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シャッター
シャッターが切られた。
素肌に僅かな電流がはしった気がする。
指先がフィルムを巻き上げる音が響く。
何か骨のようなものを潰すような音色。
「ポーズ、そのまま目線は変えないで。露出を変えてもう一枚いくよ」
彼の存在は見えない。
洞穴のようなレンズが、噛みつくように見つめている。もうレンズそのものが本体で、それを操っている肉体の方がおまけのように感じる。
その彼とは肉体関係も何もない。千春を通じて紹介されたカメラマンだ。まだこれといった評価を受けた作品もない、路傍の石のようなカメラマンと彼女は評価していた。
「でも腕はいいのよ」
千春は、自らの一糸まとわぬ写真を、そっとcafeのテーブルに置いた。その瞬間だけ、cafe全体が真空になったかのように、音が失われた。その写真に私は釘付けになった。
トップスを押し上げて魅せつけている谷間が、緩く大きく解かれている。桃色の大きめの乳暈の先端が、紅く鋭く尖っている。その頂点から水滴がすうっと流れている。水滴を眺めている彼女の右目線が、息を呑んだ私の瞳を射抜いていた。
「それが一番のお気に入り。自分がそんな眸をするって、知らなかったな」
自慢げに小鼻が動いたが、そこにはちゃんと羞恥の色があった。
「20代のうちに残しておこうと言われちゃって。Digitalでなくてフィルムで撮って。ネガもちゃんとくれるから安心。そう勇気だけあればいいのよ。この張りなんて、すぐになくなって垂れてくんのよ」
「でも私、彼氏持ちだし。相談してみたってムリよ」
「バカね、話しちゃダメよ。何よ、彼氏はこんなの撮れるの?技があんの?あっちだって修行の身だからって、費用全てあっち持ちよ」
それだけ言ってそそくさと、それを伏せた。
撮影はもう二時間を超えていて。
肌に布地がなくなってからは小一時間かな。
鎧戸の窓が斜めに開いている。澱んだビル風がそのホテルの一室を横切って、髪がふわりと宙を踊る。エアコンはかけているけど、室内は額に汗が浮かぶような熱気がある。窓を閉めた方がいいんじゃない、と言ったけど。
空気に流れがある方が、自然な肌になるんだよ、と彼は言った。
また、ぱしゃりとレンズが瞬いた。
三脚を取って彼は撮影場所を変えた。
「じゃあ、あそこをスカーフで隠して、胸は出していこうか。ソファの背に右脚をかけて、身体を開いていこう」
それだけを指示して三脚も大きく股を広げて、蛸のように這いつくばっている。そのファインダーを覗くために彼は腹這いになって、それでも見定め辛いのか、何度も体勢を入れ替えている。
そこは、すっかり熱を持って潤んでいる。
脚をぴったりと閉じると、太腿に滲んできそうになっている。
とん、とベッドから降りた女性が、スカーフのひだを直しに来た。
地下鉄にも下着を付けずに移動した。
車内が揺れる振動が、胸に響いてる。
周囲の視線を浴びてるかもしれない。
想像で頬が上気しているのを、サングラスで隠している。
癖に、なってしまいそうに。
羞恥が身体を焦がしている。
そんな目的のホテルではなく、南欧風の意匠を散りばめた内装のシティホテルだった。だからこそ鎧戸が少し開くことができるみたい。
カメラバッグや三脚などの重武装の彼に、肩からバッグひとつを下げた私がチェックインする。その際にフロントの女性が、怪訝の表情を地肌の底に忍ばせて、ごゆっくりと快活に言った。
私自身が、値踏みされてしまったような気がした。
部屋に入ると、彼はバスにお湯を溜め始めた。
湯船に浸かっても、火照りが肌に残っている。
タオルを緩く巻いて外に出ると、ベッドにメイク担当らしい女性が座っていた。私が入浴中に来ていたらしい。
「はい、こっちの方に寝て下さいねえ」
小柄で、陽によく焼けた肌をしている。
五月と名乗った彼女の胸は、男子のそれのようになかった。
その骨ばった指先が、アボカドの皮を剥くように、背中からタオルを容赦なく剥ぎ取った。
それから全裸になった私の背に跨って、「リンパを流すのと、服でついた線を消すね。約束通り下着は付けてなかったのよね」と五月は早口で言った。
「線がない、電車でも座ってないのね。勇気あるわぁ、約束してても下着付けてくる娘もいるの。手間が二重三重よ」
男子とは違う指使いで、その掌が下肢からお尻を這い回っている。女体に触りたい欲望のないそれは、冷静に平坦に滑ってゆく。
一瞬だけ、それが熱く潤う場所に触れた。
私はもう仰向けになっていて、太腿を押していた指が、ぬるりとそれに触れるのを予感出来なかった。彼女は細い糸を引いた指先を開いて、艶然とした微笑みを投げた。
「安心していいわよ。あ奴はあたしのだから、貴女には手を出させないわ」と耳元で言った。
なンだぁ、千春が大丈夫だからとMesseくれてたワケだ。
でも事情を事前に知ってたら、このスリルは半減するな。
露出計を使うのも五月。
レフ板を当てるのも彼女だった。
小動物のように、俊敏に動いていた。
アングルが固まったらしく、平伏している彼が合図を送った。この男は私で何も感じていないのか、むしろ不安になってくる。
「わかった、勃たせるのね」
そうして彼女は母乳を搾り出すように私の胸を愛撫し始めた。途端に鼓動が全身に響き渡る。熱い血流が、果実を実らせるようにそこへ駆けつけるのを感じる。
「ほら静脈まで透けて見える。綺麗ねえ」
と指先を交差させて、そこを優しく跳ねている。むしろ彼女の眼が濡れている。
「あたしね、得意なんだ」
充血して頭を盛り上げていくのが、分かる。ちょっと乱暴なくらいが、いいってことを知っている。
「ちょっとノってきちゃった」
そうして五月は何の躊躇もなく、紙屑でも放るように衣服を脱いでいく。下着までも全て。
細い肉体、それでもちゃんと女性らしい膨らみがある。
水着のあとがくっきりと焼きついていた。
陽光を受け止めていない白肌に、外側に向いた乳首が赤く輝いて見える。恥毛は薄い方だけど、処理が匠みすぎる。かなり攻めた水着なのだろう、すらりとした小麦色の脚が一層長く見える。
「霧吹きを使うね。ちょっとビクッとするけど」
鳥肌立ちそうな冷たい刺激が、頂きにかかる。
「もっと脚を開いてみようか。大丈夫、隠れているから」
地面を這うように声が届く。
五月はさっさとその彼の背に跨って、その脚線美を魅せつけてきた。片胸を右手で持ち上げて寄せている。
ああ。
私、それを睨んでる。
ああ。
きっと、千春もこの光景を見たんだわ。
同じ双眸で虚空と、その先を見つめている、と思った。
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