見出し画像

【読書録】『村上海賊の娘』和田竜

今日ご紹介するのは、和田竜氏の歴史小説、『村上海賊の娘』。『週刊新潮』にて連載され、2013年10月に新潮社から単行本が刊行された。私が持っているのは、新潮文庫版、全4巻。

吉川英二文学新人賞と、本屋大賞をダブルで受賞したので、この本を読んだことのある方や、この本の名前を聞いたことのある方も多いかもしれない。

ごくごく簡単にストーリーを言うと、瀬戸内の海賊と、泉州の海賊が、歴史の大きなうねりに翻弄されながら、戦う話である。織田信長の石山本願寺攻めが背景にある。石山本願寺を助ける毛利に加勢する瀬戸内の村上海賊と、織田信長傘下の泉州の海賊が、大阪湾で死闘を繰り広げるのだ。

壮大な歴史ドラマなのだが、ライトタッチでするすると読める。手に汗握る冒険を繰り返しながら、個性的な登場人物が、さまざまな感情をぶつけあい、人間ドラマを繰り広げる。エンターテインメントとして楽しめる。

最初は、歴史背景の説明が少し退屈に感じられたが、主人公の村上海賊の娘、景(きょう)姫が登場し、物語が展開するにしたがって、一気に面白くなる。4巻の大作なのだが、続きが気になり、ついつい、ものすごいスピードで一気読みをしてしまった。読後感は、爽快であり、かつ、心がじんわり温まった感じだった。

私の気に入ったシーンがたくさんあったので、以下、備忘のために抜粋しておきたい。

(※以下、ネタバレご注意ください。)

女性についての美的感覚が、現代と真逆で、面白い。主人公である景は、現代ではモダンな美女だと思うが、当時は景のような容貌は醜いとされていた。

 長身から伸びた脚と腕は過剰なほどに長く、これもまた長い首には小さな頭が乗っていた。その均整の不具合は、思わず目を留めてしまうほどである。
 最も異様なのはその容貌であった。
 海風に逆巻く乱髪の下で見え隠れする貌(かお)は細く、鼻梁は鷹の嘴のごとく鋭く、そして高かった。その眼は眦(まなじり)が裂けたかと思うほど巨大で、眉は両の目に迫り、眦とともに怒ったように吊り上がっている。口は大きく、唇は分厚く、不敵に上がった口角は、鬼が微笑んだようであった。(1-95)(※1巻95ページ。以下同。) 
…兵どもは初めて目にする姫のあられもない姿に、揉み合うようにして群がったものの、それは劣情をもよおすには程遠いものだった。
 胸乳こそ豊かだが、尻は馬のごとく肉が盛り上がり、腕と太腿は引き締り、深い溝が幾本も走っていた。腹は戦場を駆け回る足軽さながらに筋張っている。獲物と見れば牙を剝く野生の獣のごとき体躯であった。(3-240)

これに対して、当時美人とされていた、景の父、村上武吉の養女である琴姫の描写は以下のとおり。

顔はのっぺりとして、豊かな頬が女らしい曲線を描いている。目は利剣(りけん)で切ったかのように細く、おちょぼ口で、肌は真っ白であった。声はか細く、控えめだが、ふくよかな身体は、僅かな所作も嬌態に思えるほどの艶やかさだった。
(これは男ならたまらんだろうな)
 この当時、美人とされたのは、琴姫のように顔の彫りが浅く、太り気味の女である。詰まるところ、景とは正反対の女だ。(1-149)

そんななか、泉州の海賊たちは、他の男たちと異なり、景を別嬪だと褒めそやす。景は戸惑いつつも、喜び、舞い上がる。その様子がとても面白い。

泉州海賊の真鍋親子(七五三兵衛とその父、道夢斎)が景を初めて見たときの反応。

「えらい別嬪やんか。お前が能島村上の姫さんけ」
 見切りを付けた男でも、こう言われて、うれしくなくはない。(1-322)
「武吉っさんの娘け。どこにいてんねん」
「ここだ」
 景は面倒だったが腰を上げた。すると道夢斎の狂騒はすぐに止み、
「えっらい別嬪やんか」
(またこれか)
 景は困ったような顔をした。
 ここまで賛辞を連発されると、むしろ小馬鹿にされている気さえしてくる。(1-327)

宴会でもてはやされてる景の様子。

 この場の景は、もはや貴人であった。村上武吉の娘として、能島でも貴人として遇されてきたが、所詮は父の威光である。しかし、ここでは正真正銘、美の貴人としての扱いだ。しかも酒も美味ければ、肴も美味い。何十里もの海を越えてわざわざやってきた甲斐があったというものだ。
「泉州いいなあ、おい」
天を仰いで大笑した。(2-90, 91)

景に夜這いをかけにきた3人の男たちと、景のやり取りも面白い。

「夜這いなんだな」
 という景の声音は、もう脅迫じみている。
 あまりの勢いに泉州男三人は度肝を抜かれた。七五三兵衛も思わず刀を収めて縁に座り込んだが、瓜兄弟の兄はこういうことには果敢であった。
「せやねん、姫さん」
再び縁に手を付いて、上目遣いで景を見ると、
「どないです、わしらといっぺん」
 長い顔の下で、揉み手して頼み込んだ。
 こう下手に出られると、いまだ経験したことのない夜這いの駆け引きというものを、故郷の美女のように堪能したくなる。景は態度を急変させ、
「そっかあ、どうするかなあ」
 もったいつけ始めた。(2-113)

