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三万年後も読みたい文学作品〜浅生鴨・選 『浅生鴨短篇小説集 三万年後に朝食を』刊行記念ブックガイド〜

2023年11月上旬発売『浅生鴨短編小説集 三万年後に朝食を』にちなみ、浅生鴨さんに【三万年後も読みたい文学作品】を選書していただきました。鴨さんの選書コメントとともにご紹介いたします。


1,アーサー・C・クラーク著、池田真紀子訳『幼年期の終わり』(光文社古典新訳文庫)

古典SFの名作。いわゆる宇宙生命とのファーストコンタクトものなのだけれども、いつか人類が到達するかもしれない未来とその先にある寂寥の可能性を提示した名作。完全に子どもが消えた三万年後の日本で読むと新たなリアリティを感じ取れるかも。

2,オルダス・ハクスリー著、黒原敏行訳『新世界』(光文社古典新訳文庫)

オーウェル『一九八四』に並ぶディストピア小説の傑作。世界がネガティブなものに次第に侵蝕されていくのではなく、最初からすでにその状態にあり、誰もが管理されることに満足している設定がすごい。そして、僕たちはすでにそうなりつつある。

3,アレクサンドル・デュマ著、山内義雄訳『モンテ・クリフト伯』(岩波文庫)

波瀾万丈の展開を見せる長編小説。人間がほかの生物たちと異なるのは、復讐心を持つことなのかも知れない。三万年後に読んだときに、ああ、その気持ち、まだあるなと思うのか、それとも昔の人間はこんな感情を持っていたのかと不思議がるのか。

4,イソップ著、中務哲郎訳『イソップ寓話集』(岩波文庫)

たぶん誰もが一度は読んだことのあるイソップ物語。寓話なので最終的にはいわゆる「正しい道」が暗示されますが、あくまでも暗示だから解釈は自由。ここに登場する人間や動物たちの狡猾さ、強欲さ、滑稽さこそが、僕たち人間そのものなのです。

5,ヴィクトル・ユゴー著、永山篤一訳『レ・ミゼラブル』(角川文庫)

どれほど文明が発達し、技術が進歩しても人間の感情はさほど変わらないように僕は思っている。30万年前のネアンデルタール人から今までに、僕たちが持つ感情はどれほど変化しただろうか。三万年後にも残っているだろう人の感情を閉じ込めた名作。

6,ウィリアム・ゴールディング著、黒原敏行訳『蝿の王 新訳版』(ハヤカワepi文庫)

困難な状況に陥ったとき人はどうなるのか。力を合わせて困難を乗り越えるのか。果てしない恐怖と憎悪が蔓延するのか。そのどちらもが人間に内在する本性のように僕には思えるのだ。無人島に漂流した少年たちは、どちらの本性に支配されるのか。

7,ウィリアム・シェイクスピア著、福田恒存訳『オセロー』(新潮文庫)

四大悲劇の一つ。愛、喜び、嫉妬、憎悪、裏切り、悲しみ。そうそう人間ってこうだよねと思わされる登場人物たちの感情。いやいや人間ってそうはならないだろうという物語特有のおもしろさ。その二つがバランス良く混ざっているから名作なのだ。

8,クリフォード D.シマック著、 林克己訳『都市』(ハヤカワ文庫 SF)

SFとひとくくりにしても良いのだけど、人の存在、生活習慣、肉体と精神、そのほかいろいろな要素を徹底的に考察して、その上でストーリーテリングと構成の妙で物語をエンタメに昇華させているので、とても読み心地が良いです。未読の方はぜひ。

9, ジェイムズ・P・ホーガン著、 池央耿訳『星を継ぐもの【新版】』(創元SF文庫)

月面で発見された男の死体。五万年前に死んでいたと思われる。けれども今の人類よりも遙かに高い科学技術を持っていたらしい。そんなところから始まる物語は科学謎解きミステリーとしても楽しめる。三万年どころか五万年だもんね、長いよね。

10,ジェーン・オースティン著、富田彬訳『高慢と偏見』(岩波文庫)

人物描写が巧みなロマンティックコメディーの名作として楽しめるだけでなく、19世紀初めの社会状況や男女差別(イギリスの)などの一端にも触れることが出来る。二百年でこれだけ世情が変わったのだから、三万年経つとどれだけ変わるだろう。

11,ジョージ・オーウェル著、山形浩生訳『動物農場』(ハヤカワepi文庫)

社会風刺の寓話なんだけど、いちいち「これって、人間社会に置き換えたらこういうことなのかな?」って考えずに、まずは物語を楽しみながら読んだあと、じわじわと頭の中で熟成されていくのを待つのが良いかも。身の回りにたくさんあるから。

