【短編】紫陽花とおばあさん

その日私が近所の紫陽花の名所に行くと、おばあさんが紫陽花のカラフルな花びらをちょみちょみ摘んでいた。腕いっぱいの紫陽花の花びら。何やってるんだ……。気味が悪いなと思いつつ、私は性分気になったことは口に出さずに居られない。

「おばあさん、何してるんですか?ここの紫陽花は摘んじゃだめでしょう?こんなに綺麗にお花が咲いてるのにどうして摘んでるんですか?」

「別に勝手に摘んでいるわけじゃない。」

おばあさんがぶすっと返すので、私も少しだけイラっとして、

「じゃあその手に持っているのはなに?」

「摘んでくれって言われたから摘んでるんだよ。」

「摘んでくれってお願いしたんだ。」

おばあさんの声と重なるように隣に咲いてる紫陽花が返事をした。私は目を丸くして花に向かって問いかけた。

「……摘んでくれってお願いしたの?」

「そうなの。もう息苦しくて息苦しくて。見にこられるのにもうんざり。」

紫陽花は皮肉っぽく自分の美しさを疎んでいた。話しているのは綺麗な花びらではなく、真ん中に小さな蕾の部分があって、声の主はそこから来ていた。

おばあさんは言った。

「紫陽花の花は真ん中の部分で、外側は飾りなんだよ。」

へぇ。知らなんだ…。
なんか悔しいのでググると確かに私たちが綺麗だと思って見ているカラフルは厳密には花じゃないらしい。


それにしても公共の場のものを勝手に摘むのはどうなんだ、とかもそもそ思いながら摘まれた紫陽花がなんだか爽やかそうなのを見ていると、どうでもいい気がしてきた。

紫陽花が

「もう外の部分はいらないんだよ。余分なものを切り落として、常に進化し続けることが大事なんじゃないのかい。」

なんて偉そうに問うてきた。

妙に納得してしまいそうになったところで、美しいものってなくても死なないけどあった方が豊かだなぁってことを思い出したので、とりあえず

「なくてもいいものの中に、人生を豊かにしてくれるものが詰まってるんだよ」

って返しといた。
おばあさんは変わらず花を詰み続ける。
あたりを見渡すと、小さいつぼみだけがいる裸の紫陽花だらけになってた。

あーあ。せっかく綺麗なのに。


取り付く島もなかったので。その日は鑑賞は諦めて家に帰った。



翌日、どうなったのか気になって再びそこへ見に行くと、全部嘘みたいに紫陽花が元通り煌々と花を咲かせていた。
目の前にあった紫陽花をかき分けて、小さなつぼみにハイタッチした。
昨日の出来事はなんだったんだろう。

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