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(劇評)四者四様、バラエティに富む

『プロゲキ!富山公演 vol.1 Sweet Revenge ー甘美なる報復ー』の劇評です。
2024年3月30日(土)14:00 Charlie's Studio

『プロゲキ!』は、井口時次郎の主催にて2023年4月より始まった、30分程度の短編演劇を複数上演するスタイルの公演である。演劇初心者にも生の芝居を楽しんでもらいたいと、趣向を凝らし、金沢市内中心部のライブハウスにて上演を重ねてきた。その『プロゲキ!』がこのたび富山で開催された。

富山公演の主催はCharlie's Studio(チャーリーズスタジオ)、公演会場でもあるこのスタジオのオーナーは、『プロゲキ!』金沢公演に一人芝居で出演経験を持つ、石川雄士である。『プロゲキ!富山公演』への出演は4団体。井口時次郎、元井康平、杏亭キリギリス、び~めんぷろじぇくとだ。スタジオの奥側が舞台、入口側が客席となっており、床面にステージとしての段差などは設けられていない。舞台上手側にビール瓶のケースが6つと、黒い正方形の大きめの箱が2つ詰まれていた。プロレスの精神を意識している『プロゲキ!』はまず、「選手入場」から始まる。出演順に井口、元井、杏亭、び~めんぷろじぇくとが、入口より入場してきた。石川と井口が挨拶を述べる。

上演は井口から始まった。入場時にはレスラーの着るような長いガウンを羽織っていた井口だが、上手に置かれていた黒い箱2つを中央へ持ってくると、箱の中へガウンをしまい、代わりにジャケットとネクタイを取り出し、それらを身に付けた。スーツ姿になった井口が始めたのは『おっさんの恋バナ』。重ねた二つの箱をテーブルにして、彼は立ち飲み屋にいるようである。彼は同行者である「ゆりちゃん」に語りかける。二人はマッチングアプリで出会い、飲みにきた。若い女性であるゆりちゃんを前に、浮かれた様子の男性。彼は「他の人の話なんだけど」と前置いてから、恋の話を語り始める。

それは会社内での恋愛で、お互い結婚相手がいるという、ダブル不倫の話であった。気持ちを伝えた男に、女はなぜか「交換日記」をしようと提案する。しかし、男は思いを抑えきれず、「会いたい」と日記に書く。女もその気持ちに応え、二人は会社から遠く離れたショッピングモールで落ち合うようになる。二人の話を続けるうちに、「Aさん」だった登場人物が、「俺」になっていく。つまりは他人の話ではなく、男自身の恋の思い出話なのだった。隠さねばならない恋は実らず、二人は離れることになってしまう。語り終えた男はどこかすっきりとした様子で、ゆりちゃんの様子を窺うのだが、男は彼女にも去られてしまうのだった。情けない中年男性の、決して褒められはしない不倫の、それでも懸命だった恋バナを井口が好演した。情けないまま終わってしまうところ、最後にかっこよさを見せたりなどしないところがリアルである。井口としては、このような普通の人のありのままのかっこ悪い姿を、ちょっとだけ視点を変えて見てみてほしいのではないかと感じた。

続いては元井康平『わからないこと』。たたまれた段ボールとガムテープを持って彼は登場する。白衣に大胆に筆を走らせたような模様が描かれた衣装を着ている。元井は、自分が参加したという「報恩講」について語り出す。バックには読経が流れ、それはその報恩講の時のものだという。報恩講とは浄土真宗の開祖、親鸞の命日を縁として行われる法要である。地元の寺での報恩講に参加した元井は、親戚である同じ名字の元井さん達が勢揃いしてお参りしている様子に驚く。そして、読経をするお坊さんが誰なのか疑問に思い、尋ねてみるのだが、誰もお坊さんについてはよく知らないのだった。よくわからないのに、それでも皆、熱心にお参りをしているのである。元井は話をしながらも歩き、止まったり、回ったり、段ボール箱を箱の形に作ったり、それを持ち運んだりと、ゆったりとした動きを続けている。その動作はやがて「踊り」と呼ぶようなものに変容していく。

この構成がうまくできていると感じた。即興的なのだが、報恩講の話の終わりが、読経の一段落するきりの良いところに一致していたりと、元井はタイミングを察し、それへの合わせ具合が心地良く感じられるような表現を行っている。また、後半は語りのない、コンテンポラリーダンスのような踊りになっていくのだが、それまでに彼は自分の感じたことなどを語ってきているため、観客側でも、これはさっき言っていたことを踊りで表現しているのか、と想像することができる。語りを入口にすることで、ダンス鑑賞の難しさを緩めることに成功しているのだ。『プロゲキ!』チラシでの元井の紹介文には「日本的な身体性を軸に声や日常動作を行き来する複合的な即興表現を仕掛ける」とある。例えば、彼の動作には「盆踊り」のように思われる動作があったように思う。そのような、日本で長らく生活していると身に付いてしまうような動作を、元井は改めて取り出してみせているのではないか。農耕民族であった日本人の、地に向かう身体から生まれた踊りとして「舞踏」があるが、多くの人が農耕から離れ、西洋的な文化にも馴染んだ今、日本人はどのような動きをとっているのか。わからないままに身に付けてしまっていること。元井の表現はそれを探っているように思う。

