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真剣トラべローグ 宮廷食アドベンチャーの巻〜トルコショックからの回復旅行記その3〜

イスタンブール 3日目

さて失意のデライト紀行(デライト=トルコの甘菓子)で丸半日つぶしてから一晩明けたイスタンブール3日目。哀しみを肥溜めに埋め、武器を捨て、猫をなで、わたしは農耕にこにこ民族代表としてこの異国の大海原を航海しに行くのだ。己のものさしでにわか悲しんだりイキったりしている場合ではない。彼らは羊と暮らし、羊を愛しながら、羊を食べる民族なのだ。それは残酷でもなんでもない、生きるということなのだよね。(うん大丈夫、私すでに賢者の心を耕し始めているね。)

ということで出発します。本日はもう最初っから足元に楽土が拡がっていることを認知しておりますので、主にうつむきながら歩きます。あと気だるい食感の甘ったるいデライト菓子もポケットに詰め込んでおります。己を甘やかすことが得意な人間は長生きすると言われています。

もっふもふ

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まずは足慣らしに、旅行計画当初のトルコ興味の一つであった、玉ねぎ屋根とその下の建築物の見学をしたいと思います。女子が抱きがちな、中東世界に対する漠然としたエキゾチック神話はご多聞に漏れずわたしの心にも棲みついており(月夜に光る砂漠の王宮~!空飛ぶじゅうたん~!)、残念ながら入国2日目にしてシルクロードのフェアリー達は8割方握り殺されたものの。それでも!それでもなお息づくイスラム世界のファンタジーよ...!

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このアヤソフィア大聖堂吹き抜けに浮かんでいる無数の宇宙船みたいなシャンデリア、こーのーみー!ターセム監督の傑作「落下の王国」のこのシーンを思い出したよ。イスラム神秘主義、スーフィズムの旋回舞踏ですね。エキゾチシズム!(このロケ地はインドのウメイドバワン宮殿というところのようですがね。)

落下の王国スーフィー

見上げて見下ろす。こちら(聖堂内)にもいらっしゃった...

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猫様2...

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(ちなみにこちらの聖堂はかつてイスタンブールがまだローマ帝国であった時代に作られたキリスト教の大聖堂だったのですが、15世紀オスマン帝国の侵略によってイスラム聖堂に改築されたという血塗られた歴史の建築物でして、大聖堂各所にキリスト教時代の聖母子や大天使のモザイク画などが共存していてなかなか珍しい光景です。興味深いですね。ミステリハンター矢島からは以上です。)

さて実は本日は偉大な計画があります。今回の旅の目的の一つでもあり、徐々にそれは壮大なクエストとなりつつある「解体・世界三大料理であるトルコ料理・その真と髄」の攻略に不可欠であろうと判断しました「オスマン宮廷料理を食する」という仕事に取りかかろうと思います。やはりなぜトルコ料理というところから入る人は多いと思うのですが、調べると、「ロールキャベツもピーマンの肉詰めピザももとはトルコ料理なんですよお!納得ですよね!」などと書いてあるんですけど、すみませんピーマンの肉詰めとかそんなに身近でなくて、全く腑に落ちないです。

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と思っていたのですが、そうだ、このトルコには14世紀から20世紀初頭(最近!)まで続いた非常に長い歴史の王朝「オスマン帝国時代」というのがあるのですよね。要は600年も貴族が暇を持て余していたということで(かどうかは知らんですが、まあそういう時期は少なからずあるでしょうよ)。貴族たちが退屈しのぎにありとあらゆる欲望の追求を試み、その末生まれるのが歴史に名を残す偉大な芸術、というのは、いつの時代も世の常ですよね。ということは、この王朝にすべての秘密が隠されているということですよ!やはり町の飯として降りてくる以前のその600年余宮殿内で行われた欲望の結晶体をまずは味わわなければいけませんよね!!小市民が街角で羊まみれでぎゃあぎゃあ言ってちゃいかん!