12,バーナード・ショー著、 小田島恒志訳『ピグマリオン』(光文社古典新訳文庫)

人のアイデンティティーは外見で規定されるのだけれども、そのアイデンティティーは固定されるものではなく意思によって変えられる。映画『マイ・フェア・レディ』の元になった名作戯曲。ショーの笑いと意地悪な書きっぷりがけっこう好きです。

13,ジョナサン・スウィフト著、柴田元幸訳『ガリバー旅行記』(朝日新聞出版)

子どものころに誰もが一度は読んだことがあるはずの『ガリバー旅行記』。でも、たぶん縛られた大男くらいしか覚えていないんじゃないでしょうか。あらためてちゃんと読むと、とんでもなくすごい小説です。奇想天外、荒唐無稽、想像力の極北。

14,チャールズ・ディケンズ著、加賀山卓朗訳『大いなる遺産』(新潮文庫)

人間ってたぶんそれほど主体性を持たず、環境に流されながら善悪の狭間を生きていくんだろうなあと、これを読むたびに僕は思うのです。三万年後にこの本を読む者は、ああ、かつて人間はそういう生き方をしていたのかと驚くかも知れませんね。

15,トルストイ著、 望月哲男訳『戦争と平和』(光文社古典新訳文庫)

戦争を描く長編小説ですが、その中で悩み、もがき、人生の意味を探る若者たちを描く青春小説でもあります。長いし、話は複雑だし、登場人物もやたらと多いので、なかなか歯ごたえがありますが、機会があれば少しずつ読み進めたい古典的名作。

16,フィリップ・K・ディック著、浅倉久志訳『高い城の男』(ハヤカワ文庫 SF)

第二次世界大戦で枢軸国が勝利した世界を描く歴史改変SFの名作。世界を支配するのはドイツと日本。次々に展開される物語のオムニバスの中に、本物とは何か、偽者ではダメなのか。本物であることとは何かという、ディックお馴染みのテーマが潜む。

17,フランツ・カフカ著、前田敬作訳『城』(新潮文庫)

ふだん意識することは無いけれども、僕たちは誰もがいつも不条理のすぐそばギリギリのところを歩いていて、ほんの少し足を踏み外しただけで、あっというまに不条理の世界に落ち込んでいくのだろう。未完の小説だから結末を永遠に想像できます。

18,ハーマン・メルヴィル著、八木敏雄訳『白鯨』(岩波文庫)

世界十大小説の一つと言われているらしいです。誰が決めたのかわからないけど。情景描写の見事さ、会話の面白さ、重厚な展開。小説だけど哲学書でもあります。蘊蓄も多いのですが、蘊蓄のところはガンガン飛ばして物語を楽しめばいいのです。

19,ホメロス著、松平千秋訳『オデュッセイア』(岩波文庫)

三万年後にギリシャ神話を読む。そんなおもしろいことが出来たら最高ですね。文明がどんどん発達したその結果、ギリシャ神話の時代とたいして変わらない世界に戻ってしまっているかもしれない。そう考えると、これは三万年後に持って行きたい。

20,劉慈欣著、立原透耶監、大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳『三体』(早川書房)

ファーストコンタクトものの傑作。人類の発展を阻害する謎の現象から始まり、縦横無尽な想像力で、世界と人類の有り様を思索するとんでもないSFです。未来を描いた小説を実際にその未来のさらにその先で読んだらどう感じるのだろう。全巻必読。

21,ウィリアム・フォークナー著、藤平育子訳『アブサロム、アブサロム!』(岩波文庫)

とても難しいです。読むのはたいへんだと思います。いろいろな要素を複雑に絡めながら、暗く重い雰囲気を最後まで保ち続ける著者の力量。歴史を再編集したメタ小説としては最高傑作じゃないかと僕は思っています。ぜひ。読むのたいへんだけど。

22,ヴォルテール著、斉藤悦則訳『カンディード』(光文社古典新訳文庫)

これこそ小説だから描けるものを描いた小説。震災直後の絶望感、荒唐無稽な展開、善と悪への眼差し。ノンフィクションではできないことをフィクションだからこそ成し得ている。とか言いつつ、難しいことは考えずに読めます。おもしろいです。

23,オー・ヘンリー著、 大津栄一郎訳『オー・ヘンリー傑作選』(岩波文庫)

みなさんよくご存じのオー・ヘンリー。どれもちょっと皮肉めいた部分のある小品だけれども、人間って最終的にはこうあってほしいよねという著者の理想がどこかに込められているように感じるのです。三万年後の人類も同じように感じてほしい。

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