二演目を終えたところで休憩となった。ビール瓶ケースが四角に並べられ、その真ん中に大きな座布団が置かれた。急ごしらえ感のある高座だが、休憩の後、杏亭キリギリスによる落語がここで語られる。登場した杏亭は自己紹介から始めた。彼は静岡県舞台芸術センターで俳優部に所属した後、富山県南砺市利賀地区を拠点に活動する劇団SCOTに入団する。2020年にフリーとなり、出身地である静岡に帰るのだが、縁あって再び富山に居住しているという。富山暮らしでは、近所のご老人にもてている話から場を暖める。続いて、彼が参加した旅の話に移り、旅といえばお伊勢参り。といったふうに話は徐々に、お伊勢参りの道中、船を利用した人々が遭遇した出来事を描いた落語『鮫講釈』へと入っていく。

『鮫講釈』のあらすじはこのようなものだ。船旅の途中、船が動いていないことに乗客が気付く。なんと、船を鮫が止めてしまっていたのだ。多数の鮫に取り囲まれてしまうと、船は転覆させられ、皆、鮫に食われてしまう。そうなる前に生贄を1人、海に投げ入れ、その隙に船は逃げるのだと船頭は告げる。鮫が生贄を選ぶと言い、乗客達の持ち物を海に投げ入れさせる。すると、ある男の投げた扇子が海に沈んでいった。彼は講釈師で「一席やってから死にたい」と言う。船頭や乗客もこれは遺言だと納得し、皆で彼の講釈を聞く。彼が語り始めたものは赤穂義士伝、しかし大岡越前が登場し、いやこれは勧進帳、と様々な話がごちゃまぜになっているものであった。勢いよく張り扇をばんばん叩き講釈を終えた彼は海に飛び込もうとするのだが、なぜか鮫が消えている。理由はわからないが講釈師のおかげで助かったと、船中が大喜びするのである。

杏亭の語りの力に圧倒された。様々な話がごちゃまぜになった講釈を、すらすらと勢いに乗ったまま語りきった話術の凄みと、リズミカルに叩かれる張り扇の音に気持ちが高揚した。彼は落語家に弟子入りをしていたわけではなく、自己流でやっていると話していたが、静岡と利賀での経験による確かな演技力が、彼の表現を下支えしていることは間違いがない。劇団での活動後も、かなりの研鑽を重ねているであろう強者と見た。

そして最後は、び~めんぷろじぇくとによる『JYOMON』。舞台には白い台が運び込まれ、台の上部は額縁になっている。この『JYOMON』は再演である。筆者は2023年11月に金沢市民芸術村にて開催された『百万石演劇大合戦』の予選において観劇した。その時の劇評は以下を参照してほしい。今回も前回の上演時とおおまかな内容は共通している。『百万石演劇大合戦』では人が4人も入れるほどの大きな白い立方体が置かれていたが、今回はその代わりに白い台の額縁の中で、人形劇のように演じられる部分があった。

天照大御神(アマテラスオオミカミ)は大国主命(オオクニヌシノミコト)の活躍が気に入らない。彼に向けて使者を送り続け、最後の使者の動きによって、国は天照大御神の物となる。ここで暗転し、場面が変わる。チャイムがなる。先ほどまで大国主命だった男の元に、誰かが訪ねてくる。しかし、訪ね人は、ここは自分の部屋だから出ていってくれと、先にいた男に言うのだ。自分は「タナカミノル」だと言われ、「タナカミノル」である男は困惑する。先にいた彼は自分が自分であることを証明しようと、会社や行きつけのスナックに電話をするのだが、皆、後から来た男をタナカミノルであると認める。写真ですら、後から来た男の顔なのだ。先にいたタナカミノルは部屋を去ることになる。

前半と後半で物語の場面が変わるのだが、どちらも「国取り」の話であるのだろう。前半では人形劇や民族舞踊を踊るシーンを交え、賑やかに展開した分、後半の、自分が奪われていく不気味さが際立つ。しかし、この前後がはっきりと二分されているように感じられるため、前半で起きた出来事の意味を、後半にも適用すればいいのだということがわかりづらくもあった。だが、明確にこれはこれのことだと語るのではなく、実はあれのことを言っているのではないかと気付いてもらうことが、団体の目的ではないかと思う。前半で流れ、踊られた音楽はロシア民謡だったはずだ。扱いの難しい現実の国際問題もちらつかせることで、翻って自国の状況を意識せよという、警鐘のような芝居なのではないか。

以上、4団体、全く被るところのない個性を持った表現を観ることができた。筆者は隣の石川県在住なのだが、これだけバラエティに富んだ出演者が集まるということで、彼らが拠点にしている富山の演劇シーンにも興味が湧いた。『プロゲキ!』の複数団体が参加するシステムは、このように興味の幅を広げ、新しい出会いのきっかけとなる。ただ、休憩を挟んで2時間10分、演劇初心者が何も知らずに観に来るとなれば、少しハードルが高い気もする。それだけのものを観られるのではあるが、気軽に行ける時間ではないかもしれない。難しいところである。

『プロゲキ!』は4月14日に金沢公演が予定されており、この回は井口時次郎の一人芝居3作品の上演となる。そして富山でも次の『プロゲキ!』が6月に控えている。また、プロゲキのプロデューサー井口は、石川、富山に留まらず、各地に『プロゲキ!』を広げていきたいという願望を持っている。各地での上演、また地域を越えての出演があると、新しい出会いも増えていくだろう。今後の展開にも期待する。


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