見出し画像

(劇評)百万石演劇大合戦 予選公演C

「いしかわ百万石文化祭2023」参加事業として、金沢市民芸術村にて「百万石演劇大合戦」が開催された。これは上演時間が30分以内の短編演劇のフェスティバルである。金沢市民芸術村は金沢市民の創作の場であるが、今回の「いしかわ百万石文化祭2023」を機に、県外の団体にもその場を開放し、全国から演劇祭への応募を受け付けた。百万石演劇大合戦実行委員会による選考を経て選ばれた、北陸6団体、全国6団体が、3団体ずつの予選に挑む。そこで観客投票によって選ばれた各予選の最多得票団体が、決勝公演に臨むこととなる。

11/10(金)、11(土)、12(日)には予選公演CとD、そして決勝公演が行われた。各予選は2回行われ、2回分の合計得票数で、12日15時から上演される決勝公演への参加が決まる。筆者は11日に予選CとDを鑑賞し、12日の決勝を鑑賞した。会場は2間×2間の四方囲み舞台となっている。

予選公演Cは、東京の「舘そらみと父」による『プレスリーになりたかった。今、娘と息子がいる。』(出演:舘光三(父)、聞き役・構成:舘そらみ(娘))から始まった。クレジットにあるように、この芝居は実の親子二人で作られている。客席の間の通路から、舘光三が杖をついてゆっくりと歩みでてくる。彼は95歳の自分を演じている。95歳になった自分が、75歳である頃の自分を振り返ってみている、といったような様子である。そらみに促されて、光三は現在の年齢、75歳の自分に戻り、その歳までの人生を振り返るように、観客に語り始める。幼い頃に聞いたラジオの影響で、光三は英語に惹かれた。そしてプレスリーの曲に衝撃を受けた。英語を懸命に勉強し、海外を飛び回る仕事に就く光三。出会った千束との間に、息子・光乃進が生まれる。妻と息子のために生きていこうと決める光三。そして娘・そらみが生まれる。

時折、舞台に置かれているノートなどを参照しながら光三は語りを続けた。そらみがスケッチブックなどで指示を出していた箇所もあった。語られる光三の人生に、観客が驚くほどの奇想天外なものはない。だが、珍しい出来事が起こっていなかったとしても、彼が経験してきた出来事は全て、彼だけの、彼にしか歩めなかった特別な体験である。光三が発する素直な言葉からは、英語やプレスリーに夢中になった彼のひたむきさや、家族を思う誠実さが伝わってきた。人生を演劇にしてみるという二人の挑戦は、娘からすると親孝行、父からすると娘孝行であった。だが、そんな個人的な理由から始まった人生の演劇化は、観客にも、自分の人生を振り返ってみれば、そこに素晴らしい物語が生まれているということを伝えてくれているように感じた。誰もが語られるべき人生を生きているのだ。

続いて、東京の「PANCETTA」による『アしクサ』(脚本・演出:一宮周平)。アレクサではなく、二文字目はひらがなのア「し」クサである。白と黒のツナギを着た2人が、背のある椅子を3脚運んできて、舞台端に設置する。黒いツナギの男性は、そのまま舞台上にて、パントマイムのように動いている。そこに、先ほどの白いツナギの男性、山ちゃん(一宮周平)と、もう1人、同じく白いツナギを着た川ちゃん(新行内啓太)がやってくる。川ちゃんは、部屋の中で動いている人物なのかすらよくわからないものに驚くが、山ちゃんはいたって普通に、彼に指示を出す。「アしクサ、上着をかけて」といったふうに。アしクサ(佐藤竜)はぎこちなさのある発声と動きで指示に応える。アしクサは声で個人を認識し、その声に応える便利なロボットであるようだ。山ちゃんは川ちゃんのためにミルクティーをいれようとする。普段はアしクサに頼むようなことなので、アしクサは、なぜ自分に頼まないのかと不思議そうにしている。そこで川ちゃんに上司から電話がかかってきて、彼は部屋を出る。川ちゃんが部屋に来たことによる、山ちゃんの変化にアしクサは声で気づいており、山ちゃんの気持ちを伝えるべきだとアドバイスする。「声に出したら、何かが動きます。少なくとも私はそうです」と。川ちゃんが部屋に戻ってきてからも、アしクサはロボットとは思えないような察しの良さと行動で、なんとか二人の関係を良いものにしようと試みるのだった。

「声に出したら、何かが動きます」。アしクサも声にしたこの言葉が、この作品が伝えたい主題だろう。その主題から導き出された、声に反応するロボットという題材も、その表現も、ストレートでわかりやすい。そのわかりやすさがある上で、物語世界により浸ってもらうための細かな演出がなされている。アしクサのロボット的動作や話し方、少しずつ提示される川ちゃんと山ちゃんの過去、小さく笑えるネタ。ラストシーンで、それらを全て包みあげるように流れるのが、オリジナルのテーマ曲だ。音楽の良さでいい感じになってしまうのはずるい、と思えもするのだが、ここまでの作り込みが効いているからこそ、音楽に乗せて感情を揺り動かすことができるのだ。

3作品目は東京と北海道を拠点に活動する「MAM」による『ばあさん、どこだ?』(作・演出:横澤ノゾム)。舞台中央にはラグマットが敷かれ、その上には大きなクッションがある。クッションにもたれかかり、笠松三好(高宮千尋)が脚本を読んでいる。もらった役がおばあさんの役で気が乗らないようだ。そこに電話がかかってくる。しかし、電話は知らないじいさん(剣持直明)からだった。「ばあさん、どこだ?」とじいさんは言う。間違い電話だと説明するが、じいさんにはうまく伝わらない。お茶も入れられないという彼に、仕方なく電話で指示を出す三好。しかし、じいさんがばあさんを探しに行くと言いだす。電話は切れるが、じいさんが認知症ではないかと心配になった三好は警察に連絡をし、じいさんからの再度の電話を待つ。しばらくしてかかってきた電話で、三好はばあさんを演じてじいさんから情報を聞き出し、うまく警察官のいる公園まで誘導することに成功する。一安心する三好。そこでじいさんは「三好」と彼女の名前を呼ぶのだ。

一人で外に出てしまったじいさんが、無事に安全な場所にたどり着けるのか。二人のやりとりと効果音だけで表現されている状況を、どうなるのかと心配しながら追った。警察官によってじいさんは保護され、観ていたこちらも安心したのか、実は、筆者はラストの意味に自力で気づけなかった。じいさんが探していた人は三好で間違いなかったのだ。じいさんがばあさんの不在を忘れてしまったのではなく、三好こそが本当の自分を忘れ、どこかに迷っていたのである。間違い電話がつないだ小さな縁の話ではなく、つながらないはずの電話をもつなげてしまうほどの強い縁の話だったわけである。なぜ三好が若い姿になってそこにいたのかといった疑問は残る。だが、自分が本来いるべき場所から離れてしまった三好を、その姿が変わっていてもじいさんは探し当てた。人が人を思う力の底知れなさと、改めて、人を思う気持ちの不思議を、この作品は表現していた。

3団体の上演終了後の観客投票では、舘そらみと父が最多得票となった。10日上演後の投票と合わせての最多得票数は、舘そらみと父である。だが、舘光三の体調不良のため、12日の決勝へ進出する団体はPANCETTAに決定した。


この記事が参加している募集

#舞台感想

5,888件

お気持ち有り難く思います。サポートは自費出版やイベント参加などの費用に充てます。