元素・「火」Ⅰ

  
檻に舞ふ百の蝙蝠火は消ぬとき燈るたとふれば双眸

厳密なる枯葉広場の一枚の石三葉虫を留めて脆し

大紗幕くろぐろと巻き火の竜の市街電話を覆ふパリ郊内

竜と塔、街燈へ行商人と車流るる壁文字売出の染髪料

嘆きありアダム史郊外のミモザ狒狒色へ黒窓の並びき

立会人かくして披露一章の始り終り暗示の森、洋燈

凸版の腐刻版覆りて朝市の獰猛なる野良犬 おはよう!

跪く街頭神父に灯非ずに頬髭黒き囚人こそへ焔

塔距て狂夫妻つつましやかに野良犬へ枷ラビは諸手をあげき

商店街正門へ刎頸のイヴ凭るドラゴンははや一般市民なりき

  
  
戸口闇つらぬ終日開店に石の穹窿築かる門の灯入り

門番そして筑紫へ到る蛇の尾の婦人おとづれ引く前掛けを

闇の侯爵夫人の背へ蝙蝠の羽留まり衣服店の扉重々し

蟠る蛇咬合す区域番号火の六番地へ闇戸鎖し売家

コカトリス引く婦人階段前へ出づ室内一階に華燭あらず

召使婦長と市長夫人の分離階段にさししめし閉窓

第二階テーブルに少年は夫人に咽喉許まで愛されて

使用人揃ひて見守る花柄の部屋飼犬への水差と皿

婦人つれだつ百舌鳥主人椅子の部屋へ入らむとす 裏の姿見

椅子の背へほほゑみ充つる毒夫人巨躯の姿見にひそみゐて

  
  

壁添ひの一脚の椅子花柄へ凭れ死のごとき脚ある

聞耳を欹てるも扉婦人有毒の竜連れて頭にアカンサス

扉が開く――、イエスに肖たる侍従来てうやうやしくも垂る頸 婦人

拘束臺の主人姿見の中の蝋燭の輝き死の侍従むかへ伴侶 

侍従咎む姿見の夫人ソファの上に閉ぢこめられてうち嘆く 誰そ

有翼婦人打ち伏す影を伴ひき扉ゆ覗く探偵見し楕円鏡

劃して争乱の一幕鏡に死夫人眠れり侍従ひざまづけど

倒る椅子 夫人はみづからの黒髪掴み迫る侍従との間に聖ナルシス

黒衣より白衣へ夫人ソファへ安らかに眠り窓外見き主人

額縁、或は姿見のなかには侍従と懐胎の告知、図

  
  

衣替へ 黒衣夫人を迎へ婦人コカトリスの鶏冠戴き

箱或は額縁吊りの十字架のイエス斜向かひには正装のユダ

アカンサス戴冠の白衣婦人後手に書を片手には扉ひらく蛇

伝令寝台前に受け取れる書ソファに眠る老嬢 悲嘆図

鳩青年の屍をまへに鬘ととのへる白衣夫人鏡台へ背きて

スコア開くオルガンの前磔刑箱の下がり使者髪整ふ 少女懸架

イスラム教徒或は白衣侍従の祈り書見机に横並びの白蝙蝠

寝室へ小磔刑画掲げ婦人侍従へ慈悲のかざす 目

書に凭れ額付ける夫人蟠る黒竜と寝台の間に

産着、衾のかたちの帽被り昏き懺悔す頭上 磔刑像図

  
  


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