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自分と向き合っていく

13年間勤めた会社を退職し、色々と動きましたが、一旦手放すことを選択した。その後、自分と向き合っていくのです。以下の記事の続きです。

自分の心の中、蓋しているものを開けにいこうとしました。といってもなかなか難しいのですが、人の力を借りて進める事が出来ました。

それはいつ?どうやって?

手放す事を決めた後、旅に出て、旅先のお寺で座禅体験をさせて頂きました。座禅体験と住職の対話を通して思いがけず、蓋開け作業を進める事になります。

まず座禅のやり方。姿勢を正し、無になる事。

初心者には、とりあえず、呼吸を数える事に集中する事が良いとの事で、「吸って、吐いて」で1回をひたすら数えました。ところが、雑念が入る入る!その上で、2回実施しました。

①呼吸を繰り返した後、自分が思い出せる記憶で一番幼い頃まで遡り、そこから現在に向かって記憶を思い出していく

②呼吸を繰り返した後、①とは逆で直近の出来事から、順に遡っていく。

①で私が思い出せたのは、保育園の年小時かな~友達とキャハハと笑いながら外で遊んでいた光景でした。とにかく楽しそうだったなって。そこから年々記憶がある限り遡りましたが、辛い記憶もありました。

②は、旅に出る直前にあった辛い出来事。退職後、ちょっとだけ友人の仕事を手伝っていたのですが、意思疎通がうまく出来なかった事による対人関係の悪化でした。

座禅が終わって、住職がどうでしたか?と声を掛けて下さった時、私は②について語ったところ、こみ上げてくるものがあり、涙ぐんでしまったのです。思わず、ため込んでいたものを住職に話し、住職よりありがたいお言葉を頂戴しました。

私は直近あった自分の行動が意図しなかった方向で伝わった出来事に関して、自分を責めていました。

「自分の人間性の問題だ」

「自分が中途半端だったからだ」

「意思疎通や意図相違がないように伝える事すら出来ていないなんて恥ずかしくて人に言えないよ」

住職は私の気持ちに寄り添い、捉え方を教えて下さりました。

倫理的、道徳的に反する事、相手をだまそう等という悪意が無い限りは、100%一方が悪い事は無い。

あなたは誠意を持って対応したのが伝わるので、あなただけが責められるのは違う。そこは相手の問題なので、気にしなくて良い。

話せた事と頂いた言葉に気持ちが楽になり、心の中が浄化されていくような気持ちになりました。私自身辛くて蓋をしていたんです。言い訳無用、自分が悪いんだで終わらせようとしていたのです。

よく考えれば、自分に対して可哀そうな事をしていたんです。

当然改善すべきポイントは事実としてあります。だけど全て自分が悪いんだの結論に持ち込んでしまうのは違うんですよね。

そういえば。。。

私は何かあると、この思考のクセがついていたなと気づきました。特にこの1年程。自分が悪かったと片づけ、逃げていた。言い訳するのは時間の無駄、かっこ悪いと思っていましたが、時と場合によっては、相手に事実や意図は伝えてもいいんですよね。

仮に事実や意図は伝えられなかったとしても、自分の中で整理して、自分がすべて悪かったと思う必要はない。

なんて有難い時間だったのだろう。

旅から戻って、このやり方で、思い出したエピソード一つ一つを掘り下げていくことになります。







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