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毛玉取りの距離。②

彼と2人で飲んだあの日から
私達はbarで会っても今までと変わらない、ただの飲み仲間として過ごした。
本当に、あの夜の事がなかった事のように。

友達は、相変わらず彼のことを気にしていた。
ただ、私は、彼女の話から逃げていた。
やはり、後ろめたさが隠せなかった。
あのキスがなければ、飲みに行った事は話せたのに。私はもう終電で帰ったことになったから、飲みにも行っていないという事が事実になっていた。

それから、3ヶ月の間、救ってもらったはずの心の水がまた、溢れそうになっていた。
私は、泣かせてもらったひと時がとても恋しかった。
好きにならない人だから、何を見せてもいいような気がして。私は彼に、会いたかった。

年が明け、いつものbarで友人のバースデーを祝った。彼もいて、みんなでいろんな話をしながら飲んだ。
この日、わざと私は終電を逃した。
もちろん、もう、電車がないわけだから、タクシーで帰るしかない。
大通りまでの道を彼と歩いた。

『ねぇ、始発まで付き合って。』

『いいよ』

私達は近くの居酒屋さんに入った。
熱燗を頼み、そこで食べた竹の子がとても美味しかったのを今でも覚えてる。

もう一度、弱音を吐いて涙を流したかったのに、何故か、そんな話ができない。
とりわけ、簡単な失恋話に切り替えた。
失恋9ヶ月目に入っていて、まだ傷は癒えていなかった。終わり方が悪かったせいか、人格否定されたようで、その部分が卑屈な塊となって残っていた。
それでも、その話をしても、泣けない。
きっと、心がもうウキウキしてたのだ。
流石に、飲み過ぎて疲れてきて、始発までは、過ごせない、、

『ダメだ。もう限界、眠い。タクシーで帰る。』
そう言って、店を出たのは4時だった。

2月11日の朝4時は、とても寒かった。
泣きたかったのになー、そんな事を思いながら千鳥足で歩く私の手を彼は掴んで、
『おいで。』
そう言って、その手をポケットに入れた。
ポケットが暖かくて、私は泣きそうになった。

ポケットが暖かかったのか、彼の手が暖かかったのか、私は、わがままを言いたくなった。
『もう、歩きたくない。』
『足が痛い。』
『まだ??もう、むり』

『もうちょっと、もうちょっと』
そんな声も暖かかった。

10分くらい歩いたのかな、
着いたのは彼のマンションだった。
彼の部屋に入り、ソファーに流れ込む私。
その途端、機械音がなった。
彼は、私のズボンの毛玉をおもむろに取り始めた。

え、、、っと。。。

『この、毛玉取り、めっちゃ取れるねん』

そう言いながら....


『いや、、えー、このズボン、ウール混で毛玉出来やすいのよ、そういう生地なんだけど、』
『へー』
そう言いながら、ひたすら、私の毛玉を取る彼。
足をあげられたり、曲げられたり、
なんだろうか、この絵面は、
そう思いながらも、毛繕いをされてる猫のような気分だった。
この人、野良猫拾ってきた気でいるのかもしれない。
そんな事を思いながら、されるがままに毛玉取り。そして、足をひらかれた瞬間

『あっ!破れてるで。』

.....やめれ。

好きにならない相手だとしても、流石に股のところ破れてたら恥ずかしいわっ。
しかも、このパンツは私が作ったもの。
縫いの甘さにも反省するわ。

それでも、心地よかった。
一通り毛玉を取った彼は、ソファーで横になる私の後ろ側に横になって私を包んでくれた。
膝と膝の裏を合わせて

『ピッタリやな』

そう言った。
私は血の流れが変わるような呼吸を感じた。

いつ、ベットに移ったのかは解らない。
ただ、目が覚めたときはベッドで同じように膝がピッタリのまま彼が後ろにいた。
腕枕ってこんなに寝心地よかったっけ。。

お昼前だったと思う。
彼は、
『ちょっと、接骨院行かないといけないから、寝てていいよ。少し遠いから帰ってくるまで2時間ぐらいかかるから、適当に過ごしてて。帰ったら送るから。』
そう言って出て行った。

私は、昨日の出来事のパズルをまた組み立てながら、この家はどうなってるのか、トイレに行った帰りに洗面所やバスルーム
リビングなどを見渡した。
2LDKだ。しかもファミリータイプ。
ここ何階?
ベランダに出てみた。
10階以上ある。
やっぱりだ。
やっぱり完璧だ、この人。。。

大きな冷蔵庫を開けて、お水を少しもらって私はまた、ベッドに横になった。

このベッド広いな。。。

そして、また、ウトウトし始めた。
どれくらいたったのか、次に目が覚めた時、彼はまだ帰ってなかった。
私はなんだか、お腹が痛くなってきて、トイレに駆け込んだ。
その瞬間、鍵の音がした。

“なんで、このタイミングで帰ってくるかね。。。”

家の中を行ったり来たり足跡が聞こえる。私を探してるんだ。
出にくい。。非常に出にくい。。
私は、静かに用を足した。

トイレを出たら廊下に彼がいた。

そして、キョトンとした顔で私を見ている。

『なに?』

バツの悪い顔で聞いてみた。

『...接骨院、休みだった。』

私もキョトンとした。
あっ!今日は祝日の土曜日だ。

完璧じゃなかった。
なんだか私はホッとして声をあげて笑った。

彼も笑った。


つづく。


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