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アストリッド・リンドグレーンのzineが完成しました(「はじめに」を公開しています)

zine『アストリッドとピッピがおしえてくれたこと』が完成しました。

このzineは、以前に書いて多くの方に読んでいただいたアストリッド・リンドグレーンに関する記事、
自分らしく生きたある若い女性の話、としてのリンドグレーン。【その1】自分らしく生きたある若い女性の話、としてのリンドグレーン。【その2】
から、さらに深めたものです。

アストリッドが息子ラッセをコペンハーゲンで出産したこと、数年後スウェーデンに引き取り、育てたこと、彼女にとっての孤独について、編集者・作家としてのキャリア、書くということ、そして息子への思いなどをまとめた章。そして長靴下のピッピについては、北欧デンマーク的な読み方や出版エピソードなどについても書いています。イラストは前回のzineに引き続き、つきぞえなおさんにお願いしました。

実際にどんな内容なのかをお伝えしたいと思い、「はじめに」のページを公開することにしました。

アストリッドに後押ししてもらったような気持ちで、今年の春、デンマークのロックダウンの時期に黙々と書きました。必要な方にお届けできたら、そしてお楽しみいただけたらとっても嬉しく思います!

さわひろあや

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はじめに

 アストリッド・リンドグレーンの名前をよく聞くようになったのは、デンマークの公共図書館で働き始めた頃のことです。デンマークで暮らすことを決めたわたしは、図書館司書の資格を取得するために学びながら、縁あって児童図書館で働くようになりました。その間、『はるかな国の兄弟』や『山賊のむすめローニャ』を探しているというお父さん、お母さんたちに、何度これらの本を手渡したでしょう。子どもの頃に読んだリンドグレーンの本を、大人になって自分の子どもと一緒に読むというのは、デンマークではよく見かける光景です。始めはピッピやエーミールなどの楽しい物語を、そして少し子どもが大きくなったらこの2冊を一緒に読みたいという大人がたくさんいることを、わたしは仕事を通して知りました。

 
 これほどデンマークの人々の心を強くつかんでいる作家、アストリッド・リンドグレーンのことを、実はわたしはあまりよく知りませんでした。スウェーデン生まれの彼女の作品は読んでいたけれど特別な思いもなく、でも図書館での経験からきっとただものではないとは思っていました。そしてある日、わたしは彼女のことを詳しく知ることになります。2016年の夏、わたしは家族でスウェーデンのスモーランド地方にある、アストリッドの生家と博物館のあるネース、そしてテーマパーク「アストリッド・リンドグレーン・ワールド」へ行きました。そこでの体験がわたしのアストリッドに対する想いを大きく変えたのです。
 
 博物館の展示で、わたしはアストリッドが10代で未婚の母として隣国デンマークで出産し、養母に子どもを預けていた3年間、息子に会うために夜行列車でコペンハーゲンまで通っていたことを知りました。まだ当時幼い子どもを育てていたわたしにとっては大きな衝撃でした。
 
 アストリッドの生家を訪れた夏、わたしはコペンハーゲンに戻ってすぐに、彼女の伝記を読み始めました。アストリッドのことをもっと詳しく知りたいと思ったからです。すると、アストリッドが通った養母の家が、わたしの暮らしているところから歩いてすぐのところにあることがわかったのです。これを知ったとき、あまりの驚きで鳥肌が立ったことをよく覚えています。
 伝記を読んだ後、わたしはもっとアストリッドの人柄を知りたいと思い、『リンドグレーンと少女サラ―秘密の往復書簡』を読み始めました。アストリッドと同じスウェーデンに暮らす12歳の女の子サラが送った手紙に、アストリッドが返信をしたことがきっかけで始まった80通に及ぶ文通。その往復書簡が収められた本です。そこには、思春期で心を痛めたサラにいつもただ温かく寄り添い、励ますアストリッドの声があふれていました。
 
 サラに向けられたアストリッドの声は、大人になって随分久しいわたしの心にも深く響きました。それは、わたしが幼かった頃の祖母の声とも重なるもので、決して子どもをばかにしたり、自分の考えで説き伏せようとしたり、はたまた過保護にするのでもなく、子どもをひとりの人間としてただ信頼し、無条件に愛で包んでくれるような、まっすぐで温かな声だったのです。心の奥深くにいる子どものわたしにもその声はしっかりと届き、小さいわたしも、大人のわたしも、アストリッドに寄り添ってもらっているような温かさに包まれました。  
 
 このzineは、そんなアストリッドと出会ったわたしが、彼女の生き方や、子どもたちに寄り添うさまに心を打たれたことがきっかけで書いたものです。児童文学界でアストリッドの作品を知らない人はいませんし、日本では多くの本が出版されていますが、このzineの前半では、わたしがデンマークで読んだ本から知ったことや感じ取ったことを、いくつかのテーマに分けてまとめました。女性として生きること、子育てや仕事を通しての様々な想い、生きていく中で感じる孤独やもの悲しさ、子どもの頃の記憶…。そのどれかひとつでもピンとくるものがあれば、児童文学と無縁の方にもきっと共感していただけることがあると思っています。

 後半では『長くつ下のピッピ』について、その成り立ちや、出版後のエピソード、現代に於けるピッピとその北欧的読み方について書いてみました。特に北欧的読み方については、デンマークでの暮らしを通して知ったこと、感じたことをまとめたものです。アストリッドの生きざまを知った後、改めてピッピを読み返すとまた更にその面白さや深みが感じられると思ったからです。

 そして最後のおまけとして、アストリッド・リンドグレーン・ワールドのことも少し紹介しています。夢のような遊びの場と物語の数々、そして自然にあふれた世界がそこにはあります。アストリッドの生家があるネースもそのすぐそば。わたしにとって、彼女との心の出会いの場となった場所です。
 
 執筆にあたってはいくつかの本を参照しています。主な参考文献はまず "Denne dag, et liv"。デンマーク人の伝記作家、イェンス・アナセンがまとめたアストリッドの伝記で、2014年にデンマークで出版されました(日本語未訳。おおよそのタイトル訳は『この日、人生そのもの』)。アストリッドの書いたたくさんの手紙や日記、雑誌やテレビのインタビュー記事等も引用しながら、これまで明らかにされてこなかった情報も含んだ本です。
そして"Jeg har også levet!" 。同じ著者によるアストリッドとドイツ人の友人ルイーゼ・ハートゥンとの11年間に及ぶ往復書簡を一冊の本にしたものです(こちらも日本語未訳。タイトル訳は『わたしも生きていた!』)。その他にも、ノルウェーで子ども向けに書かれたアストリッドの伝記。印象的な彼女の言葉は全てこの本から引用しています。
 日本語書籍は『リンドグレーンの戦争日記』(石井登志子訳、岩波書店)と『大人が味わうスウェーデン文学』(菱木晃子著、NHK出版)等を参照しました。そしてもちろん『長くつ下のピッピ』。今回はデンマーク語の最新版と日本語版をいくつか参照しています。
 
 章によっては内容が時系列に沿っていないために少し分かりにくい部分があるかもしれません。そんな時は5ページに記した年表もご参照ください。いくつか作品のタイトルも記載していますので、アストリッドの作品をご存知の方はその出版年と合わせて読んでいただくのも楽しいかもしれません。
 それでは、どうぞお楽しみください!

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