような素朴な疑問、率直な意見、違和感の指摘が、地位や経験にとらわれず、誰もが気兼ねなく言える状態といえます。

石井遼介.(2020).心理的安全性のつくりかた を参考に森井作成

たしかに、権威のある人や上司に、根本的な質問をしたり、現状改善の提案をしたり、するのって難しいですよね。。誰しも「こうしたほうがいい」と思っても、言い出せなかった経験があるのではないでしょうか。

2.Google社が導いた成功の秘訣、それは「心理的安全性」

心理的安全性が近年ここまで注目を浴びているのは、Google社が2012年から4年間にわたって大規模な調査研究を実施し、発表した「アリストテレス」というプロジェクトの影響です。このプロジェクトは「効果的なチームは、どのようなチームか」を分析したものです。成功へと導く5つの柱があるとし、その中で圧倒的に重要な要素であり、その土台をなしているのが「心理的安全性」だと結論づけられました。

調査の結果として、心理的安全なチームは、離職率が低く、多様なアイデアを活かすことができ、収益性が高く、マネージャーから評価される機会が2倍多いと判明しました。今では、成功する組織の条件としてすっかり有名になってきました。

ちなみに、Google社内に存在する数百ものチームの働き方を分析し、生産性の高いチームとそうでないチームの違いを明らかにしたこの「プロジェクトアリストテレス」から導かれた5つの要因は下記のものであり、一番上が最も重要な要素となっています。

Google社 re:Work資料より


3.「心理的安全性」が低いチームにおける「4つの不安」とは

改めて、心理的安全性の概念や定義をみてみましょう。この概念を最初に提唱したのは、ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授であり「心理的安全性」とは、

「チームにおいて、他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰をあたえたりしないという確信を持っている状態であり、チームは対人リスクをとるのに安全な場所であるという信念がメンバー間で共有された状態」です。

※Edmondson,A.C(1999) Psychological Safety and ando Learning Behavior in Work Teams.


ちなみに、この概念における研究をさかのぼると、1965年MITのエドガー・シャイン教授とウォレン・ベニス教授の組織改革に関する研究に端を発します。この時点で既に、心理的に安全であれば、自らの保身をするのではなく、協働目標の達成や問題の未然防止に思う存分、集中できるようになることが結論づけられています。


定義にある「対人リスク」、対人関係のリスクが高いことは、メンバー同士が健全に意見を戦わせ、生産的でよい仕事をすることを阻害します。「チームへの貢献や成果を意図した行動をとっても、罰を受けるかもしれない」そんな不安が漂う状況では、当然、生産的な仕事はできません。
具体的には、どのような不安があるのでしょうか。対人関係のリスクが高いチーム、つまり、心理的安全性が低いチームには4つの不安がつきまとうとされています。

○無知だと思われる不安
→必要なことを尋ねなくなる。自分の考えを言わなくなる。

○無能だと思われる不安
→ミスを恐れるようになる、隠すようになる。挑戦をしなくなる。

○邪魔をしていると思われる不安
→アドバイスや助けを求めなくなる。不十分な仕事で妥協するようになる。

○否定的だと思われる不安
→率直に意見や懸念を言わなくなる。批判的な議論を避けるようになる。


心理的安全性が低いチームの対人リスク「4つの不安」 参考文献に基づいて森井が作成(2022)

このように、心理的安全性が低い状態では、「チームへの貢献を意識して行動しても、マイナスな評価を受けるかもしれない」と感じ、必要な意見や行動に制限がかかり、対話の質やチームの生産性が落ちてしまいます。

4.心理的安全性のある職場は、ぬるい職場なのか?


ここで1つ、心理的安全性に関してのよくある誤解を紹介しておきます。
それって「ただ仲良しなだけのぬるい職場なんじゃないか」という指摘が挙がります。ここで【心理的安全性のつくりかた】の著者、石井遼介さんが、以前、紹介していた図をもとに考えてみましょう。

上図のように、仲が良すぎても悪すぎても、それは心理的安全な関係とは言えません。仲の良い関係性を壊したくないがゆえに、クオリティの低いアウトプットが出てきても後輩を怒らない。打ち込んで仕事をすることもなく、低い仕事の基準で妥協する。これでは、会議室はただの休憩室となり、まさにただの「ぬるい職場」になってしまいます。
ただ仲が良いだけでなく、チームの成果のためならば時にはぶつかり合い
。そして何より、高い仕事の基準(クオリティ)をもってこそ、心理的安全性は機能する。ぬるい職場になってしまうのは、心理的安全性が低いからではなく、そもそも仕事の基準が低いことに起因しています。

このことは、下図から理解できます。エドモンドソン教授が作成した図4−1をもとに、石井遼介さんが整理したものが図1−6です。

図1-6 石井遼介.(2020).心理的安全性のつくりかた.JMAM出版
           図4−1 エイミー.C.エドモンドソン,野津智子(翻訳).チームが機能するとはどういうことか.英治出版


