元素・「泥」より「水」

　　
豫後不透明なれ壁抜けの青年こころざし聖霊とたがへども

黒の窓とぢて頭上の受胎告知図に西日ひむかしへとどむる

抽斗のをとこのトルソ興行人は刎頸の呼鈴を一度鳴らす

シュルレアリスムの洪水黎明の橋くづれよみがへる婦人

熟睡せる寝台の呼水呼吸溺るる下男、船舶、その他

始めにまづ泥ありきナポリへ獅子たてがみの整髪料あり

トリスタン・ツァラの前髪撫でつけき櫛に一匹のくろごきぶり

胴部破壊さるる葡萄畑の胡桃割人形へ焔のこだま　を聞かず

火の収容所、水の塋域へ幽霊たちまよひぬ機械洗礼

デュシャンの墓、画硝子の緋の花嫁の検眼標識のつづれをり
　　
　　

聖母不戴冠図ひつぎのなかに時計草十二人がさやさや

絵襖がコンスタンティノーブル洛内へ設計図の機械内接円

機械家の理想郷洪水の馬溺るる水溜へ馬丁は三人

寝台へ微睡の夫人柩へ暁みづは零時のうへに止まる

橋梁に密集す骨の髪のゆめ巨躯のをとめへ触るるな髑髏

条件反射第一メトロノームの一拍洗礼儀へみどりご

凱旋門へ霧遠近法の時間ペルセウス水蛇に溺れき

をとめつなぐ一本の縄きりぎしに降ろしみづ恐る水夫

沐浴のをみなふたたり巨萵苣の花ゆさかさうつしの脚をおそれき

貝殻婦人堅きトルソへ巻き締むる自身以外に指示の紡錘‐棒
　　
　　

波打際死しき騎兵と婦人のため緞帳のつりひもひく眠り

寝台の甘藍の葉一枚一枚の毛布へ記録盤は卓子へ

眠りつつもひとみ晧たり貴婦人と鑑賞者シェードランプ喫水せず

救助人しづめおほす浸水の部屋寝台に一糸乱れもせじ菫

銅の脚うるはしき見目しつらへ侍女二人洗ふ石鹸の浮ぶ金床

水渠へ溺るる壮年の鬚掴みえず后は拭ふかりそめに手鏡

下水溝洞の穴闇と闇の分離わかたるるかたへはみづ漬かず

アダム史の脳髄実験水の門に堰きて部屋へとふたり除きき

遭難の水際へ迫る豊饒の恋人達足縛られ　プロテスト

開闢以前よりふりつづく驟驟とみづの襞下しき　そに現出す者と　
　　
　　

月夜撲殺さる婦人、犬、手に松明はことさら浸てず寝よ母　

燭臺一本の灯　舫綱に繋がれしマダムの明り置く卓子

俯して磔の父娘は椅子へ灯火斥け据ゆるうしろへ楯てて

水上に秩序あれつつ　父殺害ののち焜炉の火へだててをとめ

扉の闇出でて死す婦人へ差しかかる喪服の貴婦人水の廊下へ

みづとなりなむ死者緞帳の夫妻うちしづみ附す顔　闇

影つれて紳士納骨室入口へ乙女の白きゆび握り死婚

死の國の立方カンテラてらす乙女水上を佇ちて歩びき

洪水の渺たるに望楼たる一人立ち生贄柱へくくられて　水笛

奇蹟の顕現　曙光差す室内へをとめ球体を泛べをり
　　
　　
  
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