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マリオネットの冒険 〜時計とオルゴールと

マリオネットは、ショーウィンドウに飾られた一つひとつの売り物に近づいた。呼び名も知らないひとつひとつに、虚勢を張って語りかけた。
「『君たち』は、何のためのものなのか。君らだけにできるのは何なのか」
まず時計に近づいた。正確には、それが時計であるとはマリオネットには分からない。丸いもの。立ち上がった自分の腰よりも少しだけ背が低く、平らな面の中央で三本の針が束ねられている。二本は細長く、そのうちの一本はとりわけ長く、もう一本は短く中央が太くなっている。うしろには鍵のようなものがついている。
マリオネットはそれらに触れてみた。一つの針を動かすと、残り二つもそれに連動し回る。最も長い針が一番大きく動き、短くなるにつれて少しずつしか動かないということもわかった。後ろの面についている鍵に触れると一瞬、全ての針が同時に動いた。右回りには回せないが左回りには回せて、大きく回した分だけ針の動く時間は長くなった。この挙動は興味深く、装置の内側からわずかに音が聞こえてくるのが心地良いので、鍵をできるだけ回して針を動かしたままにしておくことにした。
しかしマリオネットは、これが何の役に立つのかが理解できなかった。

続いてオルゴールに近づいた。四角いもの。立ち上がった自分の腰よりも少し高く、胸よりも少し低く、両腕を伸ばしたよりも少しだけ小さい。下の方は木でできており、その上にガラスの蓋が乗っている。中には金色の歯車がいくつも入っている。先にみた時計と同様に鍵があるが(ゼンマイ仕掛けのネジのことである)、後ろではなく横についている。
マリオネットは賢い。彼は類推した。オルゴールのネジが、時計についていたそれと似ていることに気がついて、同様の仕掛けで動くに違いないと考えた。思った通りネジは回った。違うのは左向きだけでなく右向きにも回せたことであった。右向きに少し回すと中の歯車が一斉に少しだけ動き、櫛のように並ぶ金属板を弾いて音が鳴った。もう少し回すと違う高さの音が鳴り、別の音が鳴り、また違う音が続いた。左向きに回し続けて手を離すと、音はしばらく止まなかった。
マリオネットは賢い。彼は規則性をみつけた。音の連なりは繰り返されていることに気がついた。同時に、彼が昔舞台の上で踊ったときうしろで流れていたメロディに少し似ていることにも気がついた。あの時とは音の種類は違うけれど。マリオネットは懐かしむことを覚えた。

オルゴールの豊かな音色に包まれながら、その中に時計の動くわずかな音を聞き分けようとしてマリオネットは腰掛けて耳を澄ませた。ショーウィンドウの内側の世界がガラスに映り照明も反射して、赤や橙、緑色といった多くの光に囲まれた中で、それでもマリオネットはそれを目で追いかけることを忘れていた。目は閉じられることはなく、顔は動かされることはなく、しかし込み上げられる何かを感じていた。人が懐かしむ時の心の中を「感情」と名付けることが許されるならば、彼が感じていたのはまさしくそれであった。泣くことを恐れ、ついに泣き方を忘れてしまったような人間が無表情で過去を追いかける時に似て、マリオネットの目は見開いたまま乾いていた。

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