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2022年 全米ボックスオフィス考察①〜コロナ前後で興行収入はどう変化したのか?〜

コロナで大きな打撃を受けた全米市場

2020年3月から全世界を襲ったコロナウィルスにより、映画業界も大きなダメージを受けました。日本の映画市場も2020年は前年比で約45%減と大きく売上を減らしましたが、それ以上に打撃を受けたのが全米市場でした。

ここ10年、年間で100億ドルを超える興行収入を稼ぎ出し、2018年には過去最高となる118.8億ドルを稼いだ全米市場ですが、コロナの影響で劇場運営がままならなかった2020年は実に前年比80%以上減という壊滅的な結果となりました。

翌2021年には年間44.8億ドルと回復気配を見せましたが、それでもピーク時の2018年に比べれば37.8%と、完全復活にはほど遠い状況です。

そして2022年、トム・クルーズが市場の回復を待って満を持して送り出した『トップガン マーヴェリック』が特大ヒットを記録したのを皮切りに、『ドクター・ストレンジ/』『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』などのMCU作品が次々とヒットを飛ばします。年末には映画史上No.1ヒット作の続編『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』が公開され、映画館は多くの人であふれました。その結果、2022年の年間興行収入は73.6億ドルまで回復しました。2018年対比62%という数字です。まだまだ回復途上とはいえ、2年続けて大きな上昇カーブを描いています。

2022年公開 興行収入TOP10(※2022年内興行収入)
Source: BoxOfficeMojo

全米市場はこのまま順調に動員を増やし続け、やがてはコロナ前の水準(=年間110億ドルの興行収入)に戻っていくのでしょうか?いくつかの視点から分析してみたいと思います。

興行収入はどのように変化しているのか?

まずは年間の興行収入が過去10年でどのように推移しているのかをあらためて確認してみましょう。BoxOfficeMojoで公開されている1977年以降のデータによれば、コロナ前の2019年まで年間興行収入は右肩上がりに増加していました。

物価指数によるチケット料金の変動もあり、単純な比較はできないものの、2009年に初めて100億ドルの大台を突破すると、その後は100〜110億ドル台を堅実に稼いでいます。ざっくり、日本の映画市場の約5倍。コロナ禍に中国市場に抜かれるまでは、堂々たる世界No.1市場でした。

過去10年の年間興行収入 推移
Source: BoxOfficeMojo

2010年代にはすでにNetflixなど配信プラットフォームの台頭があったにもかかわらず、映画館ビジネスの人気に陰りはまったく見られず、むしろ『アベンジャーズ』シリーズに代表されるメガヒット作品がより生まれやすい土壌が出来上がっています。

前述のとおり、2022年には年間73.6億ドルの興行収入を上げ、一見すると順調な回復カーブを描いているように見えます。どん底だった2020年から、2年続けて200%近い上昇ペースを維持しているのですから、このままいけば2023年は100億ドルの大台を見えてくるのでは…と楽観視したくもなります。

ただ残念ながら、物事はそう簡単に運びそうにありません。その理由について次項より解説していきます。

公開作品の数が減っているという事実

年間興行収入にもっとも大きく影響する要素といえば、「映画館で公開される映画の数」が挙げられます。全米市場では、大小さまざまな作品が年間何百本という映画が公開され、いろいろなタイプの観客のニーズを満たします。いかに特大ヒット作品であっても、それ1本だけでは全ての観客を満足させることはできません。映画館は多様なジャンルの作品を供給することで、より多くの観客動員を作り出すのです。

その「公開本数」が減っています。言うまでもありませんが、コロナの打撃を受けたのは映画館だけではありません。映画の製作現場も大きな影響を受けています。撮影が一時中断したり、コロナ対策で巨額の追加予算が生じたり、そもそも製作が中止される作品も多々ありました。その結果、映画の製作本数自体が大きく数を減らすことになったのです。

過去10年の年間公開本数 推移
Source: BoxOfficeMojo

興行収入でピークを迎えた2018年には、やはり過去最高となる数の作品が公開されました。しかし、年間1000本を越えようかという水準だった作品数は、2020年に半分以下の456本まで減ってしまいます。

2020年に関しては、主要都市のロックダウンなどにより映画館の営業自体がストップしてしまったのが主な理由でした。しかし、問題はその後です。映画館の営業が正常化途上にあった2021年にも公開数はさらに減少し、2022年も本数はまだ2018年の半分というありさまです。

これは当然、コロナ禍で製作が遅れたり、中止されたりといった影響も大きいでしょう。また、映画館で公開するつもりで製作されたものの、配信サービスに権利を売って配信スルーとなった作品も数多くありました。実はこの映画館 → 配信への移動が、その後の全米市場の激変を引き起こす最も大きな要因なのですが、それについては追って解説します。

小〜中規模作品の公開数が減っている

ここでひとつの疑問が生じます。興行収入は公開本数にある程度比例するはずなのに、2022年の結果はそうなっていないのではないか?

