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みじかいお話たち

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短編小説集。多ジャンル。主に即興小説で書いたものを収録。他に200字ノベルや詩もあります。
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2016年4月の記事一覧

ビー玉、落ちた

ビー玉、落ちた

砂利道にビーサンなんて履いてくるんじゃなかったと、ツヨシは足とサンダルの隙間に入り込んでくる小さな石ころに舌打ちした。
辺りでは溢れるほどの人、人、人。遠くから聞こえる笛と囃子太鼓の演奏。並ぶ提灯。今日は年に一度の夏祭りで、夏休み中の子どもたちや家族連れ、はしゃぐ若者たちでいっぱいだった。
ツヨシは笑う人たちの声をかき分けてずんずん進む。焦る気持ちを抑えつつ、冷静を装った。でも目の先に現れたその人

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灰色猫を召喚する方法

灰色猫を召喚する方法

「読書に欠かせないものといえば?」と聞かれれば、私は迷わずこう答える。「猫だ」と。
喉を潤す飲料でもなく、体を預けるソファでもなく、気分を落ち着かせる音楽でもない。
必要なのは小さな鼓動を響かせてくれる温もりと、気まぐれなちょっかい。それだけあればいい。

仕事へ行く前に、通り道の公園へ足を運ぶ。
そこは市立図書館と隣り合わせの少し大きめの公園で、私は天気のいい日には必ず寄るようにしていた。
片隅

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ありがとう[絵本/色鉛筆画]

ありがとう[絵本/色鉛筆画]

作・絵 いのり

気づけば ぼくは 土のなか。

とても あたたかい大地につつまれて 眠っていた。

あたたかい大地
守ってくれて ありがとう。

土の中で 動きだすころ
ミミズたちが ぼくを はげましてくれた。

「がんばれ がんばれ もうすぐ あと もうちょっと」

ちからづよい声
ミミズたちよ ありがとう。

少しこわがりながら 出たぼく

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金の樹と若者

金の樹と若者

その村にはとても美しい樹がありました。
なぜ美しいかというと、その樹の葉は金でできていたからです。枯れることのない金の葉は、村人にとって宝でした。

ところがある日、村にやってきた若者が、その樹を見たとたん感動のあまりに、樹を根こそぎ掘り返してしまい、自分の家へ持ち帰ってしまったのです。村人は悲しみました。
若者はうばった樹を大きな鉢へ植えかえると、自分の家の中央に置きました。金の葉がきらきらと、

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ガラスの船

ガラスの船

船が一隻あります。ガラスでできた船です。
それを見ている男の人がいました。男の人は、今からこの船で旅に出るのです。旅へ出るなら、この船だと決めていたのです。
透明に透き通る船の底には、海がそのままに映し出され、きっと美しいにちがいない。男の人はそう思ったのです。
一流のガラス職人に船作りを依頼し作ってもらいました。三年もかけて作ってもらった、最高級のガラスの船です。
男の人はいざ、船に乗り込みまし

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まばたき一瞬

まばたき一瞬

旅人は今日も旅を続けています。
目的などない旅でしたから、自由気ままに過ごしていました。

よく晴れた日の午後歩いていると、大木の下で何やら耳をたれ下げため息をついているうさぎと出会いました。
うさぎは何だかとても寂しそうな様子です。

「君はなぜ、寂しそうなんだい」

旅人は聞きました。うさぎは、うう、とうなると言いました。

「なぜって、昨日ぼくは迷子になってしまってね。ひとりぼっちで歩いてい

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