そもそもこの世界三大料理の残り2つ、フランス料理、中国料理、も選定のポイントとして「その国の宮廷で長年研究され振舞われ、それが無数の食文化として世界へと影響を及ぼした」というところにあるようなのですよね(まあこの2つは説明なしになんとなく腑に落ちるんですけども...)。

宮殿料理、まあ食堂の飯じゃないんで高級料理の位置付けですけど(と言ってもフルコースで4000円とかです、物価が安いので。)、現代的にフュージョンアレンジされすぎてしまったりすると判断しづらいので、オスマントルコの宮殿内で実際に振舞われていた当時のレシピを「忠実に再現しながら、現代人の舌に合うように(ようは美味しく感じられるよう)微アップデートした」という比較的実直なレストランを選んでみました。ちなみにトリップアドバイザーのサイト評価は4.5/5、日本人だけでなく各国の観光客からの評価がかなり高かったことはもちろん決め手でしたよ。及び腰すみません。

道すがら出没するスパイス沼~!

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うん、そうなんですよ。羊とクミンが強力すぎて私の舌と鼻では未だその存在をお料理内にしっかり確認できていないんですが、街中にはおびただしい量の出逢ったことのない香辛料が売られているんですよね。試しに一個一個嗅いでみると、強烈な未知との遭遇に鼻が渦巻く。(そしてどれも魅力的な香り)。

そうだったそうだった、ここはシルクロードの果ての帝国であった!これらがオスマン貴族たちが欲望のままにかき集めさせた世界中の香りであるのだ!わたくしのファンタジー脳がここにきてぐっと彩度を取り戻し、魔力高まってきたところでいざ入城いたします。

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アシターネというレストランです。中心部からバスとトラムを乗り継ぎさらに10分ほど歩いた。なかなか閑静なところというか、うーん、遠回しに陽の当たらないエリアっつうんですかね...に、ある印象でございます。再三申し上げておりますが、これはあくまでも個人的な、ごく限られた体験に基づく、モノローグでありますので、ご理解ください。人のこころは百様でございます。

では。

店内めちゃくちゃ薄暗かったので、公式のお写真いくつか拝借しまーす。こんな感じ。トルコにしては相当小綺麗です。端正ではないが小綺麗。サーヴィスの方々は丁寧でプライドを持ってお仕事していらっしゃる様子で気持ちは良いです。予約はしましたが客入りは2割といった感じでした。

asitane店内

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メニューのラインナップ湧き踊る...!某解説には、歴史研究家の考証の下、宮殿の料理台帳や厨房の仕入帳、大統領府のアーカイブなどから数多くの料理を再現し、現在はおよそ380種、そのうち250種はここでしか食べられないもの、とあります!一部をこちらに。メニューの後ろの数字がそのメニューが供されていた年代のようです。この際色々恐れずに順番にいってみることにします。

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<スープ>こちらは「Almond Soup(1539年) アーモンドスープ」です。上に乗っているのはザクロです。16世紀のお味賞味いたします! ・・・杏仁的な風味と絹の舌触りをなんとなく勝手に想像しましたが、えーと、少し分離した牛乳でクラッシュアーモンドを煮込んだようなわりとざらっとした舌触りです!思ったよりやコクや素材感といったものを感じない、押し付けがましくない奥行きのなさです!うん!悪くはない!もう一生食べない気がするけど決して悪くはないよ、スレイマン1世!!(オスマン10代皇帝)

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<冷菜>まず右「Asitane Treats 4種の冷菜」と書かれていたものいってみます。出で立ちは上品だけれどやはりべたっとした4種のペーストとフランス風パン山盛りがやってきました。これまでトルコで出逢ったペースト状のものたちの起源がここに... 期待高まる

