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音楽は三者三様⑤ ジャズ セロニアス・モンクのピアノ曲

セロニアス・モンクのアルバム『モンクス・ミュージック』に収録された一曲「ウェル、ユー・ニードント」(Well,You Needn’t)はジャズ・スタンダードナンバーです。

ジャズ界の帝王マイルス・デイビス(1926年〜1991年、トランペット奏者)もアルバム『スティーミン』に同曲を吹き込んでいます。

この曲は単体としての素晴らしさもありつつもアルバム収録順にマイルスとの演奏聞き比べをするとさらに楽しめる一曲ではと考えます。

セロニアス・モンクはアメリカ生まれのジャズピアニストです(1920年〜1982年)。

ピアノ演奏に限らずジャズの名曲を作った優れた作曲家です。たとえば、「ウェル、ユー・ニードント」の他に「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」、「ルビー、マイ・ディア」、「ストレート、ノー・チェイサー」があります。

そんなモンクですが逸話もたくさんあります。

スタジオで顔を合わせたモンクに対して、マイルスは、モンクの自作《ベムシャ・スイング》を除いては、トランペット・ソロの背後で、絶対にピアノを弾いてくれてはこまるーと申し渡しのである(中略)「もしマイルスがなぐってきたら、殺してやるつもりだった」と、あとでモンクは語ったそうだ。
 マイルスは、モンクを軽蔑していたわけではない。(中略)また別の機会に、この時のことに触れてマイルスは、レナード・フェザーに語った。
 「モンク絶対にリズム・セクションの一員になり切れる人じゃありません。私は彼の演奏が大好きですが、ソロのバックでは邪魔になります」
 引用先 油井正一『ジャズの歴史物語』角川文庫、2018

マイルスの申し渡しに対して、モンクの後日談からすると場面は一触即発。マイルスはトランペッターです。指を大切にする職業です。そんなマイルスが殴ってきそうだし、対するモンクも殴り返すにとどまらない殺気にあふれるコメント。マイルスの個人的な好き嫌いではなく、モンクの演奏スタイルに起因している。

では、マイルスだけがモンクにそのような感情を抱いていたのでしょうか。

コールマン・ホーキンズ(1944年、モンクをレコーディングに起用した最初の人物)は、ジョー・ゴールドバーグとの会話のなかで、こんな風に回想している。
 あの頃、味わったもっともいやな出来事は、モンクにまつわることだった。当時、彼はわたしのグループのメンバーだったのだが、毎晩お客から言われたよ ー「どうしてまともなピアニストを雇わないんだ」「あいつの演奏、ありゃ何なんだ」とかね」
引用先 デヴィッドH.ローゼンタール『ハード・バップ』勁草書房、1997

コールマン・ホーキンズ(1904年ー1969年)はテナー・サックス奏者です、その彼もモンクに対して、一角の感情を抱いていた。さらにはジャズクラブの客からも疑問の声があがる。どのような曲と演奏だったのかはわからないものの。

マイルス、コールマン、そしてお客さんから注文がつくモンク。彼は自分の演奏をどのように考えていたのだろうか。

モンクのインタビューはあまり残されていないが、グローヴァー・セールズにこんな風に語っている。
 ぼくは商売人じゃない。自分のやり方で演奏するだけだ。大衆が求めるようなものは弾かない。ぼくがやりたい演奏をして、それを聴衆が手にするんだ。たとえ認められるまでに15年、20年という年月がかかってもね。
引用先 デヴィッドH.ローゼンタール『ハード・バップ』勁草書房、1997


セロニアス・モンクは自分のやり方、やりたい演奏をするだけ。マイルス、コールマン、目の前のお客さん、誰であろうと届ける演奏はモンクのやることです。

では、どのように届き感想を得るのでしょうか。それを演奏仲間側からではなく、聞き手側からはこう記されます。

モンクの音楽は頑固で優しく、知的に偏屈で、理由はよくわからないけれど、出てくるものはみんなすごく正しかった。その音楽は僕らのある部分を非常に強く説得した。彼の音楽はたとえて言うなら、どこかから予告もなく現れて、なにかすごいものをテーブルの上にひょいと置いて、そのままなにも言わず消えてしまう「謎の男」みたいだった。モンクを主体的に体験することは、ひとつのミステリーを受け入れることだった。
引用先 村上春樹『ポートレイト・イン・ジャズ』新潮文庫、2004

