企業理念がブランドを確立する

広告デザイン専門学校で教壇にたつようになり、次年度で4年目になります。そろそろ「デザイン教育は新人」とは言えなくなってきました。毎年、講義のシラバスを書くのは慣れた作業ですが、この3年ほどは、経営学部時代とは違った意味で悩みながら講義を組み立てています。

マーケティングについては、基礎的な理論は変わらないのですが、特に21世紀に入ってからの、世の中の変化はとても大きいものです。

20世紀、工業の巨大化により、経済は巨大資本がその担い手となりました。特に現代(歴史区分では第二次世界大戦後を指します)は、グローバル化が進展し、世界規模での経済活動が行われるようになりました。私たちの生活は、世界的な繋がりなしには成り立たなくなっています。

マーケティングの視点から考えたとき、市場の拡大によって、より多くの人に認知、選択してもらうため、製品の差別化を図り、いかにスタンダード(標準化)を確立するか努める一方で、消費者にはSelling Proposition、つまり自社の独自性を認知、浸透させることに力を注いできました。

と、いう話をしても、実は中小・零細企業の方や、広告物を作るデザイナーの方にはあまり響きません。
以前のnote「弱みは強みに変わるのか」でも記しましたが、僕は基本的に、単に弱みが強みに変わることはないと考えています。またほとんどの中小・零細企業がSelling Propositionにあたる差別化要因を持っていないと考えています。
なぜなら多くの企業は、単独ではなく、それぞれの産業構造の中で役割を果たしており、個々の独自性を発揮することが難しいからです。また小売業、例えば飲食店など、独自性を発揮できる市場においては、競争が激しく、模倣が容易で、独自性を維持・拡大するためには、スケールメリットが欠かせないからです。
僕は、特に広告・マスコミ業が言う「マーケティング=プロモーション」という考えが好きではありません。しかし言い換えれば、独自性を確立できないからこそ、20世紀の、経済規模や市場の急速な拡大に伴い、プロモーションという産業の役割が大きくなったと考えます。また21世紀は、ラジオ、映画、テレビといった世界規模で全ての人々に発信される、娯楽産業が急速に発展したことも挙げられるでしょう。
20世紀は、文字通り発展と拡大、大量消費の時代でした。

しかし21世紀に入り、こうした環境が変化しています。
例えばCSR(企業の社会的責任)は、コーポレートガバナンスの問題とあわせて、大企業の不祥事から注目されるようになりましたが、実はそれ以前、かなり前からあった考え方です。しかしその理解も役割も十分と考えたポーターは、CSV(共通価値の創造)を提唱しました。
世界的にも、これまでの価値基準が否定されたり、ダイバーシティ(多様性)やサステナビリティ(持続可能性)といった、20世紀には後回しにされた価値観の重要性が説かれています。

コトラーの記したマーケティング4,0は、正しくこうした変化について述べたものです。
特にインターネットの急速な普及・発展は、世界に大きな変化をもたらしました。先に述べたように20世紀は、マーケティングにおいても、スケールメリット、つまり使ったお金に比例したわけです。しかしバブル経済の崩壊以降、ある意味でこうした‘ムダな’お金を使う余裕はなくなりました。さらにインターネットやSNSの普及によって、マスコミの価値が変化しました。ですから、昨今の「マーケティング=プロモーション」という考え方は、僕の目には、力を失いつつあるこれまでの広告・マスコミ業が、失いつつある市場を維持するための、いわばプロバガンダ戦略に見えます。

マーケティング4.0では、自分達が生み出す価値がどのようなものなのか、強いては自分達がどのような価値観を持ち、どのような存在であろうとするのかといった、企業とそこに属する人の価値観を示すことの重要性を説いています。ここには、先に述べたような、スケールメリットによるブランドエクイティ(ブランドの力)では実現できない、確固たる意思があります。

実はこうした意思が、市場で評価されることが重要になります。

このような企業の主張を「ブランド・アクティビズム」と言います。コトラーは、こうした主張ができない企業は、市場から淘汰されるとしています。

奇しくも新型コロナウイルスの影響から、消費者自身が価値観の見直しを図り、「スケールメリット」や「デファクトスタンダード(既成事実の標準価値)」が失われるようになってきました。
だからこそ、企業がどのような価値を社会に提供したいのか、そのためにどのような存在でありたいのかを示さなければ、消費者に選択してもらえません。

これを形作るのが、理念なのです。

僕は以前から、「マーケティングで売れる方法」を聞かれると、「マーケティングを考えるなら、そもそも売れないものを作らないで下さい」と、一貫して言ってきました。
皮肉な話ですが、これまでの「マーケティング=プロモーション」に頼ってきた企業は、「売れる=求められる価値」という認識を忘れてしまっているように感じます。

僕はこの数年、講義などで、マーケティングとは、「誰のどんな笑顔を見たいのか、そのためにできることを考えること」と説明してかました。

さて皆さんは、誰とどんな価値を生み出したいのでしょうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?