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手前から順に「Ottoman Hums(1469年)干しぶどうと松の実、シナモン風味のヒヨコ豆ペースト」。 こちらは... なんというか... 強いて言えば、アメリカにホームステイした時におばあちゃんが作ってくれてどうしても食べれなかった甘いシュトーレンを牛乳でふやかしてひよこ豆に吸わせてもそもそにさせた...ようなお味です!!そうですねえ、thanks givingとかの味が大好きな方は好きな方向性ですかね。いずれにしてもかなり甘いのでお菓子に近いです。まあ1469年ですからね...この店の中でも一番古いレシピです。多少の味覚の差はあって当然でしょう。めげずに次いきます。

「Lor Cheese Blend (1898年)ネギ、パセリ、ピーマン、トマト入りカッテージチーズ ローズマリーとパプリカ風味」 こちらは... あ...!食べたことのある味です!ギリシャっぽいというか、あ、成城石井に売ってるハーブの入ったカッテージチーズ詰め合わせのお味ですね!それをもそっとさせた味です!もそっとはしていますが味は悪くないです!

「Fava そら豆のペースト ディルとオリーブオイル風味」 こちらは年代が書いてないですね。これは字面のままのお味を想像していただいて、そこから塩分を抜いたようなお味ですね!これに衣を付けてカリッと揚げてトマト系のソースなどをかけたらおいしいピンチョスになりそうです!

「Pounded Cucumber Salad(1844年)玉ねぎとピスタチオ入りきゅうりのサラダ」 はい、こちらもサラダというよりきゅうりが申し訳程度に下に敷かれているべたっとしたものに変わりはないです。ヨーグルトっぽいかな。最初のフムスの衝撃はありましたが、19世紀のレシピは今のトルコにかなり近いのではと思いますね。決して必要以上にも以下にも主張してこない、押し付けがましくない静かなお料理です。

しかしですね、これら4種ともディップのようにフランスパンと共に供されるのですが、どう組み合わせて食べてみても口の中の水分量が安定しない。基本的に油分塩分が少ない上、穀物でのばしているので、もう何にもつけずに、このままでいいのかもしれません。ただこの1ポーションがちょっと小ぶりのジャンガリアンハムスターぐらいの大きさなので、結構これだけでお腹が膨れてきてしまって、少しやるせない気持ちにはなってきます。ただ、味は悪くは!ないです!

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はい、でこちら、せっかくなので冒険してみました。「Gerdaniyye(1844年)仔羊の肩ロースを野菜とハーブで煮込み、羊の脳みそと合わせたペースト」です!普通の部位でも攻撃力強めの羊肉ですが、脳みそいってみます。というかこれもべたっとしていますね!まあこれはべたっとしてないと逆に気持ち悪いですかね!「宮廷料理は全体的に果物を用いてやや甘めの味に仕上げるのが特徴で、酸味のあるブラックプラムソースがアクセントになっています。」だそうです。うん。このソースあっっまいです。ハーブで臭みを消す、というよりは結局、糖分で全部わからなくする、に発想は近い気がします。で、脳みその味はというと、そうですね... まあ癖の強い豚のレバーに近いですが特にこれといった印象のないパテですかね。でもこれも量多いDEATH

胃がハムスター体積のパテ4山と羊の脳みそ(全て冷えてる)で満たされてなんとも言えない気持ちになってきたところで、温菜の出番です。

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<温菜>上:すみません、名前を控えるの忘れてしまったが、ラム肉とチーズのソテー 下:Hassa Bourek ヤギのチーズとオリーブ、玉ねぎ、ヨーグルト、タラゴン、くるみのユフカ(トルコの伝統的なパン?パイ生地?)トルネードパイ包み