元の図では横軸は「責任」ですが、より意味を明確にするため、石井さんの図では「仕事の基準」と書かれています。皆さんの職場は、サムい職場ですか、それともキツい職場でしょうか?いやいや、「うちはまさに学習する職場だよ」といった感じでしょうか。

「サムい職場」では、チームの成果のための行動をとっても、マイナスな評価を受けるかもしれないというリスクを抱えながら、それに加えて仕事の基準も低いため、他者と積極的に関わったり、挑戦する必要もなく、お互いに無関心で事なかれ主義になりがちです。仕事の成果とは関係のない部分で、不必要な忖度ばかり起こり、イノベーション等に必要な意見の対立はもちろん生じない。実際、イノベーションを起こすやつは、迷惑とさえ言われる。
ちなみに、僕は積極的に新規提案をして、迷惑がられるタイプでした。(今もかもしれません笑)

「キツい」職場では、パフォーマンス基準だけが高く「とにかく成果を出せ」と言われる。本来は必要なはずの、新たなアイデアを提案することや反対意見を出すこと、根本的な意義を問い直したりすることはできない。マイナスな評価や罰を恐れるあまり、成果ではなく不安だけが培養され続け「厳しい上司対策」それ自体が仕事になってしまう。当然、リモートワーク下で「キツい職場」は機能しない。単にオフィスという場所が人々を繋いでいただけの単なるグループであり、その士気が高そう雰囲気は、罰や不安によりコントロールしているだけなのです。共通の目標に向かって、互いにアイデアを生み出し、ともに問題に取り組む活動があってこそ、単なる人の集合体「グループ」が「チーム」へと変わっていきます。リモートワークがうまくいっていないのは、「チームだと思っていたが、単なるグループだった」ということを顕在化しただけに過ぎません。

石井遼介.(2020).心理的安全性のつくりかた より


単なるグループだった上司と部下の間では、常時監視ツールを使い、定期報告をあげさせ、マイクロマネジメントをすることで、さらに信頼と生産性を奪っていくことになります。不安や罰(マイナスな評価を受けるのではないか)という鎖で繋がれているだけの「グループ」ではなく、心理的安全性をベースとして、共通の目標に向かって対話・協働する「チーム」になることが重要です。

下記のような罰や対人関係のリスクがある職場は、やっぱり、嫌ですよね。不安や罰でコントロールしている組織が、今は成功していたとしても、それは短期的なもので、決して持続可能な企業にはなりえないと私は思います。


石井遼介.(2020).心理的安全性のつくりかた より



5.心理的安全性の効果について

Google社の調査により、心理的安全性が高いことによって、「チームのパフォーマンスと創造性が向上し、離職率が低く、多様なアイデアを活かすことができ、収益性が高く、マネージャーから評価される機会が2倍多い」という結果は、先ほど述べました。改めて、効果やメリットについて私がまとめたものが下記のものです。

心理的安全性の効果について 参考文献に基づいて森井が作成(2022)

心理的安全性が高いチームでは、知識や情報が共有され健全で意義のある意見衝突が頻繁に起こり、それによって新規性のあるアイデアが生まれます。さらに「リスクをとって失敗してもよい」というチームでは、メンバーのチャレンジが促進されます。発言がジャッジされず、失敗が許容される場において、アイデア、疑念、懸念を何でも言い合える雰囲気があれば、協働・共創が組織に定着し、結果的にイノベーションが起こるでしょう。このように、心理的安全性が高い場でこそ、イノベーションは起こるのです。

ところで、ロッククライミングは、クライマーとビレイヤーという二人一組でおこなわれることをご存知でしょうか。命がけで壁をよじ登ることに挑戦する「クライマー」、ロープを地面で保持し、安全を確保する「ビレイヤー」、この二つの役割で成り立っています。この例からわかるように、やはり、安全(心理的安全性)が確保できて、初めて挑戦が成立するのです。もう少し馴染みのある例を紹介すると、小さい子が公園で創造的に一人で遊ぶことができるのは、親が目に見える距離にいるときのみだそうです。親の気配が感じれらなくなると途端にキョロキョロし、最終的には泣き始めます。親の存在という、何か不安が生じたらすぐに帰れる安心安全な基地があるからこそ、子どもは積極的に挑戦(探索行動という)できます。「心理的安全性」という豊かな土壌があってこそ、「挑戦」の芽がでて、「イノベーション」の花が咲くのです。

また、パフォーマンスが向上するだけでなく、不祥事や不正、医療事故などの重大なミスが減ることも心理的安全性の効果として挙げられます。意見を言えないのは、「言ったところでどうにもならない」「私には関係ない」といった場合も無くはないが、よくあるケースとしては、上司などの評価者や権威のある人たちにどう思われるかという不安を抱えているからではないでしょうか。前半で記した4つの不安など、職場でのイメージリスクを最小限にするには、自分の主張に絶対的な確信がない限り、何もせず何も言わないのが得策となってしまいます。