公開本数は2021年から54本しか増えていない(前年比12%増)のに、興行収入は287億ドルも増えています(前年比64%増)。

以下にもうひとつ、公開本数に関する重要なデータを貼っておきます。メジャー6社(20世紀FOX、ディズニー、パラマウント、ソニー、ユニバーサル、ワーナー)+それ以外の配給会社による「大規模公開作品の公開本数」グラフです。

大規模公開作品数 推移
Source: THE NUMBERS

各スタジオの内訳はいったん置いておいて、大規模公開の合計本数に着目してみます。2018年に最大の144本が公開された後、2020年に57本と最低値を記録します。ただ、その翌年の2021年にはその数が95本、2022年には109本まで回復しています。

大小ふくめた年間公開本数では、2022年の合計数は2018年対比49.5%でしたが、大規模公開本数に限ればその比率は75.6%までハネ上がります。つまり、大規模公開作品の数はそれなりのペースで回復しているのに対し、それ以外の作品(便宜上、以降は小規模公開作品と呼びます)が大きくその数を減らしていることになります。単純計算すれば、2018年には小規模公開作品の数は849本、2022年は383本で、461本もの差が生まれてしまいました。これだけ大きな乖離がどうして起きてしまったのか、また、小規模公開作品の数がコロナ前の水準に戻ることはあるのか、そこがこれからの全米市場において重要なポイントになってきます。

大ヒット作への一極集中化が進む

一方で、大規模公開作品には以前より増して観客が集まるようになりました。No.1ヒット作となった『トップガン マーヴェリック』は、2022年最大となる4,735館で封切られ、最初の週末だけで1億2600万ドルを稼ぎ出しました。全米の特にサマーシーズンでは、こうした超大作は頭かぶりの興行になるのが通常なのですが、『トップガン マーヴェリック』は年輪を重ねてなお輝く主演俳優の魅力そのままに、ドロップ率の低いロングラン興行を続けていきます。そしてついには公開から3ヶ月以上が経過した15週目に再び週末興収1位を奪還するという離れ業をやってのけるのです。

誰もが愛したこの作品は例外的な存在ですが、2022年はその他にも特大ヒット作が次々と生まれました。年間2位、3位にランクインしたMCU作品群(『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』)や、年末に公開されるや瞬く間に記録的ヒットとなった『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』など、興収4億ドルを超える特大ヒット作品が計4本も登場したのです。

長らく、「ヒット作」と呼ばれる基準は、興収1億ドルのラインとされてきました。チケット料金の値上げもあり、今では1億ドル超えの作品も珍しくなくなってきていますが、それでも1億ドルを超えた作品は立派なヒット作と呼んで差し支えないでしょう。また、その中でも突出した「特大ヒット」作品は、興収4億ドルがひとつの目安となります。

ではここで、過去10年の間に1億ドル超、および4億ドル超の作品が何本くらい誕生しているか、その推移グラフを見てみましょう。

過去10年 1億ドル超ヒット作品数
Source: BoxOfficeMojo

注目いただきたいのは、大規模公開作品のうち「1億ドル超えのヒットとなる確率」、および「4億ドル超えの特大ヒットとなる確率」です。グラフ下にある数字を見ていただくと、2018年には「1億ドル超%」が24.3%だったものが、2022年には17.3%まで下がっているのがわかります。一方で、「4億ドル超%」は2.8%から3.8%に上がっています。

つまり、現在の全米市場は、ごく一部の超大作に観客が集中しやすい環境になっている、ということです。その原因は、超大作にスクリーンの多くが割り当てられるプライオリティの問題や、IMAXやDOLBYなど特別料金が加算されるラージフォーマット上映の増加にあります。公開本数を減らした映画市場は、必然的に「人気の作品で稼げるだけ稼ぐ」システムに最適化されているのです。

次回「2022年 全米BoxOffice考察②」では、公開規模による興収成否の分析をもう少し深堀りしてみようと思います。


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