離婚式 45
予兆は朝からあった。
乳首が痛いほど充血していた。
この下種がボクの下着を剥ぎ取るときにも、肌が細波を打つように官能の渦に戦慄いた。敏感になり過ぎるている。
ああ、これが女の性かと思った。
この疼痛と痺れが下腹部から両脚に及んでいる。
確かに何かの興奮剤、そして弛緩剤を盛られた。
それを超える変調は、女の摂理によるものだと。
ボクにとってもそれは、初めての経験であった。
自身の肉体は、シリコンで乳房を作り、癪な陰茎を落とし、造膣までして改造した贋物だ。けどこれは本物の女体だった。
芳醇な生命の根源のようなものが、そこから滴ってシーツを紅く染めていく。なのに偏頭痛もして気分が悪い。生理を自覚してみると、指先までむくんでいる気がする。
望月七楓という名前。
この肉体の固有名詞。
離婚保険の増額を狙い、元旦那の調査を狙った女。
ボクから神崎を掠め取ろうとした、強かな泥棒猫。
ボクは長髪だけど、望月はショート。
ボクの肩甲骨にある黒子なんて、ない。
神崎を密殺したあの部屋で、彼と行為に及んでいたこの女体の補助脳に介入した。本人の精神は脳幹にあるチップ、電子の檻に封じていた。この肉体のスペアを得たことで、θ支部に潜入する切り札を得たのだ。
そうだというのに。
ああ。
そうなのね。
この肉体の生理現象で、補助脳への介入に支障をきたし、ボクの意識が弾かれようとしている。やはり補助脳に囚われた精神が、女体の呼びかけに覚醒しようとしている。
仕方ない。
これは唯のカードだし。
ボクの事は何も記録されてはいない。
ただこの補助脳にはBack doorを仕掛けておこう。機会を見つけては、再び憑依出来るように。そうね、passwordを入れておくわ。
覚醒した。
無味乾燥とした室内。
ロングチェアに座っている。
大丈夫、猛烈な尿意はするけど漏らしてはいない。すぐに用を足しにいく。洗面ボウルで手を洗ってると、普段の顔が映っている。
そう、この造り物の身体。
劣等感の裏返しの長髪が、天板タイルに触れている。
そこは神崎の持つ隠れ家のひとつだった。外見は、何の変哲もないレンタルオフィス。実は十重二十重に電磁防壁の張られた電子の城でもある。
そしてエントランスには、望月七楓がレセプション嬢として勤務していた。神崎との出会いは、そういうものだったのだろう。
こうした場所に、知的で美麗な女性を配置する。
経営者の下心があからさまだ、と思った。
さて、と。
ここで切り札を預けてしまった。
どう次の一手を打てばいいのか。
くすり、と嗤うのは自分の声だ。
構わないわ。
Jokerって必ず巡り巡って帰ってくるものだから。
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