上の方はですね。えーとケバブの中身ですかね...盛りも食堂ですね。ただ味は薄いです。というよりあんまり香辛料を使ってないのかな。付け合わせのチーズはイタリアのスカモルツァから油分とグルタミン酸(うまみ)を抜いて少し乾かしたような印象のもっさりしたチーズです。お肉もチーズも基本的に水分の存在感が薄いです。そして下のこのかたつむり、まずですね、∅10cm 厚さ2.5cmほどが2つあるんですよ... (ボリュームに関してはすみません、メニューから見誤ってしまったこちらの過失ですね)あと材料に色々書いてありますがフィリングはほぼ消えてなくなってしまってますね... 焼成時に一体化してる感じですかね... つよい小麦粉の主張。まあスナックかな?お昼ご飯に齧る感じですかね。ボルシチとかと一緒に食べたい感じですかね~。

ふと街中で見かけたおびただしい量の異世界香辛料の山々を思い出しました。このお店、確かに町中に溢れてた暴力的な羊とクミンの存在はあまり感じないんですよ。ただそれ以外の香りも全く気配がないんですよ...!そう思うとその他色々な要素の不在にも気づき始めてしまったが、まずは歴史に思いを馳せ、メイン料理へと移ることにします。没入!

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<メイン>これも字面で気になったものいってみました。ファンタジーは冒険の中に!! 「Mahmudiyye (1539年) アプリコットとレーズン、アーモンドのチキン煮込み シナモンとクローブ風味」

ほわーーーー!!こ、これは!ある意味でなかなかの破壊力です!えーと、えーとですね!味の系統としては先ほどのサンクスギビング系お菓子といいますか、まず甘いですね。で、このこっくりしているように見えるスープ部分は、ほぼ色付きのお湯(シナモンの香り)ですね。望郷の彼方に玉ねぎの存在を感じるか感じないか... ぎり感じないです!見た目よりかなりさらっとしています。それでいて舌触りは少しざらついています!勝手にカシミールカレーのような攻撃を期待してしまった自分の凡庸さよ。で、大粒なアーモンドとレーズンと、崎陽軒のお弁当に付いてくる干しあんずがごろんごろんと浮いております。メインのチキンは筋肉つきそうな、がしっとしてぱさっとした胸肉(味しない)です。何故かスープ部分に出汁、ならびに全く具材の風味、調和を感じないのはそもそも出汁という考えがないタイプの料理なのか...具とその周りをもっと高尚でポエティックに表現する料理なのか... 庶民のわたくしでは理解が到底及んでおりません。教えてオスマン帝国の王たちよ...... 一言で言うと... なんかこうお風呂のお湯を飲んでるような... 形容しがたいですね...。うーん、これ恐らく全皿に言えることのなのですが、アクの強い狂戦士をリングに集め、わざわざ牙抜いて去勢させてから戦わせた、ような...感じがするのですよ、どことなく。庶民の感想です。ちなみにこちらも例外なく塩味はありませんでした。

<インターバル/デザート>(オスマン宮廷内では甘味職人という地位が料理人の中で一番高かったというほど、デザートは愛され、食事の最後にデザートを食べないのはありえない所作であったとどこかに書いてありました。...が、デザートどころではなくなってしまった矮小な農民矢島はパスさせていただきましたすみません)

ということで私のオスマン宮廷料理の奇妙な夜はこれにて終了です。ご馳走様でした。事件でした。大変貴重な体験をしました。帝国おそるべし......とりあえず自分の体がつま先から頭まで水分のないもので一杯に満たされた、味のしない巨大なパン(ちょっと甘い)になったみたいな気持ちなので、本日は帰ってみなさんのお店の口コミ見直しながら色々な消化に専念することにします...(やっぱ評価いいな)膨れ上がったいくつかの疑問は明日、オスマン帝国宮廷跡「トプカプ宮殿」を訪れてから総括してみたいと思っております。

店出て気づいたけれどこの周辺治安悪いのでは......

アシタネ付近

何度も申し上げておきますが、これは農耕にこにこ民族矢島の狭小な見解に基づく個人的なモノローグであります。イスタンブールの皆さんと猫たちよ、おやすみなさい、愛を込めて。

4日目につづく。

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