マイルスと一触即発、コールマンを悩ませ、ジャズクラブのお客さんに違和感を与えても自分のやりたい演奏を貫き数十年経過し村上春樹に届くと「謎の男」呼ばわりされるセロニアス・モンク。

「ウェル、ユー・ニードント」(Well,You Needn’t)の聞き比べ

同曲はマイルス・デイビスも吹き込んでいます。アルバム『スティーミン』に収録されています。録音は1956年5月。

メンバーはトランペットのマイルス、テナーサックスはジョン・コルトレーン、ピアノはレッド・ガーランド、ベースはポール・チェンバース、ドラムはフィリー・ジョー・ジョーンズ。

曲はアップテンポです。テーマはトランペットとテナー・サックスのかけ合いで演奏される。

ついでトランペットがソロを美しい鋭い音で引き継ぐ。テナー・サックスが艶やかなメロディをかなでる。ピアノは合いの手をいれる。ベースは8ビートをキープしドラムが曲を引き締める。演奏者達は楽しそうだし聞いているこちらも引き込まれていきます。単純に興奮してきます。

アルバムでは同曲に続いて「ホエン・アイ・フォール・イン・ラブ」(When I Fall In Love)が収録されている。仮にコンサートというコンテキストに置いてみれば「ウェル」で大円団を迎える。盛大なアンコールに応えて「ホエン」を一曲演奏する。同曲はマイルスのミュートトランペットがメイン。最後は静かにコンサートを終えるという感想を得ます。

セロニアス・モンクの同曲の録音は1957年6月。マイルスの『スティーミン」の約1年後です。
トランペットはレイ・コープランド、アルト・サックスはジジ・グライス、テナー・サックスはコールマン・ホーキンズとジョン・コルトレーン、ベースはウィルバー・ウェア、ドラムはアート・ブレイキー。

曲はミドルテンポです。ブルージーなイントロからテーマへ演奏が移ります。テーマはピアノ、トランペット、サックスの音色が混じり合いながら進行します。

ソロのはじまりはピアノです。シングルトーンの響きが叩きつける不協和音に変わっていきます。どこか不穏なものを感じます。

次のソロはサックスです。流れるようなサックスのメロディにピアノがガツガツと不協和音を加えて行きます。そんな絡みがあってかイントロからの勢いが削がれていきます。

サックスを引き継ぐトランペットのソロにピアノの伴奏がほぼ入りません。次はベースのソロですが静寂の世界に迷い込んでしまいます。ベースのソロをドラムが引き継ぎますがかろうじて、シンバルでビートを刻むことで曲を止めず進行を支えます。ドラムソロが終わるとサックスのソロに入りますが、思い出したかのようにピアノが伴奏にはいります。

最後にテーマに戻り皆で演奏し曲が終わります。
そもそも曲を振り返るとテーマからピアノソロに移る際にベースのフレーズに躓きを感じます。

同じくコンサートというコンテキストに置いて演奏されたとすれば、観客は唖然とするのではないでしょうか。「モンク、あいつの演奏、ありゃ何だ」と。もう一曲やれと声が上がりそうな感じがします。
アルバムでは同曲の後に「ルビー、マイ・ディア」(Ruby,My Dear)が収録されています。これを聞くとモンクやればできるじゃないか「こんな美しい伴奏ができるならはじめからやったらどうだ」という思いの万感の拍手喝采が起こるではないでしょうか。

「ウェル、ユー・ニードナット」は他の演奏と聴き比べ楽しめる一曲だと考えます。演奏の自発性が素敵なところです。

セロニアス・モンクのアルバム『モンクス・ミュージック』、マイルス・デイビス『スティーミン』に収録されています

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