また、泉州弁の楽しさにはまった。大阪には長く住んでいて、こういう言葉をしゃべる人はよく見てきたが、大阪の泉州は特に、大阪弁がどぎつい。

まずは、荒くれどもの、攻撃を命ずるどぎつい言葉。

「おどれら、あいつら蹴散(いわ)しちゃれ」(2-205)
「手当たり次第に、殺(いてま)わんかい!」(2-214)
「おどれら、ちゃっちゃと殺(い)てまわんかえ」(4-44)

そして、関西特有の、「阿保(あほ)」、「面白(おもしゃ)い」、「面白(おもしゃ)ない」という言葉の使い方がうまい。関西では、面白いことこそが最高の栄誉で、「あほ」というのは誉め言葉。そして、面白くないことが最大の恥なのだ。それがとてもリアルに表現されている。

(面白(おもしゃ)い女やったな)
 七五三兵衛は泉州最上の賛辞を思いつつ、無邪気で屈託のない景の寝顔を眺めていた。(2-108)
…道無斎も、泉州侍にとって最上級の褒め言葉を発していた。並の者が逆立ちしてもできぬ壮挙を為した男に向けて放ったのは、この賛辞だ。
「阿呆(あほ)やで、あいつ!」(2-222)
「おどれみたいな、しょうもない者はのぉ」
七五三兵衛は、嚇(か)っと目を見開き、腕を鞭のごとく後方へとしならせると、
「面白(おもしゃ)ない奴(やつ)ちゅうんじゃ」
泉州者にとって最大の蔑みの言葉を景に浴びせ、銛を投げ下ろした。(3-22)
 大男は、小早の残骸を見詰め、
「面白い奴やったわ」
と小さくいった。
 心が打ち沈んでいるのではない。敵として相見えた以上、こうする以外なかった。敵の奮戦を称揚するだけである。(4-52)
「おのれら、家の存続を望むあまり、洒落も通じぬつまらぬ者に成り下がったか」
「あの男だけだ。後に泉州で、大軍に挑んだ阿保と語り草になるのはな。おのれらは家を守るため、阿呆にもなり切れず、面白(おもしゃ)なくも指を咥えて見ておったと孫子(まごこ)にでも語るがいい」
 泉州者にとって最たる侮辱を投げつけた。(4-94, 95)

死にゆく七五三兵衛が、父・道夢斎に対し、子(父の孫)、次郎をよろしくと頼む場面のやり取りも、泉州らしいやり取りだ。

「次郎を思いっ切り阿呆に育てちゃってくれ」
 この一言で、道夢斎は敗戦を悟った。(中略)無謀にも海賊王の軍勢に挑んだ我が息子が討ち取られたことだけは間違いない。
 それでも道夢斎は、哄笑していた。息子をこんな阿呆に育てたのは自分ではないか。孫もそうしろというのなら、お手の物だ。
「おう、それやったら得意や」(4-294)

そして、天下の織田信長も、泉州者にかかれば、「おっさん」扱いだ。

…この騎馬武者が織田信長その人だと承知していた。もっとも、その名を口にせず、
「おっさんや」
と、不遜(ふそん)にも言い放った。(2-322)
(せやけどまあ、よう働くおっさんちゅうとこかのぉ)
 信長ほどの男を見ても、七五三兵衛の感想といえばこの程度である。先週侍の癖(へき)で、他国者(よそもの)の総大将に心酔するということはなかった。(中略)
 …よう働くおっさんとは、泉州者にとっては最上の誉め言葉といってよかった。(3-46)

子どものしつけも面白い。七五三兵衛の、子・次郎に対するしつけの方法は、次のとおり。

「眉毛剃るぞ」
(中略)
「分かってるやろけど、片っぽだけやからな」
七五三兵衛は静かに脅した。
「はう」
 と、次郎はたちまちしゅんとなった。(3-57)

以上は、私が面白いと思ったシーンのうち、ほんの一部だ。この小説には、noteの記事では到底まとめきれないほど、素敵なシーンがたくさんある。歴史的に面白い解釈もあれば、当時の武将たちや海賊たちの信念や生き方がハイライトされているくだりもある。何度も感動したり、しんみりさせられたりして、感情を揺さぶられた。本当に面白い小説だった。

なお、この小説には、いろいろなお城が登場するので、お城好きの方には、特に楽しんでいただけると思う。とりわけ、能島村上氏のホームグラウンドである能島城。こちらには私も訪れたのだが、瀬戸内の潮流の渦に守られた2つの島に築かれていて、アクセス至難、レア度は半端ない。そのほかにも、宇和島城、湯築城、安芸郡山城などもストーリーに登場するので、嬉しくなるし、勉強にもなる。

多くの皆様に楽しんでいただければ嬉しいです!

※この小説の舞台となった、能島城についての記事はこちら。

※セットで読んでみたい方は、こちらをどうぞ。

※まずは1巻から…、という方は、こちらから。

※和田竜氏の別の小説『のぼうの城』についてのこちらの記事(↓)もどうぞ。こちらの作品も、面白いですよ!

※ご参考までに、大阪弁ノンネイティブから見た、大阪弁を含む大阪カルチャーについての過去の記事もどうぞ(↓)。


この記事が参加している募集

読書感想文

サポートをいただきましたら、他のnoterさんへのサポートの原資にしたいと思います。