この心理的安全性の低さは、重大な事故を招きます。スペースシャトル「コロンビア号」の7人の宇宙飛行士が亡くなった事故をご存じでしょうか。実は、エンジニアは異常に気が付いていたのです。しかし、この悲劇を防ぐことはできませんでした。「自分よりはるかに地位の高い人に意見を具申するなどもってのほかだ」とエンジニアは言われていたそうです。
他にも、福島第一原発事故の事故報告書には、「根本原因は日本文化に深く染みついた慣習、すなわち〜盲目的服従、権威に異を唱えたがらないこと、『計画を何がなんでも実行しようとする姿勢』、集団主義、閉鎖性〜のなかにある」と書かれているが、エドモンドソン教授は、「これは日本文化に限った話ではなく、心理的安全性が低い文化特有の慣習だ」と述べています。率直に意見を言えないことによる悲惨な事故を歴史は繰り返し続けています。

心理的安全性の効果として他に上げられるものとして、仕事の満足度やエンゲージメント(愛社精神、熱意をもって仕事に取り組める)が高くなることは、イメージしやすいのではないでしょうか。

また、一人ひとりのアイデアや挑戦が歓迎され、主体性を発揮できるため、自分は認められている、尊重されているとメンバーが感じやすいことも挙げられます。さらに、組織の中で自分を表現することもできます。これは、ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂)につながります。SDGsの目指すべき世界観である「誰一人取り残されない」「持続可能で多様性と包摂性のある社会」を実現するためにも心理的安全性は肝心だということだと私は考えています。

6.VUCA時代こそ、心理的安全性が必要。

VUCA(ブーカ)時代とは、「予測困難で不確実、複雑で曖昧」な時代になるということを意味するもので、いわば、正解のない時代のことです。正解が素早く遷り変る時代ともいえます。※もともとは軍事用語で、こちらの4つの単語の頭文字をとった造語(Volatility:変動性)(Uncertainty:不確実性)(Complexity:複雑性)(Ambiguity:曖昧性)。

ちなみに、VUCA時代における教育については、ぜひ、こちらも読んでいただければ幸いです。

この記事を書いているときには、新型コロナウイルスに続いて、戦争(ウクライナ侵攻)まで起こるとは、思ってもみなかったです。極めて不安定なこの予測困難で複雑な時代において、一人ひとりが安心や安全、心理的に安全な場を求めることは自然なことのように思えます。正解のある時代とない時代を対比したものが下図です。また、昭和の価値観と令和の価値観に関しての図も合わせて紹介します。

石井遼介.(2020).心理的安全性のつくりかた より


NEWS PICKS New School  山口周さんのスライドより

正解のない時代や正解が素早く遷り変る時代において組織は、失敗から学びながら、模索・挑戦を続けて、今までの延長線上にない、とりあえずの答え「暫定的な正解」を創り続けていく必要があります。正解のある時代においては、いかに言われたことをミスなく速く正確につくれるかが重要であり、それには、トップダウン命令型の不安と罰によるマネジメントがある程度機能していました。しかし、答えが無く、新たなアイデアやイノベーションが求められる現在においては、一部のトップだけで意志決定するのではなく、より多様なメンバーを巻き込んで、各人の知識を組織知にし、率直な議論を普段から重ねていくことが重要です。

NEWS PICKSの動画で紹介された、令和に求められる価値観をみると、「多様なつながりの中で、共に構想し、共に意味を創り出し、共に問題を発見し、イノベーションを起こす」ことが、大切なのがわかる。この価値観の転換は心理的安全性なしには、実現しないでしょう。

昨今、環境問題やジェンダーの問題等に配慮しながら、社会課題解決に向けたイノベーションを起こすことが企業に求められています。また、ESG(環境・社会・企業統治)に配慮しないと、企業は投資してもらえなくなる恐れもあり、より不正や不祥事対策に注力しなければなりません。このような状況下でこそ、心理的安全性が効果を発揮するはずです。

7.さいごに

今回は、心理的安全性とは何か、また、その重要性やメリットについて、時代背景をふまえてまとめてみました。心理的安全性をつくっていくための具体的な取り組みまでは、紹介できませんでしたが、一人でも多くの方に、教育においても非常に重要な概念かもと感じてもらえれば幸いです。

温かい関係性がひろがっている職員室で、熱く教育について議論し、教育イノベーションを起こしたい。教育から社会をよくしたい。

「学校は、教育は、こうあるべき、こうしたほうがいい」そんな意見を山ほど聞く。誰しもが通ってきたことであり、何となく言いやすいのだろう。しかし、残念ながら多くの人は、言うだけで行動しない。産業革命以降変わらない教育スタイルが今も続いてしまっている。

「昨日の教え方で今日教えれば、子供達の明日を奪う」ジョン・デューイの言葉がいつも心にある。「心理的安全性」の高い教育現場をつくり、「明日からの教育」をトランスフォームしていきたい。

※参考文献

エイミー.C.エドモンドソン,野津智子(翻訳).(2014).チームが機能するとはどういうことか.英治出版

石井遼介.(2020).心理的安全性のつくりかた.JMAM出版





















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