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2022年 全米ボックスオフィス考察③〜限定公開作品が受けた影響について〜

全米の映画館ビジネスがコロナによって受けた影響について考察する本シリーズ。第1弾「2022年 全米ボックスオフィス考察①〜コロナ前後で興行収入はどう変化したのか?〜」および第2弾「2022年 全米ボックスオフィス考察②〜公開規模別の興行収入分析〜」にて、コロナ前後で主に以下のような変化が起きたことをお伝えしました。

  • コロナ前後で年間興行収入は大きく減少した。

  • ただし、スクリーン数や料金など、環境面は大きく変わっていない。

  • 興収減の大きな要因は「公開本数の減少」にある。

  • ただし、大規模公開作品はコロナ前の水準に戻っている。

  • 特に影響を受けたのは小〜中規模公開作品である。

第3弾となる本項では、10館以下の限定された映画館で公開される「小規模公開作品」が受けた興行的影響について深堀りしていきます。

2018年に大ヒットした限定公開作品

コロナ前は年間1,000本弱という大量の映画が映画館で封切られていた全米市場ですが、そのうち約半分は10館以下の小規模作品でした。興行収入で言えば、全体の1%に満たないシェアではありますが、何より文化としての側面を支えているのがこれらの作品と言ってもいいと思います。

2018年に小規模公開で大ヒットした作品

2018年には、アカデミー賞で最多10部門にノミネートされた『女王陛下のお気に入り』や、ルカ・グァダニーノ監督による往年のホラー映画リメイク『サスペリア』、アカデミー賞受賞のドキュメンタリー『フリー・ソロ』など、その年を代表する作品たちが高い館アベレージをたたき出しました。

これらは決して万人受けする作品ではないものの、10館以下の限定的な公開であれば、多くの支持を受けるポテンシャルを持っています。こうした小品を愛する映画ファンは一定数存在し、決して商業優先ではない作品の誕生を後押ししてきました。

限定公開作品がヒットしにくくなっている

しかし、こうした文化的側面を担ってきた作品たちが今、映画館に人を集めにくくなっています。

館アベレージ別作品数の構成比(2018年と2022年)

上に示したのは、館アベレージを「1万ドル以下」「1〜1.99万ドル」「2〜2.99万ドル」「3〜3.99万ドル」「4万ドル以上」の5段階に分けたときに、該当する作品数の全体における構成比をグラフ化したものです。

10館以下の限定公開における「ヒット作」は、館アベレージ「1万ドル以上」がひとつの目安になります。同じく、「特大ヒット作」は、館アベレージ「4万ドル以上」が目安になるでしょう。

これを見ると、2018年に比べ、2022年は「1万ドル以下」の作品構成比が高くなっているのがわかります。つまり、10館以下の限定公開において、「ヒット作」が生まれにくくなっているのです。

ここで、2022年に公開された館アベレージ上位の限定公開作品を確認してみましょう。

2022年に公開された館アベレージ上位の限定公開作品

「特大ヒット」の目安である館アベレージ「4万ドル」以上をクリアしたのはわずかに3作品でした。その『ザ・ホエール』『イニシェリン島の精霊』『フェイブルマンズ』は、いずれも海外の映画祭で高く評価され、本年度アカデミー賞戦線での活躍を期待される話題作です。

そういう意味では、同じく海外の映画祭で実績を残している『TAR ター』も、本来であればもっと高い館アベレージをたたき出していても不思議はない作品です。もしかすると、公開がコロナ前であれば4万ドル以上の館アベレージでデビューしていたかもしれません。

また、2022年の限定公開作品における館アベレージNo.1が「5.5万ドル」だったことも、市場の厳しさを物語っています。館アベレージの最高値としては2000年以降、コロナ禍の2020年を除けばもっとも低い数値となりました。これもおそらく、コロナ前の市場であればもっと高い館アベレージを記録していた可能性があります。

館アベレージ10万ドル超えの作品たち

参考までに、これまで館アベレージ10万ドルの大台を突破した作品を挙げておきます。有名監督・キャストの映画や、その年のアカデミー賞戦線での活躍を期待される映画など、そうそうたる顔ぶれです。

館アベレージ10万ドル超えの人気映画たち
※10館以下の限定公開作品が対象。ディズニーアニメは除く。

上記リストに2本の映画を送り込んでいるのが、ウェス・アンダーソン監督。アカデミー賞戦線でも活躍した『グランド・ブダペスト・ホテル』は限定公開の実写映画としては唯一館アベレージ20万ドル超えを果たしています。

そのアンダーソン監督、ご存知のとおりコロナ後となる2021年にも監督作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』を発表しましたが、こちらは全米52館とやや公開館数を増やしたせいもあって、館アベレージ2.5万ドルという数字に終わっています(この館数規模では素晴らしい数字ですが)。

また、『ザ・マスター』で館アベレージ14.7万ドルをたたき出したポール・トーマス・アンダーソン監督も、2021年に新作『リコリス・ピザ』を発表しました。こちらは4館のみの限定公開で、館アベレージ8.6万ドルの大ヒットとなりました。これは2021年最高の数字でしたが、本来ならばPTAブランド効果でさらなる上積みが期待できたかもしれません。

ほか、上記リストを見ていただくとわかる通り、2019年を最後に館アベレージ10万ドル超えの作品は出てきていません。過去に実績を残している監督の新作ですら、その大台突破には苦しんでいる現状です。果たして今後、10万ドル超えの人気作はあらわれるのでしょうか?特大ヒット作の動向も重要ですが、こうした限定公開作品の興行が、実は映画市場の「強さ」を測る指標となります。

この規模の作品は、常に配信作品との競争にさらされています。「配信で観ればいいか」と、映画館への足が止まる観客の心理は容易に想像できます。また、配信サービス側もそのニーズに応えるため、有名監督の新作を誘致しようと激しい競争を繰り広げています。主だったところだけでも、アルフォンソ・キュアロン監督『ROMA ローマ』、アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督『バルド、偽りの記録と一握りの真実』、マーティン・スコセッシ監督『アイリッシュマン』(いずれもNetflix)、ルカ・グァダニーノ監督『サスペリア』(Amazon)、ジョー&アンソニー・ルッソ監督『チェリー』(Apple TV+)など、超売れっ子監督たちの新作が軒並み配信デビューを飾っているのです。

配信との差別化をはかるため、大スクリーンや3Dでの鑑賞体験を売り物にする、というのも映画館が生き残るひとつの道でしょう。しかし、そういった映画だけに観客が集まるような構造になってしまったら、映画文化としては大きな後退を余儀なくされます。

この先も、限定公開作品の集客状況には注目が必要です。

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