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音川太一の家族と恋について

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記事一覧

「恋愛」音川太一の家族と恋⑤「小説」

「お酒は人を変えるもの」

 由香里さんの顔がめずらしく、渋そうにしている。
由香里さんがやって来て一ヶ月が経とうとしている頃、オーナーが店にやって来た。
由香里さんにはだいたい教えることが出来たと言っていたオーナーが来るのは久しぶりだ。
その顔を見ると、なんでこの人の元で働けたのだろうという謎の疑問が湧いてくる。
それを吉永も感じているらしく、オーナーを見ては頭を何度も傾げていた。
 由香里さん

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「恋愛」音川太一の家族と恋について④「小説」

「店主は店員を守るもの」

 吉永は次のバイトがあると言って、先に帰った。
俺は店に帰って来るなり、お金の精算をはじめた由香里さんの後ろで、床を掃いていた。
箒の動きは少し悪い。疲れたな、面倒だなという訳ではないのだ。
由香里さんを見ながらしみじみ、凄い一日だったと思っていたのだ。
 由香里さんはお金を数えながら言った。
「こら、もっと箒を動かして。何だか、音がゆっくりよ」
「あ、すいません」

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「恋愛」音川太一の家族と恋について③「小説」

「彼女の度胸あふれる仕事ぶりについて」

 吉永の顔が青ざめている。
それはそうだろう。地方都市の喫茶店、地域の密着度は高いが、それでも面倒な客はやってくる。
その中でも、その客は別格だった。頼んだ注文は間違ってはないはずなのに、間違っていると言いだしたり、届いた食事が遅いと言って値切りを要求したり。近所の人間関係を気にしないといけない地域でもあるのに、そのお客の女性は特別だった。
 まるで困るこ

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「恋愛」音川太一の家族と恋について②「小説」

「喫茶店の新マスター候補について」

 目を覚ましたら自室だった。
夢を見ていたのか……映画館で、女の人が泣いているのを見たような、そんな夢を。
 いやいやそんなことはない。俺は昨日の格好のままだったし、寝ぼけた頭がさえていくのにつれて、記憶が蘇っていく。そうだ、俺はあの時、寝てしまって、起きたのはスタッフロールの終わり際だった。
 彼女の姿はすでになく、ハンカチも持って行かれたようだ。
 俺はそ

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「恋愛」音川太一と家族と恋について①「小説」

「映画館で涙を流していた彼女について」
 
 嗚咽が聞こえる。

おかしい、今の映画のシーンは大学生が酔っ払って、エッチしたいとぼやいているだけだ。
 どこにそんな泣く要素がある。
「やりてーなー」
「やりてーよー」
 そんな言葉が行き交うだけの、聞いていて、何の感情も起こさないシーン。
それなのに、切なげに声をこらえるように押し殺して、それでも聞こえる涙声があった。
「どこだ」
 かすかに口から

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